「お婆ちゃん様」
この話を書いている間、ずっと目が熱くなっていました。
「ち、血が……!?」
え、待って!? コバヤシ君は天皇様と血が繋がってんの!? 嘘だろ!?
『……』
だが、そんなトンデモカミングアウトがあったのにアミダ様は無言! いやいや、何で黙ってんだよ! 物凄く重要な情報でしょ!? 僕、最高指導者の血族なんですよ!?
「そーよー、誇りに思いや。私にとっちゃあんたの方が誇りやけどねぇ」
「そ、そんなこと言われても……」
「まぁ、声を大にして言うたらあかんことでもあるんやけど」
天皇様はそう言って何処か寂しげに笑う。
「あ、あの陛下……」
「お婆ちゃん」
「いや、流石にそれは……」
「お婆ちゃんと呼んでぇな。あんたは可愛い孫みたいなもんなんやから、こうして二人の時くらいはそう呼んで」
「……えーと」
「お婆ちゃんて呼んで?」
「じゃあ……その、お婆ちゃん」
俺にお婆ちゃんと呼ばれたのがよっぽど嬉しかったのか、天皇様は幸せそうにニコッと笑った。
「うふふふっ」
「えと、なんか最初の時と喋り方が違いますね?」
「ああ、これが素よ。やっぱりこの方が性にあってるわぁ、あのお硬い喋りはもう嫌やわぁ」
「……そうですか」
うーん、何か思ってたのと全然違う!
父方の婆ちゃんは俺が生まれる前に亡くなったし、母方の婆ちゃんも物心つく前に亡くなってる。だから俺はお婆ちゃんとの思い出が殆ど無いんだが……
「あー、こんなに大きくなって。また背ぇ伸びたんちゃう?」
「いえ、多分伸びてねーです」
「そんなことないわぁ、背ぇ伸びたよー? 子供はすぐ背が伸びるからねぇ」
「そーすかね……」
「メイちゃんとは仲良うしてる? お母さんに似て綺麗になったよねぇ、ふふふ」
「まぁ、何とか……割とよく殴られたり蹴られたりしますが」
「あはははっ、仲良さそうやね!」
お婆ちゃんとの時間ってのは、こんな感じなのかな。
「……」
「どうかしたん?」
でも、ちょっと待て。お婆ちゃんって言ってるけど、俺と同い年か少し年下くらいの女の子にしか見えんぞ?
「あの、陛……お婆ちゃん。ちょっと聞いていいすか?」
「はいはい、何でも聞いてや」
「歳いくつ?」
「あははは、やぁっだぁー! こんな婆ちゃんの歳なんて聞いても面白うないよぉ!!」
バチィーン!
「ぐふぉっ!!」
お婆ちゃん天皇はニコニコ笑顔で物凄いビンタを俺に食らわした!
「そ、そんな歳なの……?」
「そうよぉ。もう昔からの知り合いはみーんな死んでしもうたわ」
「でも見た目は全然若いよ!? どう見ても10代……」
「やーん! あかんよ、タクローちゃん! 婆ちゃんに色目使ったらぁー!」
ベチィン!
「おぅふっ!!」
だからビンタ痛えって! 何このキレ! 明衣子ちゃん並じゃねえか!?
「そ、そんなんじゃねえから……」
「ふふふ、それにしても安心したわぁ」
「な、何が……?」
「あんたがタクローちゃんと同じくらいええ子で」
お婆ちゃん天皇はそう言って俺の頬を撫でた。
「……え?」
「聞いたよ? 色んなこと忘れてるんやってね?」
「……」
「ふふふ、ただ忘れてるだけやったら良かったのにねぇ。こうしてよく見てみるとわかるわぁ」
「……お、俺は……その」
「あんたはタクローちゃんじゃないね?」
俺の目をジッと見つめながら言う。
「!」
「この前と顔が全然違うもの。声の感じも違う。ずーっと緊張して我慢してて、それでも何とか頑張ろうとしとる」
「うっ……」
「そうそう、私と初めて会った時。その時と同じ顔しとるんよ。あんたが守り人になって、〈オオワリ様〉と戦わなあかんようになった日と……」
お婆ちゃん天皇は俺の頬に触れながら優しい声で言う。彼女の一言一言が胸に突き刺さり、腹の底から何かが込み上がるような感覚が走る。
「俺は、俺は……」
「怖かったやろうに……よく頑張ったね」
その一言で、俺を支えていた何かがプツンと切れた。
「ううう……っ!」
俺は天皇様に抱きつき、思い切り泣いてしまった。まるで婆ちゃんに泣きつく孫みたいに。目を覆いたくなるくらいみっともなく。
「よしよし、頑張ったねぇ。偉い偉い」
「違うんです、俺は……俺は……!!」
「わかってるよぉ、最初からわかってたよ。私はずーっとあんたを見てきたもの」
「ごめんなさい、俺にも……! どうしてこうなったか……わからないんです! ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
「あんたは何も悪くないよ。一番、悪いのは私らなんよ。タクローちゃんに押し付けて、そしてあんたにも押し付けて……本当にごめんね」
「うううっ! ううううう……っ!!」
「ええよ、今は二人きりやから。沢山泣きなさい。お婆ちゃんが聞いたげる」
「うあああああああああっ!」
どうして俺はこんなに泣き虫なんだろう?
一昨日も泣いて、昨日も泣いて、今日もこうして泣いている。
こんな泣き虫に日本の未来を託すとか本当におかしいよ。どうしてわかってくれないんだろうな? 俺なんかに日本を託すのは間違いだって。
『……』
なぁ、アミダ様。お前もそう思うだろ? そう思ってくれよ。
『……私にそれを認める権限はありません。〈終末〉を倒し、この国を救えるのは貴方だけなのですから』
はっはっ、畜生。やっぱりお前は
『……ですが、貴方の境遇には深く同情しています』
あ、そう……どうも。
「へぇ~、あんたの世界はそうなってるんやね」
「……うん。だから目が覚める度にビックリするよ」
「あはは、見てみたいわぁ。あんたの顔」
「普通の顔だよ。男前でもなきゃイケメンでもねえ。普通の顔」
「ううん、絶対かわいい顔しとるよ。きっと陰で女の子に好かれとるやろうねぇ」
「……それはないな」
天皇様に膝枕されながら俺はボソボソと話す。
彼女には正直に全部話した。俺の見た夢のこと、俺の生きてきた世界のこと、そして俺が普通の人間だってことを。天皇様は俺を宥めながらしっかりと聞いてくれた。
「じゃあタクローちゃんはあんたの身体の中に入ってるんかねぇ?」
「……多分、そうだと思う」
「ふふふ、向こうの居心地が良すぎてもう帰りたくないと思ってそうやね」
「そんな事ないよ。やっぱり自分の生まれた世界が一番のはずだ……こっちにはフリスさんも居るし」
「あはは、そうねぇ。あの子に会われへんのは辛いやろうねぇ」
「……ありがと、婆ちゃん。大分気が楽になったよ」
俺は起き上がって姿勢を正す。天皇様は『ああっ』と少し残念そうに言い、寂しげに膝を撫でる。
「もう少しあのままで良かったのに……」
「そ、そういう訳にもいかねえよ。俺はそろそろ帰らなきゃ。婆ちゃんだって忙しいだろ? こうして俺なんかと時間を潰してたら駄目だよ」
「……ふふ、そうね。拓郎ちゃんの言う通りや。シャキっとせんとなぁ」
天皇様はパチンと軽く自分の頬を叩き、さっきまでとはまるで違う凛々しい顔になった。
「では、拓郎。突然の事ゆえ戸惑うばかりかも知れませんが、我らは貴方を頼るしかありません。今までのように」
「……」
「私が貴方にお願いしたい事は二つ。この国を脅かす〈終末〉を倒すこと。そして必ず生きて戻ってくること……それ以上は望みません」
「……はい」
「この国と、この世界をどうかお願い致します。我らが守り人……そして異界よりの客人よ」
天皇様は俺の頬に触れて名残惜しそうに微笑む。
「……AMIDA、その子をお願いしますね。しっかりと支えてあげてください」
そして俺の中に居るアミダ様に語りかけた。
『……御命令承りました、明星天皇』
殆ど喋らなかったアミダ様が、初めて俺以外の誰かの言葉に反応した。
「ア、アミダ様?」
「アミダ様と謙遜せず、どうか親しげにアミダと呼んであげてください。その方が彼女も喜ぶ筈です」
「よ、喜ぶ? 貴女はアミダ様について何か知って……」
「ええ、よく知っていますとも」
天皇様は口を抑えて意味深に笑う。さっきまでの親しみやすい雰囲気とは一変、目上の人らしい超然とした態度に変わって俺は息を呑んだ。
「……」
「久しぶりに楽しい時間を過ごせました。本当にありがとう」
「あ、いえ……俺も、貴女に会えてよかったです。お婆ちゃ……」
「ふふっ」
「……じゃなくてっ! 明星天皇陛下!」
俺は顔を赤くしながら頭を下げて部屋を出ようとした。
「お待ちなさい、拓郎。もう一つだけ貴方に伝えておきたい事があります」
「あっ、はい! な、何でしょうか」
「ふふふっ」
天皇様はまたコロリと表情を変え、にししと頬に手を当てて言う。
「あんたがどの子を選んでも誰も文句言わへんよ。あんたの心に従って、正直に好きな子を選びや」
「……へ?」
「あはは、拓郎ちゃんにはまだ早いかなぁ。でも一応、頭の隅に置いといて」
「え、ちょっと。どういう意味ですか?」
「うふふ、すぐわかるわ。ほなまたねぇ、拓郎ちゃん」
天皇様はそう言ってバイバイと手を振る。彼女の言葉の意味がわからず、俺は首を傾げながら部屋を出た。
「お婆ちゃん様」-終-
\OBA-CHAN/\KOBAYASHI/




