「憂鬱マンデー」
「じゃあ、行ってきまーす」
「行ってきます、お父様」
「ほい、いってらっしゃーい!」
翌朝。俺は着替えと朝飯を済ませてフリスさんと学校に向かった。
「あー、月曜日とは何でこんなに憂鬱になるんだか」
「ふふふ、そうですか? 私は月曜日が好きですけど」
「何で? 月曜日は休みが終わって学校が始まっちゃうイヤーな日じゃないか」
「だから好きなんです。こうして貴方と学校に行けますから」
「ほふぅっ!?」
精神状態:『平常』→『好調』。軽い興奮状態。
おーっと、フリスさん! 週明けからときめかせてくれますねぇ!
「? どうかしましたか?」
「い、いや何でも……」
「ふふっ、そうですか」
ああ、フリスさんの表情と仕草の一つ一つが俺のハートをぶち抜いていく! 未だ嘗てここまで心弾む月曜日があっただろうか!?
『彼女は貴方のパートナーです。会う度に興奮状態に陥っては日常行動に支障を来します。早急に慣れてください』
ううっ、うるさい! まだ彼女と会って一週間も経ってないんだぞ!? そう簡単に慣れるか! 16年間彼女無し女友達無しの小林君のウブさをなめるなよ!!
『慣れてください』
「……うぐぐ」
「タクロー?」
「ご、ごめん……ちょっとアミダ様がうるさくて」
「なるほど。ふふっ、AMIDAさんとは仲良くなれましたか?」
「うーん、どうだろ。一昨日よりはマシかな……」
『私と友好度を上げる必要はありません。彼女の言葉は無視してください』
「まー、どっかの妹さんに似て素直じゃないからね。仲良くなれるのはまだ先かなー」
『……』
俺がそう言うとアミダ様は黙り込んだ。素直じゃないって言葉が気に入らなかったのだろうか?
「しかしまぁ……」
《ブシャルルルルァァァァーッ!!》
「イェアアアアアアアアアアアア!」
「キャー! 退いて、退いてぇぇー! ンブッフゥー!!」
「キョアアアアアー!」
「どうかしましたか?」
「案外慣れるもんだね、この光景にも」
隣を突っ走っていく巨大ダンゴムシに乗った馬鹿や人を突き飛ばして猛進するオーク。空を飛ぶ変なのを始めとする魑魅魍魎を見ても俺はもう驚かなくなっていた。
「ふふふ、良かった」
「最初見た時は気がおかしくなるかと思ったけどね」
「……もしまた混乱してしまいそうになったら言ってください」
フリスさんは制服の襟をめくり、胸をぽよんと強調しながら内ポケットの怪しい注射をチラつかせる。
「ちゃんと用意してますから」
「あ、やめて? トラウマが蘇るから」
「今のタクローならもう大丈夫そうですが……一応、ね?」
ふふふと笑いながらフリスさんは襟を戻す。
(フリスさん……恐ろしい子……!)
その圧倒的可愛さと純真さの中に潜む ヤバさ に心臓をバクバクさせられながら、俺は彼女と二人で通学路を歩いた……
「……はっ!!」
そんな時にふと感じた視線! 俺は恐る恐る後ろを振り向く。
「あっ! おにーちゃんが気付いたよ!!」
「ちぃっ、もうバレたか!」
>またお前らか!!<
背後の電柱の影で例の妖怪ババアと鬼っ子が妖しく目を輝かせている! 本当に何なんだよ、コイツら!? 俺に一体何を期待してるんだよ!?
「……フリスさん、ここからはちょっと早歩きで進もうか」
「? どうかしましたか?」
「別に? ただ後ろは振り向かないようにね? さり気なく、自然体で、スピードを上げていこう」
「??」
◇◇◇◇
「あー……やっぱり憂鬱だわー」
「おーっす、コバヤシ! またサクッと日本救ってくれたな、ありがとうよ!」
「おう、田中。割とピンチだったけどな」
「お前は負けそうになっても最後は圧勝するし、俺はもう心配するのやめたわ」
「おう、安藤。お前なりの褒め言葉として受け取ってやるよ」
あー、もうコイツらの顔を見ても驚かなくなってしまったよ。慣れって凄いなぁ。
「俺達のコバヤシが負けるわけねえからな!」
「そうそう、心配するだけ損だぜ!」
「日本のコバヤシさんだからなぁ!」
おお、クラスの皆が頑張った俺を褒めてくれてる。ありがとう、皆。嬉しいよ……お前らに火炙りにされた記憶さえ無ければ感動的な光景なのになぁ。
「ふっ、流石はコバヤシ君だ。僕も友人として鼻が高いよ」
「はっはっ、どーも」
ありがとう、鈴木君。そんな友人に迷わず火を着けたお前の姿は決して忘れねえよ!
『友人関係の見直しを提案します』
アミダ様に言われなくてもそうしたいよ。どうしてあんな目に遭わせておきながらこんな温かい言葉をかけられるんだろうね。
「はぁー……」
「どうした、コバヤシ? まだ疲れてんのか?」
「身体が痛むとか?」
「痛むのは心だ。このド畜生共が」
コバヤシ・タクローはよくこんなのに囲まれて心折れなかったな。確かに女の子が絡まなかったらそこそこいい奴らではあるんだけどさ。女の子が絡まなければ。
「……なぁ、田中に安藤よ。今更だけど言っておきたいことがあるんだ」
「ん、どした?」
「何だよ、コバヤシ」
……一応、コイツらにも話しておくか。割と度し難いクズ共だがタクローと付き合いの長い友人の筈だし、今のうちに正直に言っておこう。
「もし今の俺がコバヤシじゃなくて、異世界で暮らしてきた小林君だって言えば……笑う?」
「HAHAHAHAHAHAHAHA!!」
「HAHAHAHAHAHAHAHA!!」
二人はワンテンポすら置かずに大爆笑。HAHAHA!と笑いながら俺の方をバンバン叩いた。流石は田中と安藤だ。俺はお前らがそういう奴らだって信じてたよ。
「おいおい、朝から笑わせんなよ! この前の戦いで頭でも打ったかぁ!?」
「俺の世界だとお前らはそんな顔じゃなくてだな、フッツーの顔した人間だったんだよね」
「HAHAHA! まるで今の俺達が人間じゃないみたいな物言いだなぁ!」
「俺の世界だと担任教師は巨乳のメガネ美人だったんだよね」
「HAHAHA! 冗談キツイや!!」
「それで俺も日本の命運を託されるようなスーパー高校生じゃなくてね、フッッツーの高校生だったんだよね」
「HAHAHA!!」
「今話した事が全部事実だって言ったら……お前らこのまま一日中笑ってくれる?」
「……お前、本当に大丈夫か? 保健室行くか?」
【コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神状態:『好調』→『注意』……安定剤の使用を提案。
【……注意】
散々笑った後、マジトーンで心配してくる安藤に俺の心は深く傷ついた。
「……という夢を見ちゃったのさ、HAHAHA!」
安藤の真剣な目に耐えきれず、俺はすぐに誤魔化した。
「何だよー、驚かすなって! ちょっと信じそうになったじゃねーか!」
「そうそうー! いくら親友でも冗談キツイぜ!!」
「はっはっ! あんまりにもリアルな夢だったからな! 悪い、忘れてくれ!!」
そうだな……サトコさんも信じてくれなかったのにコイツらが信じられる訳ないよな。このまま夢の話って事にしておこう。
『それでいいのですか?』
アミダ様が俺に語りかける。これでいいんだよ、自分自身でも上手く説明出来ないんだから。今の所は違和感なく馴染めてるしさ。殺されかけるくらいに。
『後悔はしませんか?』
もしボロが出て二人に怪しまれたら、その時にまた全部話すよ。むしろ俺はコイツらに話そうと思った事に後悔してる。
『……貴方の判断に任せます』
どうも。気を使ってくれてありがとな、アミダ様。
『私にそのような機能は搭載されていません』
「……はいはい、そうですか」
「しかし、もしお前が普通の高校生になったら……マジで特徴なくなるな?」
「おい、やめろ田中。その台詞は俺に効く」
「ただでさえ〈終末〉特攻の能力がなきゃ地味なのにそれも無くなったらお前に何が残るんだよ」
「うーん、可愛い妹と可愛い幼馴染かな? 地味だけどテメーよりは間違いなく愛されてるよ、安藤」
「貴様ァ……!!」
「ハーイ☆ 皆、席に着いてぇー! 出席取るわよぉーっ!」
悪友二人と駄弁っているとラルフ先生が弾ける笑顔でキャピキャピと教室に入ってきた。
ああ……やっぱり月曜日は憂鬱になるなぁ。
「憂鬱マンデー」-終-
\KOBAYASHI/ \安藤/\田中/




