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エピローグ「コバヤシ・メイコ」

妹は複雑なんです

「お風呂空いたよ、兄貴ーっ」


 浴室から上がったメイコは濡れた頭をバスタオルで拭きながら居間に顔を出す。


 しかしそこにタクローの姿はなく、父のタカシが一人寂しく胡座をかいていた。


「あれ、兄貴は?」

「おう、タクローはフリスさんと地下室だよ」

「あー……」


 メイコは引きつった笑みを浮かべながら、廊下にある隠し扉に目をやった。


「……」

「ジュース冷えてるよ、とりあえずお風呂上がったら水分補給しなさい」

「はーい……」

「ついでにお父さんの分のジュースも取って」

「やだ、自分で取りなよ」


 冷蔵庫を開けてメイコは缶ジュースを取り出す。


「……」


 一瞬、タカシの分のジュースも取ろうかと思ったが彼女はそのまま冷蔵庫のドアを閉じる。そしてジュースの蓋を開け、ぐいっと一口付けた。


「ふー……」


 風呂上がりで火照った身体に冷たいジュースが染み渡る。メイコはそのまま近くの椅子に腰を掛け、ぶらぶらと足を揺らした。


「生き返るー」

「あれ、本当に取ってくれないんだね。お父さん悲しいよ……」

「それくらい動きなよー、唯でさえだらしないのに」

「だらしないって言わないで? マジで泣いちゃうから……」


 しょんぼりしながら冷蔵庫から飲み物を取り出すタカシの背中を見つめ、ふとメイコはこんな事を言い出した。


「ねー、お父さん」

「んー? どうした、メイコ」

「兄貴の話……本当だと思う?」


 それは兄であるコバヤシ・タクローの事だった。


 昨日のコバヤシの告白が嘘だとは思っていない。かと言って彼の言葉をあっさり受け入れられる訳もない。


「お前はどう思う?」

「どう思うって……」

「あいつが別人だと思うか?」

「……」


 父親の言葉にメイコは返す言葉が見つからなかった。


「……もし、本当だったら少し嫌だ」

「……」

「本当に入れ替わってるならさ、今までの兄貴は……」


 ポンッ


 メイコが不安げな顔で何かを言いかけた時、タカシはその頭を優しく叩いた。


「大丈夫、そのうち元のタクローに戻るさ」

「……だといいけどね」

「それに、今のあいつも早く元の身体に戻りたいだろうしな……」

「……」


 くしゃくしゃ


「にゃぁあっ! 何すんのよぉ!!」


 タカシはメイコの頭をくしゃくしゃと撫でる。流石にそれは嫌なのか、彼女は声を荒げて父親の手を振り払う。


「ま、どっちのタクローも妹思いな長男に育ってくれて嬉しいよ」

「……」

「でもフリスちゃんに『誰?』とか言い出したのはマイナスポイントだなぁ。それ以外はお前の大好きな兄貴そのまんまなんだが……」

「……ッ! うるっっさい!!」


 ドゴォ!


「あだぁっ!!」

「知った風なことゆーな! バカ!!」

「ちょ……顔は駄目、顔は……アバッ……」


 メイコは父親の顔面に向かって鋭い飛び膝蹴りを叩き込み、怒った様子でドタドタと二階に登っていった。


「っっとにもー! ふざけんな!!」


 乱暴に自室のドアを閉め、メイコはベッドに飛び込む。


 まだ髪は乾ききっていないが、今の彼女にそんなことを気にする余裕はなかった。


「ーッ!!」


 顔を真っ赤にしながら、ベッドの上でバタバタと足を動かす。


「……大好きじゃないし、嫌いだし! あー、ムカつくー!!」


 彼女は暫くジタバタしていたが、熱が冷めたのか急に大人しくなる。そして部屋に飾られた一枚の家族写真を見つめながらボソボソと呟いた。


「……何で、フリスちゃんだけがいないのかな」


 一番気になるのはそれだ。


 この世界のコバヤシにとってフリスは幼馴染で、幼い頃から家族絡みで親交のある人物だ。メイコも彼女と友人の間柄であり、よく二人で出かけたり一緒に買物をする程の仲になっている。


 そして、彼女が居なければコバヤシはその身体を維持出来ない。


 彼にとって掛け替えのない存在である筈の彼女が、あのコバヤシの世界には居ないのは何故だろうか?


「……」


 メイコの中にはいつも もやもやとした感情が燻っていた。


 フリスは彼女にとっても大切な友人だ。だがいつ頃からか、彼女との交流に抵抗を持つようになった。今までその理由がわからず、それがイライラとなってコバヤシに当たってしまうようになっていた。


「フリスちゃんが、いない世界だったら……」


 だが今この瞬間になって、そのもやもやの正体が何となくわかってしまった。


「……ぷふっ!」


 彼女はコバヤシとフリスの関係が深まっていく事を、心の何処かで嫌がっていたのだ。


「あはっ、あはははははっ!」


 それに気付いた瞬間、メイコは枕に顔を埋めながら大笑いした。


「あはははははっ……あーっ! もーっ!!」


 自分の中で燻る気持ち悪い感情を振り払うように、彼女はベッドの上でゴロゴロと転がり回った。


「やだやだ、ホントやだ! 気持ち悪い! もうやめだ、やめー!!」


 メイコはベッドの上で大の字になり、真っ暗い天井に向かって叫んだ。


 そして深呼吸して気を落ち着かせ、次に目が覚めたらこの鬱憤をまたコバヤシにぶつけてやろうと心に決めた。


「何があたしの大好きな兄貴よ、バーカ。昔っから大嫌いだったのがもっと嫌いになったわよ……バカ」



 彼女の名前はコバヤシ・メイコ。


 市立オオトリ中学校に通う14歳の中学3年生。成績は常に学年上位に食い込み、友人にも恵まれているオオトリ町でも評判の猫耳少女。


 そして、日本が誇る終末対抗兵器(OVERPEACE)……コバヤシ・タクローの二つ下の妹である。



 エピローグ「コバヤシ・メイコ」-終-


\MEIKOCHAN/

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