プロローグ「世界の子供達」
世界は、ヒーロー・ヒロインで満ちている。
日付は4月末頃。時刻は午後3時を少し過ぎ、日本は今頃ポカポカとした初夏の陽気に包まれている事だろう。
だが此処、極寒の国ロシアは未だに雪が降り積もっている。異常気象の影響か、この国の平均気温は年々低下しており、去年は6月まで雪が降る事があった程だ。
「……はぁ」
四方を雪に囲まれたドーム状の建物に隣接する広大な整備施設。分厚い黒の軍帽と黒い軍服にも似た特徴的なコートに身を包む小柄な少女が空を見上げて小さく溜息を吐いた。
「……もうすぐ月末。そうしたら……あの人に会える」
「〈スヴェトラーナ〉! ここにいましたか……、探しましたよ!!」
「ドーヴラェ ウートァ、どうかした?」
「……もう午後の3時を過ぎましたが」
「まだ眠いから、午前中。で、どうかした?」
「指揮官がお呼びです! それに今日は吹雪が来ます……早く中へ!!」
少女の元に息を切らせた若い軍人が駆け寄る。彼女を探してこの広い敷地内を走り回ったのか、疲労困憊といった様子で冷たい空気を思い切り吸い込んだせいかかなり息苦しそうであった。
「パニャートゥ、今行く」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「外の空気は思い切り吸い込むとよくない。気をつけてね」
「……」
何かを言いたげな表情を浮かべる若い軍人を尻目に、少女は建物の中に入る。
「おかえりなさい、サーシャ。温かいココアでも淹れましょうか?」
少女を笑顔で迎え入れる銀髪の女性。サーシャと呼ばれた少女は彼女の姿を見た途端に目を丸めた。
「プリヴェートゥ、メディ。お願い」
「はいはい、その前に施設の中は帽子を取りましょうね。ふふっ、黒い帽子も雪で真っ白になっているわ」
「……帽子は脱ぎたくない。変な目で見られるから」
「そんなこと言わないの、ほら……」
メディという女性に軍帽を取られ、サーシャは少し嫌そうにする。帽子の中で畳んでいた銀糸のような髪と同じ色合いの耳がぴょこんと立ち、それを見たメディはうふふと小さく笑う。
「笑わないで、メディ」
「ごめんなさい、可愛かったから。それじゃあ行きましょうか……みんなが待っています」
メディと手を繋ぎ、サーシャは大きな基地の廊下を歩き出す。
このドーム状の巨大な建物は終末対策局のロシア支部であり、政府から全面的なバックアップを受けている。軍関係者との関係も比較的良好で、先程の若い軍人を始めとする多くの軍人が彼女を〈スヴェトラーナ〉と呼んで敬愛している。
彼女の名前はサーシャ・アヴローラ。ロシアを守護する |終末対抗兵器《OVER PEACEE》だ。
「もうすぐ、月末」
「そうね、月末……またあの人に会えるわね。サーシャ」
「……」
メディの口から放たれた言葉を聞いたサーシャは耳を閉じて目を逸らす。そんな彼女の愛らしい仕草をうふふと笑いながら堪能し、彼女の 調整者であるメディは上機嫌で歩いていった。
同刻、場所は変わってアメリカ合衆国。未だに雪が降っていたロシアとは対象的に、ポカポカした日差しが降り注ぐ部屋の中で一人の少女が昼寝をしていた。
「……くかー……くかー……」
明るい金色の長髪と、愛らしい顔立ち。成長期の少女特有の幼さが残る顔とは不釣り合いなまでに豊かに実ったバスト。そしてタンクトップにパンティー一枚という女らしさの欠片もない格好。
とても思春期の男子には見せられない刺激的な姿だが、これが彼女の普段着なのだ。
「……かー……んー……」
\ドタドタドタ/
「……無理ぃ、もうピザ飲めないぃ……許してぇ……」
バタン!
「オィイイー! 何時まで寝てんだ、ステューピィィッド!!」
幸せそうに眠る少女の部屋に誰かが慌てて駆け込んで来る。明るい茶髪をボブカットで整えた同年代の少女は彼女の包まるシーツを乱暴に取り上げた。
「のぉおおおおおおうぅう……」
「ノーじゃないよ! ノーじゃ! いつまで寝てんの、さっさと起きろぉ!!」
「……ハーイ、ハニー。今日も素敵なあんぐりーふぇーすね……熟れたかぼちゃみたい」
「誰のせいだ! 起きろ、牛女!!」
「……ノォオオオウ、あとテンミニッツ……テンミニッツぷりーず……」
「ざけんな!!」
ハニーと呼称されたボブカットの少女は金髪の少女を無理矢理起こす。そして彼女の乱れた髪を片手に持ったブラシで必死にとかしながら、もう片方の手に持った栄養ゼリーを半ば開いた彼女の口に強引に突っ込む。
「あぶあぶあぶ……」
「もー、アンタの電話に何度も連絡あったのに気付かなかったの!?」
「あぶあぶ……ぶはっ。だってー、いい天気だったから眠くてー」
「ざっけんな! また太りたいのか牛女!!」
「ひどーい! これでも体重気にしてんだよ!? いくらハニーでも言っちゃいけないワードがあるじゃない!!」
「はい、髪のセットOK! さっさと着替えな! 出かけるよ!!」
「アーイ……でもそのまえにー……」
金髪の少女は苛立つハニーの顔を両手で掴み、その唇にキスをする。
「んー……はっ」
「……ふあっ」
「今日も素敵よ、ハニー。このまま食べちゃいたいくらい」
「……後にして、後に。とりあえず今は」
「はいはい、ハニーのお願いは聞かないとね。ちょっと待ってねー」
「もう、キャシーったら……」
金髪の少女の名前はキャサリン・ブレイクウッド。愛称はキャシー。この自由の国、アメリカを守護する 終末対抗兵器だ。
「どー? こんな感じでいい?」
「チェンジ、胸出しすぎ」
「えー……じゃあ、これは?」
「チェンジ、へそ出しすぎ。胸元も開きすぎ」
「えーと……」
「チェンジ……あんたフザケてるの?」
「だって胸が楽な服装で居たいのよ! ほらこれとか胸元がかなり開いて楽……」
「ざっけんな、このビッチが! こんな格好で出歩いたらレイプされるわよ!?」
バタバタバタバタバタ
キャサリンとハニーがどうでも良い事に時間をかけている時、彼女の部屋にヘリのローター音が飛び込んできた。
「あ、迎えが来た……」
「あーもー、これでいいや! さっさと着な!!」
「えー、やだ。それ胸がキツイやつだよ、ハニー」
「いいから着ろ! あとハニーじゃなくてレベッカって呼んで!! なんか照れるから!!!」
「えー……ハニーがいい」
「いいから早くしな!!」
そんなキャサリンがハニーと呼ぶ少女はレベッカ。彼女の 調整者であり、ルームメイトでもある。
「うーあー……(もそもそ)」
「あー、手が焼けるー。OVER PEACEじゃなきゃ鉛玉ぶち込んでるわ」
「ぶれーくまーいはーと……泣きそうよ、ハニー……」
「ハニーゆーな。もうすぐ月末なんだから、シャキッとしてよね。恥かいたらプレジデントにミサイル打ち込まれるわよ」
「あ、そっか。もうすぐかー……あはは。また、KOBAYASHIに会えるね!」
着替えを終えたキャサリンは勢いよく窓を開け、上空で待機する終末対策局アメリカ支部のヘリコプターに向けて挨拶代わりの投げキッスをした。
「よーしっ、じゃあ張り切ってー」
バタバタバタ……
「あれ、何かあのヘリコ……飛び方おかしくない?」
「えー? そういう操縦なんでしょ。ちょっと危なっかしいけど」
「ふーん……でも、あのままだと電柱に」
ゴツン
「あっ」
「あっ」
>ドゴオオオオオオオオオン<
彼女の投げキッスに気を取られたのか、それとも本当に操縦をミスしたのかは不明だがヘリコプターは電柱に衝突し、そのまま町中に墜落した。
「……」
「ノオオオオオオオォ!!」
「ヘェェェルプ! プリーズ、ヘェェェールプ!!」
「オオゥ、ジーザス!!」
「オー、マイゴッド……! オー、マイゴォーッド!!」
「……寝よっか、ハニー」
「アイェェェエエエエエエー!!!」
「行くよ、キャシー。人助けの時間だ」
「ぇえええぇえー……」
同じ日付、そして同じ時刻。世界中の終末対抗兵器が各々が守護する国家の終末対策局の支部へと足を運んだ。ある者は楽しそうに、ある者は嫌そうに、そしてある者は遠い場所の誰かに想いを馳せて。
中国、イギリス、ブラジル、イタリア、韓国……そして日本。
それぞれの思いを胸に、それぞれのパートナーと共に。世界の命運を託された〈子供達〉が来るべき月末に向けて一斉にその足を踏みだした。
プロローグ「世界の子供達」-終-
>OVER PEACE<




