「正直者が、馬鹿を見る」
正直に言わないと、後で後悔するものです。後になればなるほど。
【……】
【……】
【……コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ。状態異常『気絶』から回復。意識回復】
損傷判定:中。
精神状態:『注意』→『不調』
【……活動再開】
『起きてください』
「う……」
「あ! 気が付いた!!」
「良かった……」
あれ、俺はどうなった?
確か、二人の喧嘩を止めさせようとして……ええと。そうそう、俺を倒してからにしろぉ! とか調子こいた台詞を言っちゃったんだよね。それから顔面に拳骨が……
『少々危険な状態でした。もうあのような無茶な行動は控えてください』
あのアミダ様が本気で俺を心配している。おおう、それだけヤバかったのか。
「……俺の勝ちかな?」
「ボロ負けだよ!」
>ですよね!<
「瞬殺だったぞ、コバヤシ」
「あそこまで綺麗なワンパンKOはそうそうないだろうな」
「綺麗に顔面に入ったもんねー、あれは流石に無理だと思ったよ」
「正直、瞬殺すぎて反応に困りましたわ」
うん、そうだろうね。正直に言うと実はそこそこ持ちこたえるかなとか思っていたんだ。タフさには自信があったからね。
でも瞬☆殺ゥ!
情けないね、もう泣きそうだよ。でも二人はもう喧嘩どころじゃないみたいだし結果オーライだね! ところでさっきから頭に仄かな温もりと柔らかみを感じるんだが、ひょっとして俺は誰かに膝枕をされて……
「まぁ、あの二人の一撃を顔に受けても数分気絶しただけで済んだのは……流石だな」
気絶した俺に膝枕をしてくれたのは、クーロンさんでした。
精神状態:『不調』→『注意』
あらやだ、いい男……って男の膝枕かよ! 何か凄く悔しい!!
「も~……心配させないでよ! このままコバヤシが起きなかったらどうしようかと……!!」
キャサリンさんはそのビッグな胸を撫で下ろしながら、涙目で俺に声をかけてくる。うん、多分俺じゃなかったら死んでたと思うよ。
「体の丈夫さには自信あるから大丈夫だよ、でももう喧嘩しないでね?」
サーシャさんもすげー鋭いパンチ叩き込んできたね。俺じゃなかったら間違いなく死んでたよ、あのパンチ。そしてそんなパンチを二発同時に受けて生きてる自分がちょっと怖いよ。
『……次の被弾は命に関わります』
言われなくてもわかるよ、アミダ様!!
「いいね? もう喧嘩は駄目だよ?」
「うう、わかってるよ……。アイム・ソーリー……」
「……ごめんなさい」
でも体を張った甲斐はあったな。二人はとりあえず仲直りできたみたいだし……
「立てるか? 小林」
「ああ、何とか……。ありがとうクーロンさん」
「……」
「あーう……本当に大丈夫? まだクラクラするなら、あたしの胸の中で休んでいいよ……?」
ボインっ
精神状態:『注意』→『平常』。軽い興奮状態。
やめてください、キャサリンさん。それは余計にダメージが悪化します。だからそのはち切れそうな凶器を突き出してこないで?
「む、胸は無いけど……膝枕なら……」
スルスル……
精神状態:『平常』→『好調』。興奮状態。心拍数が上昇。
サーシャさん、やめて? 照れくさそうにコートを捲りながら言われると破壊力がやばいから。
「ま、いつかは決めてやれよ! その二人はお前の花嫁候補だからな!!」
このアップバングヘアーのお調子者めが、いい加減にしろよテメー。
こいつはイタリアのオーバー・ピースだったかな。写真でもやたらと楽しそうな笑顔で写ってたから普通のヒューマン顔なのに妙に印象に残ってるんだよな。目立った特徴といえば、目の色が左右で違うくらいだ。
確か名前は……
「そういう君は居るのかね? 花嫁候補は」
「はっはっ、沢山いるよ! 例えばアルテリアとか!!」
「笑えない冗談はやめてよ、ジョージ。頭から紅茶かけるぞ」
「あとクリスティーナも!」
「うふふ、嫌ですわ。貴方とだけは絶対に嫌」
「あと……」
「つまり誰でもいいわけだな、ジョージ」
「はっはっ、世界中の女の子と仲良くなるのが夢だからね!!」
そうそうジョージだ。流石イタリア、女の子に目がありませんね! でも何故だろう、同じクラスの奴らと違ってこいつには好感が持てる。
『彼と友好な関係を築く必要はありません』
うーん、アミダ様の基準がわからん。そこまで言う? ジョージに何か恨みでもあんのか。
「そういえば、そろそろディナーの時間だね。楽しみだー」
「俺は洋風の味付けは好きじゃないんだけどな……」
「あたしもー。やっぱりハンバーガーやピザが食べたいなー!」
「……だから太るのよ、キャサリン」
「太ってない! サーシャこそちゃんと食べてるの!? 全然、大きくならないじゃん!!」
「余計なお世話!」
「ふふふ、今日のディナーは何かしらね。ローストビーフが出されないことを祈りますわ」
「私もカタツムリが出ないことを祈るわ」
「うーん、オレは肉とトマトが食べられたら何でもいいね! 肉とトマトは命の源さ!!」
お、晩飯の時間か。ちょっと酷い目にあったから美味いものでも食べてリフレッシュしようかな。
「でも俺は納豆が」
「やぁ、みんな。楽しそうだね!」
「ふぉお!?」
突然、ドアを開けて誰かが入ってくる。
誰だ? あの黒スーツの人は。オーバー・ピースじゃなさそうだけど……何だあのアンテナみたいな癖毛は。
「あ、嫌な奴が来た!」
「酷いこと言わないでくれよ、傷つくじゃないか」
「……何しに来たの?」
「やぁ、アルテリア。君と離れるのが心細くてねー……会いに来ちゃったんだよ」
「あらあら、アルテリアさんは素敵なお兄様に愛されて幸せものですわねー」
「あはは、クリスティーナさんも素敵だよ。今日も可愛い妹と仲良くしてくれてありがとう!」
「どうしたの、レックス? そういえば他の伝書鳩の皆が見当たらないんだけど……」
「やぁ、キャサリン。みんなは別の部屋で楽しい話題で盛り上がっているよ、でも僕にあの空気は合わなくてねー……逃げ出してきちゃったんだよね」
この人もサトコさんと同じピジョンとかいうオペレーターか。
イギリスのアルテリアさんのお兄さん……よく見たらそっくりだな! 頭に生える癖毛とかそのままじゃないか。雰囲気はまるで違うが。
『……彼とはあまり交流を持たない事を提案します』
ん? どうした、アミダ様。別に嫌な人でも無さそうだぞ? ニコニコして愛想も良いイケメンじゃないか。
「やぁ、コバヤシ君。久しぶりだね、元気にしているかい?」
「アッハイ、一応は……」
「それは良かった、ちょっと気になる話を聞いちゃってね……実はこの部屋に来たのも君が心配だったからなんだ」
「え? 俺が??」
俺が心配で? どうしたんだろ、この人……もしかしてタクローくんと仲が良かったのかな? あ、やべえ……俺、この人の事を何も知らね
「君は、覚えていないんだろう?」
「……え?」
「この部屋の皆のことを」
【……注意、コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
全身の血が逆流する感じがした。レックスさんがにこやかな笑顔で口にした言葉に、俺は固まってしまった。
「……それはどういうこと?」
「え、ええと……」
「そのままの意味だよ、アルテリア」
「え、何? 覚えてないって……」
「……どういうこと?」
「コバヤシ?」
おい、待て。アンタ何を言う気だ?
おい、やめろ。今はやめろよ、今は……おい!!
「今のコバヤシ君は、君たちに関する記憶を全て失っている。当然、君たちとの思い出も……君たちとどんな関係を築いてきたのかも彼は全て忘れているんだ」
レックスさんは言った。俺が言いたくても言い出せなかった事を、何の躊躇もなくハッキリと口にした。
精神状態:『好調』→『要注意』……注意。精神状態に問題アリ。安定剤の使用を提案。
「……嘘でしょ?」
「え、それってつまり……」
「あらあら、傷つきますわぁ……私と交わした熱い言葉をお忘れになったの? 酷いですわ」
「本当なの? コバヤシ」
「いや、俺は……」
「おいおいおい、何の冗談だよ? 忘れたって……おい」
「小林、お前……」
「そう、だから今の彼は君たちの知っているコバヤシ君とは別人だ。少なくとも今はね」
……俺を見る皆の目が変わった。
【……警告、警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
さっきまでの慣れ親しんだ友人に向けるような温かい視線が、徐々に冷たいものへと変わっていく。
がっかりしたような、ショックを受けているような、心配しているような、小馬鹿にしているような。俺に向ける視線は、人によって様々だった。
だがその一つ一つが、俺の心に深く突き刺さった。
『落ち着いてください、しっかり息を吸って。心拍数が異常に増加しています。精神に多大な負担がかかっています。まずは落ち着いて』
アミダ様は俺を気遣う言葉をかけてくれていたが、全く頭に入ってこなかった。
「まぁまぁ、みんな落ち着いて。彼にも事情があるんだよ……例えばストレスとか精神的ショックとか」
「……嘘」
俺の隣に立つサーシャさんが俺の右手を握りしめ、震える声で言う。俺はそんな彼女の顔を見て……
────酷く後悔した。
「正直者が、馬鹿を見る」-終-
KOBAYASHI




