エピローグ「おもひでぼろぼろ」
時刻は午前8時00分、終末対策局日本支部。第一執務室にて。
「……」
「どうしました? 七条さん」
「いいえ、何でもないわ」
思い詰めた表情でパソコンと睨めっこをする七条に、隣の席に座る檜山が声をかける。
「ただ、明日の会議が気になってね……」
「ああ、例の交流パーティーですか」
「その例えは止めなさい?」
「あっはい、すみません……」
月末に控える〈絢爛交歓祭〉。全世界の 終末対抗兵器が一堂に会する重要な会議だ。
今月の議場はアメリカ支部。月毎にどの支部で行われるかは決まっており、この日本支部は今年の6月の議場に割り当てられている。世界中の終末対抗兵器が集められる為、その会議内容も重苦しいものになると思われがちであるが……。
「でも、そう言いたくなる気持ちもわかるわ」
「彼らにとっては、月末のお楽しみみたいなものですしね」
その実態は、各国の終末対抗兵器達の親睦を深める為の大規模な交友会だ。
終末対抗兵器と対等に接せる相手は同じ終末対抗兵器しかいない。更にその存在が核兵器と同等の抑止力のようなものであり、彼らの存在が文字通り今の世界の均衡を保っているのである。
だからこそ、彼らにやってもらいことが他国の終末対抗兵器と親交を深める事だ。
「コバヤシくんは皆と仲良く出来ていますし、心配はいらないと思いますが……」
「それなのよ、問題は。今の彼は他の皆のことを覚えていないの……」
「あっ」
「もしも皆がコバヤシ君が嫌いになったら、どうなると思う?」
終末対抗兵器同士の婚約は歓迎される。
その結婚は文字通り国と国が合併するのと同義であり、それがこの〈絢爛交歓祭〉が開かれる最大の目的だ。当然、土地が狭い上に世界への影響力も微妙な日本はコバヤシに大国の終末対抗兵器と結ばれて欲しい訳だし、他国からしても日本の技術力は魅力的だ。
この国、そして世界の命運を左右するとは決して大げさな言葉ではないのだ。
「で、でもまだ彼は16歳ですし……流石に結果を急がせすぎるのもどうかと」
「そういう意味じゃなくてね……」
「えっ、でもこの会議の目的って」
「檜山君? そんな生々しい話をしないでちょうだい……頭痛がしてくるわ」
檜山が頬を染めながら発した言葉に、七条は頭を抱えながら彼を睨んだ。
「す、すみません!」
「それにしても……何で今になって記憶喪失になったのかしら」
「よっぽど……前の戦いが響いたとか?」
「……確かに、先々週の戦いは辛い結果だったわね」
「そこで溜まりに溜まっていたストレスが爆発したのかもしれませんね……」
「……」
コバヤシが記憶を失う前の戦い。自国の防衛こそ成功したが、その戦いで交流の深かった終末対抗兵器の一人が戦死した。守りの要を失ったその国は為す術もなく滅亡し、国を滅ぼした〈終末〉は近隣国の終末対抗兵器によって殲滅された。
その国の名はオーストラリア。その国を守護していたのはトーマスというイタズラ好きな少年だった。
「助けたいのに助けられない……それが彼には一番辛いことだったでしょうね」
「七条さん……」
七条はデスクの上に飾られている写真立てに目を向ける。
そこにはコバヤシと、かつて彼と仲が良かった戦友達と自分が写った写真が飾られている。彼女だけでなく各国の伝書鳩も後ろの方に写っており、七条にとっても忘れがたい思い出の一枚であった。
「それでも、子供たちに戦わせるしかない。本当に……嫌になるわね」
だがその写真に写る子供達の中には、トーマスを始めとするもういなくなってしまった者の姿もあった……。
「……」
「し、七条さーん、高槻主任がお呼びです! 至急、〈白雪の間〉に来てくださーい!」
「……はぁ」
七条はパソコンを閉じてため息交じりに立ち上がり、執務室を後にした。
「おもひでぼろぼろ」-終-
[写真]\SATOKO/




