「寂しがり」
「……」
明星天皇はコバヤシが部屋を出た後もずっと扉を見つめていた。
「ふふ、本当に……困った子やねえ」
心から愛おしげに、それでいて切なげに今日のコバヤシとの時間を回想する。今までコバヤシと直接会う機会はあまり多くは与えられなかったが、彼女にとって彼は実の孫のような存在だった。
「そないに戦うのが嫌になったんかね……あの子には」
ひと目であのコバヤシが 別人 だと察せてしまった彼女は彼の言葉を信じ切っている。余人には到底受け入れられない話だが、コバヤシを可愛がっていた彼女だからこそ簡単に受け入れられてしまった。
彼女は深く悲しんだ。またしても愛しい存在が遠い世界に行ってしまったのだから。
「ああ、本当にこの世界は意地悪やね。もうウチにはあの子達しか残ってないのに、まだ取り上げられてしまうんかい……」
「ううん、そんな事ないよ」
悔しげに指を噛む明星天皇の耳に誰かの声が聞こえてくる。
「あら、この声は……」
「彼は何処にも行かない。ずっと此処に居るよ」
「……」
「だから悲しまないで」
明星天皇の肩にそっと触れて〈白い少女〉は優しく囁いた。
「あらあら、随分とお久しゅうに。〈シロカミ様〉」
「ううん、ボクはずっと居たよ。君の傍にも、彼の傍にも」
「そうやったんね。ふふ、ウチにはもう貴女の姿もよく見えんようなったわ」
「寂しいね。彼以外でボクが見えたのは君たちだけなのに」
「ふふふ……」
声は聞こえるがその姿までは見えていない。明星天皇は声のする方を向いて〈白い少女〉に話しかける。
「ところで……シロカミ様、あの子は何処にも行かへんというのは?」
「そのままの意味よ。彼は君の知っているタクロー君だよ。別人なんかじゃないわ」
「ウチにはそう思えません。もし別人やないというなら、あの子の話はどう説明してくれはるの?」
「それはね……」
〈白い少女〉は口を紡ぐ。
「……」
「シロカミ様?」
暫く沈黙した後、彼女は口を開いた。
「彼は遠い遠い世界の事を思い出してしまったの。自分で自分を塗り潰してしまうくらいに、ハッキリと……」
「それはどういう事やの?」
「……」
「シロカミ様?」
明星天皇の問いかけに答えぬまま〈白い少女〉は姿を消した。
「……もう、相変わらず気紛れなお方やわ。お別れの挨拶くらい言うてや」
今度こそ一人きりで部屋に残された彼女は大きな溜息を吐き、寂しそうに簾の向こうへと戻っていった。
◇◇◇◇
「……ただいま」
「おかえりなさい、タクロー!」
「おかえり、コバヤシ君。どうだった?」
「ええと……何か、凄かったです」
まさか天皇様と血が繋がってるとは思いもしませんでしたよ!
それだけじゃなくて孫みたいに物凄い可愛がられた! 俺も本気で泣きついちゃったし、照れくさいやら恥ずかしいやら何やらで落ち着かねぇよ! あとお婆ちゃんなのに見た目が若いのも卑怯だよ!!
「……凄かった、です」
「ははは、だろうね。あの方は君の前ではずっとあの調子さ」
「ふふふっ」
「マジすか……」
「君の前だとあんな感じだけど、俺達の前ではまるで別人のようになるよ」
「そうなんですか?」
「ああ、伊達に日本を背負わされていないということだ。だから俺達の前でうっかり陛下を『お婆ちゃん』なんて呼ばないでくれよ? 首が飛ぶからな」
「そ、そこは大丈夫ですよ!」
「まぁ、君が陛下の事を忘れたと七条に知らされた時点で首が飛ぶ覚悟はしていたが。杞憂に終わって本当に良かったよ」
何かこの高槻っていう人苦手だなぁ……軽い調子でぺらぺら喋るんだけど妙に言ってることに重みがあると言うか。何だろう……、やっぱり知り合いの誰かに似てるような気がする。
「じゃあ、君は家に帰ってくれていいぞ。七条が帰りの準備をしてくれているはずだ」
「え、もう帰っていいんですか!? 月末にはダズ……なんとかって会議があるって聞きましたけど、それについて何か……」
「その会議について俺にアドバイス出来ることは何もないんだよ。何せ、相手は君と同じ 子供だからね……」
うわぁ、このおっさん嫌な人だ! ためになりそうな事言っておいて肝心なとこは誰かに丸投げするタイプだ! 腹立つわー、このおっさん!!
『同感です』
アミダ様もまさかの同意! 本当に割とどうでもいい愚痴だけは細かく拾っていくな、こいつ!!
「会議でミスって酷いことになったら高槻さんのせいですからね……!」
「構わないさ、俺たちは尻拭いの方が慣れてるしな」
「ぐぬぬ……!!」
「タクロー、もう帰りましょう? メイコさんたちも心配しているはずですから……」
俺は煮え切らない気持ちを抱えながらフリスさんとその場を後にした。
「少しくらいアドバイスしてくれてもさぁ……」
「あ、タクロー。天皇陛下のお迎えが来ましたよ」
「ん? おっ……」
俺達の前に背の高い黒服の人達が現れる。
「ど、どうも……」
「……」
黒服の人達は無言で俺達に頭を下げ、スタスタと謁見室の方に向かった。
「何か……変わった雰囲気の人達だね」
「駄目ですよ、そんな事言っちゃ。あの方々は天皇陛下のお迎えを任されている護衛役です。高槻さんや日本支部支部長よりも偉い方なんですよ?」
「へぇー……」
ふと後ろを振り向くと謁見室の前でお迎えの人と高槻さんが話していた。俺達の前では終始軽い態度だった高槻さんも、あの人達の前では姿勢を正して真面目に話している。
「……高槻さんの前だと天皇様はどんな感じになるのかな」
「ふふふ、きっとビックリしちゃいますよ。高槻さんでも少し緊張してしまうそうですから」
「まぁ……そうだね。確かに俺と話してる時と、別れる時とで雰囲気がガラッと変わったし。俺も最初は本気で帰りたいと思ったからなぁ」
「あの方とどんなお話をしたんですか?」
「他愛もない話さ。本当に……実の婆ちゃんと話しているような感じだった」
「ふふっ、そうですか」
「俺は自分の婆ちゃんの事なんてもう殆ど覚えてないんだけどね……と」
フリスさんに案内された先にあった大きなエレベーターの前でサトコさんが待ってくれていた。
「……ッ」
そこそこ元気そうな俺の顔を見て安心したのか、サトコさんはふぅと息を吐いて大きな胸を撫で下ろす。
「大丈夫だったようね」
「何とか……」
そりゃサトコさんからすれば気が気じゃなかったでしょうね。日本の未来を託された最終兵器が血の繋がった最高指導者の事を忘れてるんですからね。
「……じゃあ、家まで送っていくわ。会議は31日よ、忘れないようにね」
「あの、もし俺が会議で下手こいても怒らないでくださいね?」
「安心しなさい、絢爛交歓祭には私も出席するから」
えっ、サトコさんも一緒に来るの!?
「サトコさんも?」
「フリスちゃんも来るわよ。会議場には調整者と伝書鳩の同伴は認められているの」
なるほど、高槻さんが大したアドバイスをくれなかったのはこのためか……ってやっぱりサトコさんに丸投げしてんじゃねーか!!
「よ、よろしくお願いします」
「でも大したアドバイスは出せないわよ?」
「あ、そうですか……」
「私もタクローと同じ部屋には居られません。調整者には専用の部屋があるので……」
「そ、そうなんだ……」
しかし世界中のオーバー・ピースを一箇所に集めて何を話し合うんだろうなあ。世界平和についてとか、自分の戦績について話したりするのかな。
やだなぁ、行きたくねぇなぁ……。
「……はぁ」
「当日でも無いのに緊張するのはやめなさい。大丈夫、みんないい子たちだから……」
「ソウデスカー」
「皆さん、タクローと仲良しですからね」
「ソウナンダー」
そのタクローくんは今、小林くんというヘタレに入れ替わっています。どうしよう……ああ、どうしよう。
『問題ありません。自信を持ってください』
だから問題アリだっつーの! それに『自信を持ってください』っていうのは俺みたいなヘタレ小市民には一番言っちゃいけない言葉なんだぞ!?
『貴方は終末対抗兵器に必要な条件を全て満たしています。それに明星天皇も貴方の事を信頼しています。問題ありません』
「あー、はいはい! ありがとうね! 嬉しいよ!!」
「?」
「どうかしたの? コバヤシ君」
「……いえ、ちょっとアミダ様が煩くて」
「アミダ様?」
「ああ、AMIDAのことね……。あまり喧嘩はせずに仲良くしなさい? その子も貴方をサポートしてくれるパートナーと言えるんだから」
「……どうですかね」
『……』
俺が重い溜息を吐いたのと同時に、大きなエレベーターの扉が>プシュー<と音を立てて開いた。
「寂しがり」-終-
\Atri/\TEN-NO/




