「天皇謁見」
陛下の登場あたりからまたワチャワチャしていきます。
「……」
な、流れるように洗練された動きで自然とあーんされてしまった!
うわぁ、赤毛のお姉さんが満足気にこっちを見てくる! 食堂の皆さんからヒューヒューと煽るような祝福が聞こえてくるぅ! やだ、恥ずかしぃ!!
「……美味しいです」
「ふふふ、良かった」
「俺も、お返しするべき?」
「うふふ、大丈夫ですよ。お気遣いなく」
精神状態:『注意』→『平常+』
畜生、フリスさんめ! 上手いこと逃げやがった!! やだー、この子したたかだわー。
「まぁ、そう言わずに……ビーフカレー美味しいよ?」
「いえいえ、お気遣いなく……」
「美味しいよ??」
だが逃さん!
俺に恥ずかしい思いをさせておいて、自分は悠々ともぐもぐするなど許されねぇよなぁ? 俺たちパートナーだよ?? パートナーが恥ずかしい気持ちになったなら、君も恥ずかしい気持ちを共有しなきゃ駄目じゃないかぁー!?
「……ふふ、そうですね。じゃあ私も……」
「ほい、口開けてー」
「あーん……」
>今だぁ!!<
「ぱくっ」
「あっ」
「うん、美味いね。ビーフカレー(もっちゃもっちゃ)」
フリスさんに口を開かせてから、俺は素早く自分の口にカレーを放り込む。
うめぇ。ふふふ、どーだね? フリスさん。恥ずかしかろう、恥ずかしかろう? 存分に顔を赤くしてもいいんだよ??
「うめー、うめー」
「ふふふ、今日のタクローは意地悪ですね……」
はい、ごめんなさい。自分でも何やってんだろうと思います……ごめんね。
『……』
おう、アミダ様。無言の追い打ちやめてちょうだい? 精神ガリガリ削れちゃうから。
じ────……
ああ、食堂の皆さんから鋭い視線を感じる! 赤毛のお姉さんも『何してんだ、こいつ』って顔してる!
精神状態:『平常+』→『注意』
ごめんなさい、ちょっとした悪戯心だったんです。
でもほら……あるじゃん!? こちとら思春期の男子高校生だよ!? 可愛い子にちょっと悪戯してみたいとか思ったりするでしょ、フツーは!?
「いやぁ、このくらいは……」
「はい、あーん」
「あっ、はい。あーん……(ぱくっ)」
────アァァァァァアアン!?
「ふふ、美味しいですか?」
まさかの二連続あーん!
あーん、このフリスさんのしてやったりという笑顔! マウント取られた、完全にマウント取られちゃったよ! 赤毛のお姉さんもご満悦の様子でこっち見てくるよ、畜生ォ!!
『やはりまだ彼女の方が一枚上手のようですね』
う、うるせぇー! 何だよ、アミダ様まで!!
「……美味しい、です(もちゃもちゃ)」
「ふふふっ」
「……ビーフカレーも、美味しいよ?」
「ふふ、じゃあ少しだけ……」
親父、どうやったら俺は彼女に勝てるんだろうか。
教えてくれよ、親父。あとタクローくん、君は何処でこんな凶悪な幼馴染と出会ったの?
「美味しいね、カレーライス」
「ふふふ、そうですね。美味しいです、カレーライス」」
味がしなくなったカレーライスを頬張りながら、俺はタクローくんとフリスさんの馴れ初めについて真剣に考えていた……
『コバヤシ君、聞こえますか。至急、中央棟3階の〈謁見室〉まで来て下さい。繰り返します……』
「ホアッ!?」
「行きましょうか、タクロー。そろそろ1時になります」
「え、あ……本当だ」
カレーを食べてフリスさんと談笑している間に、時刻は午後1時前になっていた。
「ううー……な、何を話せば……!」
「大丈夫です。あまり緊張しないで、まずはご挨拶から……」
しかしこの世界の天皇陛下か……どんな人だろう。どんな顔してるんだろうな……。
「お、来たな。コバヤシ君」
「あ、アンタは確か……高槻さんだっけ」
「こんにちは、高槻主任」
「おう、こんにちは。今日もフリスちゃんは綺麗だね」
謁見室とかいう部屋の前で高槻さんが俺を待っていた。
「ちゃんと迷わずに来れたか?」
「いえ、フリスさんが居なきゃヤバかったです……」
「ははは、だよなぁ。すまんな、無駄に凝った構造で」
フリスさんに案内されて何とか辿り着いたけど、この建物は凄い広くて複雑な構造をしている。
会議室や司令室、そしてお偉い様専用の部屋と言った重要施設が集まる〈中央棟〉と、兵器の開発室や整備施設がある〈東棟〉、そして食堂とか休憩室といった此処で働く人達の憩いの場がある〈西棟〉、研究室や医療施設のある〈北棟〉……そしてフリスさんもよく知らない極秘施設が集まる〈南棟〉。
覚えるのがかなり大変だなこりゃ……頭が痛くなりそうだ。
『問題ありません。日本支部の構造はデータベースに登録済みです』
おい! だったらどうして地図とか表示してくれなったんですか!?
『彼女の案内があったので』
ねぇ、君本当に俺を補助する気ある!? 割と肝心な事はフリスさんに任せてるよ!?
『私は貴方に『人前では姿を見せない』『余計な事は言わない』ようにと言われました。設定もその要求に合うよう変更されています。故に彼女のサポートがある間は私の介入は不要と判断しました』
「うぐぐぐぐ……!!」
「この部屋で天皇陛下が君を待っている、だから愛想良くな?」
「えっ、あっ! わ、わかりました……でも期待しないでくださいね?」
「はっはっ、安心してくれ。天皇陛下は日本のお硬い官僚達と違って慈悲深く聡明なお方だ。まぁ、多少は嫌な所があってくれたほうが付き合いやすいのが本音だけど」
やっぱり何か軽いなこの人。あと言葉の節々にちょっとした皮肉が混じってる……よく指揮官になれたねこの人。
「じゃあ、俺たちは此処で待ってるよ」
「アッハイ……」
「タクロー、頑張って! 大丈夫ですから!」
「頑張ります……」
やたら脳天気な笑顔で手を振る高槻さんと眩しい笑顔で応援してくれるフリスさんを見ながら、俺は謁見室のドアを開けた。
「……お、おっ?」
ドアを開けると目の前に広がったのは未来的な日本支部の建物に見合わない純和風の大部屋。
「よくぞ、来てくださいました。この国の守り人よ」
「!」
その部屋の奥に吊るされた綺羅びやかな簾の向こうで誰かが俺を呼ぶ。ひょっとしてあの人が……
『明星天皇。第125代女天皇にしてこの国の最高指導者です』
えっ! 女天皇って……この世界の天皇は女の人だったの!?
「ささ、此方へ いらっしゃい」
(……あ、やべぇ。もう帰りてぇ)
あまりにも異質な部屋の雰囲気と、凛と落ち着いた声なのに不思議な威圧感のある天皇様の声に圧されて俺は固まってしまった。
「……え、あっ、ええと……!」
「どうかしましたか?」
「な、何でもないです! すみません!」
俺は慌てて靴を脱ぎ、ドダドタと部屋に上がる。
「えと、その……は、はじめまして!」
「?」
「あっ、違う! えーと! お、お久しぶりです、天皇様!」
うおおおっ! 駄目だぁ! 緊張してまともな挨拶も出来ねぇー!!
『落ち着いて、深呼吸を』
無理! 深呼吸したら悪化する! 絶対に咳き込む!!
「……」
「す、すみません。少し、その……緊張してまして! えーと、えーとっ! 今日は良いお日柄で……!!」
「……ふふっ!」
簾の向こうで天皇陛下は笑った。
「ふふふふっ!」
「あ、あの……」
「ああ、ごめんなさい。あんまりにも面白かったから」
天皇陛下は静かに立ち上がり、顔と姿を隠す簾をそっと上げる。
「お久しぶりです、タクロー。元気そうで何より」
「……あ」
【……コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
その姿を見て、俺は言葉を失った。
「……」
「ふふふ、そんな顔で見られるのは初めてお会いした時以来ですね」
「……母さん?」
目の前に現れた天皇陛下の顔は母さんと瓜二つだったから。
「……ッ!!」
巫女装束にも見える裾の長い白い着物、赤茶色の髪とやや丸みを帯びた猫耳。ひと目で別人だとわかったが、あまりにも母さんにそっくりな顔を見て思わず俺はそう言ってしまった。
「……」
「ち、違っ……! 違うんです、天皇陛下! 今のは……っ!!」
「くくっ!」
俺の『母さん』発言が余程ウケたのか、天皇陛下は思わず口を押さえ
「あはははははははっ!!」
……ても抑えきれずに腹を抱えて思いっきり笑い出した!
「あはははっ、あははははははっ!」
「えっ、えっ……!」
「ふふふっ、母さん! お母さんかい! あはははっ、本当に困った子やねぇ!」
あれ、何かさっきと雰囲気が違う! 喋り方もガラッと変わって……一体、どうなってるの!? アミダ様、説明を!!
『……』
説明してよ!?
「あ、あのっ、陛下っ!」
「あははは、もうええよ。陛下なんてお硬い言い方せんでも。気軽に明星婆ちゃんと呼んでな」
「いやいやいや、駄目でしょ!?」
「何があかんの? タクローちゃん」
天皇陛下はサササッと俺の近くに寄り、指でツンと顔を突く。
「 二人きりの時くらいええやないの、私とあんたは血い繋がった家族みたいなもんなんやから」
「……へ?」
天皇陛下は言った。母さんそっくりな顔でにししと笑い、まるで孫に話しかけるような軽さで俺に言い放った。
「天皇謁見」-終-
\TEN-NO/ ((KOBAYASHI))




