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「月は綺麗ですか?」

大人になれない大人の、強がりを一つ聞いてくれ

「ええと、タクローは……」


 時刻は夜7時30分。終末対策局アメリカ支部A棟1階の大広間では豪華な晩餐会が開かれていた。


「サトコさんも見当たらない……二人は何処にいるのかしら」


 この晩餐会には伝書鳩(ピジョン)だけでなく調整者(メンテナンサー)の参加も許されている。終末対抗兵器(OVER PEACE)達は各々のパートナーと共に食事を楽しみ、伝書鳩(ピジョン)達も今日ばかりは羽目を外して会食を満喫している。


 しかしその中に彼女のパートナー(コバヤシ)と、友人(サトコ)の姿は無い……



 少し時を遡り、時刻は夜7時を少し過ぎた頃。


 アナウンスが流された後もフリスは用意された部屋で暫く待っていたが、何時まで経っても二人は来なかった。そこで彼女は絢爛交歓祭(ダズリン・フェイト)の催される部屋に向かったのだが……


『失礼します……あれ? タクロー?』


 しかしそこにコバヤシの姿は無かった。


『一体……何処に行ったの? サトコさんも暗い顔で部屋を出ていったし……』


 部屋に向かう途中で七条とすれ違ったが、彼女はフリスの呼びかけに応じずに歩き去ってしまった……



「……何かあったんでしょうか」

「ん、フリスじゃない。どうかしたの?」

「あ、鈴麗(リンリィ)さん。お久しぶりです」

「アンタの伙伴(パートナー)は? いつも会う度にべったりくっついてるのに」

「そ、それが何処にも見当たらなくて……」

「ふぅん……」


 コバヤシと七条を探すフリスに黒い角が生えた黒髪の少女が声を掛ける。彼女は中国の調整者(メンテナンサー)であり、九龍のパートナーだ。


「ま、別にどうでもいいんだけど」

「鈴麗さんは、九龍さんと一緒じゃないんですか?」

「はぁ? 何でここでもあんな冬瓜(バカ)と一緒に居なきゃいけないのよ。今日くらいはのんびり一人で食べ歩きしたいの!」

「え、あ……ごめんなさい」

「……正直に謝らないでくれない? 何だかムカつくから」


 フリスの言葉に機嫌を損ねたのか、鈴麗はふくれっ面で立ち去った。


 この鈴麗と九龍の仲は微妙であり、よく口喧嘩をしている姿が見られる。かといって険悪な関係という訳でもなく、年頃の男女にありがちな微妙な距離感でこの二人は成り立っているのだ。


「でも……本当に二人は何処に居るんだろう」


 再び一人になったフリスは不安に駆られ、大広間で二人を探し回るが見つからない。


「一人で何をウロウロしてるの、優等生さん」

「……あっ、カルメンさん。お久しぶりです」

「相変わらず真面目な対応ねぇ。まぁ、フリスらしいけど……」


 そんな彼女に声を掛けたのは明るいブロンドの髪をポニーテールで纏めた少女。彼女はイタリアの調整者(メンテナンサー)。ジョージのパートナー兼保護者だ。


「コバヤシは? 一緒じゃないの??」

「そ、それが見つからなくて……」

「ふーん? 待合場所とか決めてなかったの??」

「あ……」

「……フリスって変なところが抜けてるよね。でもA棟1階の大広間って言われてるんだから、迷いようもないけどー」

「……」

「ところで、ジョージ見なかった?」

「えっ、カルメンさんもジョージさんが見つからないんですか?」

「いやね、さっきまでは一緒だったんだけど……あのsciocco(バカ)。ちょっと目を話したら何処かに行っちゃうんだよねぇ……」


 カルメンは溜息をつきながらジョージを探す。ジョージは大の女好きで他国の終末対抗兵器(OVER PEACE)のみならず、伝書鳩(ピジョン)、終末対策局の職員、果てはたまたま通りかかった一般人女性にすら声を掛ける問題児だ。


 そんな彼の悪癖を叱りつけるのがカルメンの役目でもある。


「大広間で見つからないなら、もう施設内を探し回るしかないね」

「そうですよね……」

「ほら、コバヤシが行きそうな場所とか、そこなら落ち着くって場所を手当たり次第に探したら? 貴女なら何となくわかるでしょう??」


 カルメンのアドバイスを聞いて、フリスは目を曇らせる。


「……」

「? どうかした?」


 今のコバヤシは、今までのコバヤシ・タクローではない。


 記憶を失っているだけならまだマシだが、今の彼はただの記憶喪失で済ませられる状態ではない。まるで中身だけが〈終末〉の居ない世界のコバヤシ・タクローに書き換えられてしまったかのような、とても現実的ではない奇妙な状態になっていた。


 しかしその事を除けば、彼は彼女の慕うタクローそのものなのだ。


「少し、探してみます……」


 それなら……とフリスは思い立つ。もしも彼が不安な気持ちになっていたなら、あの絢爛交歓祭(ダズリン・フェイト)でトラブルがあったなら、その場から逃げ出したくなるくらいに追い詰められてしまっていたのなら……


 きっとあの人(タクロー)なら()()()()()()()()()()と。


「……そう。とりあえず携帯使いなさい。コバヤシの携帯に電話したらいいじゃないの」

「ええと、その……私……携帯を持ってないんですよ」

「冗談でしょ!? 貴女、まだ自分の電話持ってないの!?」

「私、機械が苦手で……」

「……きついジョークね。コバヤシは」

「タ、タクローは大丈夫なんです! あの人はその……!!」


 カルメンのコバヤシに関する鋭い指摘をフリスは慌てて遮る。


「ふふっ、そう……」


 顔を赤くして弁解を試みるフリスを見てカルメンは楽しそうに笑い、彼女の肩をポンと叩いた。


「じゃあ、愛の力で探すしかないわね! 頑張りな!!」

「え……あっ! わ、わかりました! ありがとうございます、カルメンさん!!」


 フリスは彼女に頭を下げてお礼を言い、急いで広間から飛び出していく。カルメンはそんな彼女の背中を見守りながら呟いた。


「だから、『さん付け』はやめてよ。私たちは()()みたいなもんじゃないの」



 フリスが大広間を後にしたのとほぼ同刻。


「……はぁ」


 レックスは大広間のベランダで腫れた頬を擦りながら夜空を眺めていた。


「もう少し、言い方を考えるべきだったかな」

「ここで何をしてるの、兄さん」


 憂鬱げな彼の背後からアルテリアが声を掛ける。レックスは精一杯の笑顔を作り、妹の方に振り向いた。


「やぁ、アルテリア。どうしたんだい? パーティーはこれからが本番だろう??」

「兄さんこそ、せっかくのパーティーなのにこんなところで何をしてるの?」

「いやぁ、夜空が綺麗だったから……」

「……」


 アルテリアはその場を誤魔化そうとするレックスに鋭い視線を向ける。


「どうして、あんなこと言ったの?」

「何が?」

「コバヤシのこと」

「ああ、そのことね。だって大事なことだろう? 言わないと皆が困るしね」

「兄さんが言わなくてもいいじゃない」


 妹の指摘にレックスは目を泳がせる。すぐに適当な返事をしようとしたが、アルテリアの真剣な目つきに思わずたじろいでしまった。


「……あー、それは」

「あのタイミングは最悪でしょ」

「でも早い内に伝えなきゃ、彼を含めた全員が不幸になるじゃないか」

「おかげで、コバヤシ含めた全員が既に不幸なんだけど」

「……そうだね」


 アルテリアはレックスの脛をけたぐる。レックスは痛そうな顔をするが、声には出さずに蹴られた足を摩りながら空を見た。


「……気に入らないのさ」

「何がよ」

「他人に成り代われだなんていう大人と、子供の気持ちがわからない大人がね」

「兄さんが言う台詞じゃないわ」

「僕は子供の気持ちがわかるからね、だってまだ子供だもの」

「……うわ、キツ」

「それにね……」


 レックスは夜空を眺めて物思いに耽る。今の兄が何を考えているのか、アルテリアには何となくわかっていた。


「そんなに悔しいの? フリスが()()()コバヤシに取られたのが」

「はっはっはっ、何を言い出すんだアルテリア。僕に君より大事な女性が居るわけないじゃないか」

「ふぅん?」


 アルテリアの言葉にレックスはふざけた口調で返す。ふざけた口調が板についている彼だが、アルテリアにはそれが精一杯の悪あがきである事など直ぐに勘付いた。


「……はっ、だってそうだろう? 相手は戦い方も、友達との思い出も、大事なものをごっそり忘れた残念なジャパニーズだよ?」

「出たわね、本音が」

「そんな彼に尽くす彼女のことを考えると、哀れで憐れでしょうがなくてね。今日も会議が始まる前にエントランスで()()()()()と歩くフリスの顔を見たけどさ」

「はいはい、幸せそうだったのね? いいじゃない、フリスはどんなになっても彼が」

「……いや」


 レックスはアルテリアの言葉を遮り、真剣なトーンで言った。


「とても寂しそうな顔をしていたよ」


 アルテリアにはレックスが今、どんな表情になっているのか見えなかった。だがその言葉には人前では決して明かさない兄の本心が垣間見えた。


「最初は珍しく喧嘩でもしたのかなと思ったけど、七条に聞かされたのさ……彼がフリスのことまで忘れてしまっているとね」

「それで、皆の前でバラしたのね」

「彼女をそんな顔にさせる男に、()()コバヤシ君の猿真似なんかさせられないだろう?」


 ボヤくような兄の言葉に、アルテリアは侮蔑の眼差しを向けた。


「兄さんは、フリスの保護者か何か? そんなのどうだっていいじゃない」

「良くないよ、彼女は」

「それこそ、本人に任せればいい。行き遅れ男の横恋慕なんて笑い話にもならないのよ」

「……」

「兄さんも()()()()()の仲間入りね。おめでとう、後で成人祝にコーヒーでもくれてやるわ」


 妹が吐き捨てた台詞にレックスは目を見開く。


「ふんっ」


 そんな兄に右手の中指を立てながら鼻で笑い、アルテリアは大広間に戻った。


「……ははっ、はっはっは! 本当にアルテリアは素敵なレディになったなぁ。早く君の花嫁姿が見たいよ、はっはっはっ!!」


 再び一人になったレックスは突然笑い出し、ベランダの豪華な庇にガックリともたれ掛かる。


「でも……彼女を託すなら、信頼できる男であって欲しいじゃないか。彼のような……」


 そして夜空に浮かぶ月を見つめながら、まるで大切なものを奪われた少年のように寂しそうな声で呟いた。


「ねぇ、七条? だから君もタクロー君が嫌なんだろう??」



「月は綺麗ですか?」-終-


\Rex/\Arteria/

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