「女の子機能」
AIだって複雑なんです。
「はい、じゃあいただきまーす!」
「いただきまーす」
「……もーす」
昼寝から覚めた俺はやつれた顔で晩飯の塩サバを箸で突く。何このかつてない疲労感……まるで何時間も全力でマラソンしていたかのようだ。
「どうしたの、兄貴? 凄い顔してるけど」
「……ちょっと酷い夢見ちゃってね」
「ふーん? どんな夢を見たんだ?」
「エロ装束に身を包んだ痴女にボコボコにされる夢です」
「酷いな」
「最低じゃん」
正直に夢の内容を話したら二人にドン引きされた。
「エロ本読み過ぎなんじゃないの?」
「……そんな余裕も無かったわ。あー、サバうめー(もぐもぐ)」
「まぁ、思春期だしな。そういう夢も見るだろ(もぐもぐ)」
「正確には夢じゃなくて訓練らしいんだけどね」
「どんな訓練よ、変態兄貴」
明衣子よ、そんなゴミを見るような目で聞かないでくれ。俺だってよくわかんねえんだ。
「何か昼寝したらさ、アミダ様が夢に介入してきてね」
「アミダ様って誰?」
「俺の頭の中にいるやべー奴」
「やべーのはお前の頭じゃないのか?」
酷いね、親父? そろそろ箸で腕刺すよ? 俺はまだ今朝の暴挙を忘れてねえからな?
『……』
「……俺にも説明が難しいけど、何か小さい頃からアミダっていうAIが組み込まれてるらしいんだ。今までタクロー君から相談されなかったの?」
「あー、AMIDAか! 何だよ、様なんてつけるから誰かわからなかったじゃないか。なるほどなるほど、お前も彼女にしごかれてヒィヒィ言わされたわけか」
「へー……」
「変な誤解すんなよ、明衣子? マジで死ぬような思いをしたんだからな? あれはもう訓練じゃなくて拷問だよ(もぐもぐ)」
「で、勝てたのか?」
「……んぐっ! い、一応は」
俺はつまりかけた飯を味噌汁でズズズと流し込む。
「ほー! 勝てたのか! 凄いじゃないか!」
「……あんまり勝てたことなかった感じ?」
「記憶を無くす前のお前でも『勝てねぇ』とかボヤく日があったくらいだからな」
「ふーん、ぐーすか寝てるだけに見えたけど頑張ってたのねー(ズズズ)」
「ははは……」
まさかこの二人は俺がアミダ様のおっぱい揉んで勝利したとは思うまい。
目覚めた後に何度か聞いたけど『条件は達成されました』としか返さなかったし、本当にあれでOKらしい。流石に青少年の何かが危ないのでもし次があるならちゃんと攻撃を当てよう。
『あの条件で構いません。次も私の胸を狙ってください』
>私の胸を狙ってください<
「ぶごふぅっ!?」
「にゃぁあ!? ちょっと、何吹き出してんのよ! キモっ!!」
「ごふっ、ごふっ! お前、ふざけんなよ!? いきなり何を言い出すんだよ!?」
「はぁ!? 何言ってんのよ、兄貴!」
「良くねぇよ!? お前、ふざけんなよ!?」
「何なのよ!?」
「あー、AMIDAが何か話しかけてるみたいだな」
「……はっ!?」
明衣子と親父が向ける冷めた視線にようやく気が付き、俺の背中にひんやりとした汗が伝う。そうだった、アミダ様の声は俺にしか聞こえねえんだ! 畜生め!!
「……やっぱり二人には聞こえてない?」
「うん、何にも!」
「……マジかよ、辛いんだけど」
『何か問題でも?』
「問題しかねえよ!」
「せめて飯時に一人お喋りは止めてくれないか? 気持ち悪いんだが」
「うるせぇぇー! 俺だって困ってんだよぉー!!」
『食事のマナーが壊滅的に悪化しています。マナーの再学習を』
うぐおおおー! やっぱりこのAI嫌い!!
「あー……何で飯時まで精神擦り減らさにゃならんのだ」
飯を食い終えた俺はベッドでうつ伏せになってボヤく。
「なぁ、アミダ様。マジで喋る回数減らしてくれないか?」
『ですが、今の貴方は』
「もうちょっと俺を信用してくれね? お前は俺にコバヤシ・タクローに必要な条件やら何やらを満たしてるとか言ってたよな?」
『……』
「じゃあ、静かに見守っててくれない? せめて人前ではさ」
『……わかりました。設定を変更します』
ようやく俺の切なる願いが届いたのか、アミダ様は静かになった。
「……どうも」
【……】
「ああ、月末の会議どうしようかな……」
【……】
「うーん、大丈夫かなぁ。ちゃんと出来るかな、俺」
【……】
「……」
おや、おかしいな? ようやくアミダ様が静かになってくれたのに何で俺は落ち着けないの?
「あ、そうだ。サトコさんから貰ったファイルに目を通しておこう」
【……】
「……」
俺はこの静寂を求めていたはずなのに何故か落ち着けなかった。何とかアミダ様の事を忘れようとファイルをめくったり、写真を見てどんな人なのかと想像したり、ゴロゴロとベッドを転がってみたが……
【……】
「ああ、くそう! 悪かったよ! どうしてもお前が喋りたいなら喋ってくれていいよ! 俺が一人だけの時は外に出てきてもいいから!!」
どういうわけか、俺はアミダ様が喋ってくれないと寂しく感じるようになってしまった。ヤンナルネ。
『……特に喋るべき事はありません』
「あるだろ。ほら、この写真の人達と俺がどんな関係だったとか」
『フリス・クニークルスから聞いたはずです』
「はー、補助するとか何とか言いながらお前もフリスさん頼りかね。悲しいねぇ」
『……』
「怒った?」
『私にそのような機能は搭載されていません』
「はっ、アミダ様は嘘が下手だなあ」
『そのような機能も搭載されていません』
気がつけば俺は枕元に現れたアミダ様と他愛も無い話をしていた。彼女は相変わらずの無表情で素っ気ない返事を繰り返すが……
「タクローとはどんな話してたんだ? やっぱりあんまり喋るなとか言われたか?」
『何故そのような事を聞くのですか?』
「最初の時は全然喋らなかったから。あの時に今日みたいに喋りかけてくれたら大分助かったんだけどな? 〈終末〉と戦う前とかさー」
『……』
「何で黙ってた?」
『彼女が貴方の傍に居たので』
「彼女?」
『貴方のパートナーです』
そう答えた時のアミダ様の表情は、何処と無く憂いを帯びていた。
「……ふーん」
『それに以前の貴方も不必要な発言は控えるように言っていました。必要情報は文字で視界に表示するようにと』
「ああ、やっぱり」
『貴方もそうしますか?』
「そうしてくれと頼んだけどね?」
俺がそう言うとアミダ様はまた僅かに表情を変える。
『……』
「……ぶっ、はははっ!」
『?』
「いや、すまん。何となくアミダ様がどういう子なのかわかってきたからつい……」
『発言の意味がわかりません』
「別にー? まぁ、人前ではなるべく静かに頼む。どうしてもお前がお喋りしたいって言うなら別だが」
『私にそのような欲求はありません』
「なら安心だ」
タクロー君がアミダ様とどう付き合ってきたのかわかってきた気がする。最初はKYなツンドラ畜生AIだと思っていたが、中々どうして女の子らしい部分があるじゃないか。
『意味がわかりません』
「ああ、思考を読んでも声に出さないで?」
『私はJ型専用独立支援型補助機脳。女の子ではありません』
「でもAI扱いされたら嫌がるし、マジで無視されたら拗ねるよな?」
『……そのような機能は』
「そういうところが女の子らしいって言うんだよ。タクローにも散々言われたんじゃないか?」
『……ッ』
アミダ様は意味深な沈黙を残して消えた。消える前にほんの少しだけ頬を染めていたような気がしたが、多分気のせいだろう。
「アミダ様?」
『……』
「怒った?」
『怒ってません』
……それから風呂に入ってベッドの中で眠りに就くまで、アミダ様は外に出てこなかった。
「女の子機能」-終-
\KOBAYASHI/




