「さよなら、日常」
さよならはいつも突然に
「んー、やっぱり田中とマック行った方がよかったかなー……」
俺は独り言を言いながら妹を迎えに市立オオトリ中学校まで歩いていた。
明衣子はもう中学3年生だ。そろそろ迎えに行かなくても大丈夫だとは思うんだよな。うん、もう中3だもんな。
だが何故だ、俺の意思に反して両足は妹の学校へ向かっている。
「いやー、もう大丈夫だよー。明衣子はもう中学3年生だからなー!」
とか言っている内にオオトリ中学校の校門前に到着してしまった。何故だ。
ちなみに俺もこの学校の卒業生だ。ここの教師達の間で俺の学年は〈修羅の130期生〉と呼ばれ、それはそれはもう恐れられていた。
え、俺? 俺は普通にモブしてましたよ。
喧嘩弱いし、柄の悪い生徒を前にしたらマネキンみたいに固まるヘタレでしたよー。はははは。
「……でさー、今度友達と一緒にネヂュミーランドまで行くのよ。メイちゃんも行かない?」
「ごめーん、ウチの親は心配性だからそんな遠くまで行かせてくれないの! 残念だけどー」
「あーん、残念。でもいつかは行こうよ、もう中3なんだしさっ!」
おやおや、出てきましたね明衣子さん。
お友達にはニコニコ愛想よく振る舞っていますね。お兄ちゃんにはまるで ゴミを見るような視線 を向けたり、『キモい』とか厳しいこと言ったりするのにね。
ま、いいか。慣れてるし……友達と別れたからさっさと迎えに
「やぁ、小林さん」
「あ、山崎くん。どうしたの?」
「いや、ちょっとね……この後、時間空いてる?」
「んー、テスト近いから勉強しないといけないの。ごめんね」
おっと、何だ貴様は。
髪を真っ金金に染めた『僕は女たらしです!』と顔に書いてるような下心丸出しの害虫が妹に声をかけているぞ?
「じゃあ俺が勉強を教えてあげるよ。この前のテスト結果、学年2位だったからさ」
「ええー……ちょっと悪いよ」
「勉強を教えるのは先生よりも得意なんだ。近くにカフェあるから……」
「よぉぉぉぉう、坊主ゥ。俺の妹に何か用かぁ? んぅんん??」
俺は明衣子の肩に気安く触れようとした害虫の腕を掴んで威圧する。
「ちょっ、何だよいきな……ってイダダダダダダダダ!!!」
「無理矢理はいけないよぉ、駄目駄目駄目ぇ。彼女嫌がってるじゃないかぁん?」
「腕! 腕折れるって!!」
おう、折るつもりで掴んでんだよ。この汚らわしい金色毛虫めが。これでも手加減してるんだから有り難く思え。
「あ、兄……お兄ちゃん! 落ち着いて、山崎くんは勉強教えようとしてくれただけだって!!」
「何だ、お勉強を教えようとしてくれたのかぁ。山崎クン……って言ったかな? 意外といいヤツだったんだな」
妹は騙せたようだがこの俺は騙されんぞ、山崎コラ。大体、何のお勉強かな? 保健体育かな??
「いだだだだだ! まじ折れる! 折れちゃう!!」
「おぉっと……すまない、軽く掴んだだけだったんだが。ちょっと貧弱すぎるよ君ぃ、こんななよっちぃ男に妹の勉強相手は任せられないなぁ……もう少し鍛えてから出直しなさい」
「ちょ、お兄ちゃん! いい加減にしてよ!!」
「はっはっ、すまんすまん。じゃあ家に帰ろうか、勉強は俺が教えてやるから」
「お、おい……」
「俺が教えるから、君はもう家に帰りなさい。テスト勉強……頑張るんだよ!?」
俺は金色毛虫に 次、妹に近づいたら殺す という警告の意味を込めた視線を向ける。
「あ、あはは……じゃ、じゃあ俺はここで! ごめんね、呼び止めちゃって!!!」
毛虫はそう言い残して走り去った。全く、近頃の中学生ってやつは。
「よし、帰るか」
「……」
「ん、どうした?」
「別に?」
モブ顔のヘタレと言いましても修羅の130期生時代を生き抜いた経験で調子こいてる女たらしやチンピラを追い返せるくらいの 凄味 は自然と身についた。修学旅行先の温泉施設をまるまる一つ再起不能にしたり、乗った飛行機のパラシュートをもぎ取って緊急装置を作動させるような奴らに囲まれてたらね?
そりゃ嫌でも鍛えられちゃうよね、ははは。
「ねぇ、兄貴」
「あれ、さっきはおにー」
「さっさと帰るわよ、兄貴!!」
「アッハイ!」
でも妹には全く頭が上がらない……何故だ。
夕焼け空を背にしながら、俺は明衣子と家に向かっていた。
今日はちょっと危なかったな。明衣子は俺より強いんだけど俺以外には甘いからなあ。うーん、仕方ないな。もう暫くは迎えに行ってやるか。
「……山崎くんさ。ああ見えて本当にいいヒトだからね?」
「へぇー、そうなんだー??」
「そうそう、クラスの人気者でさ。みんなに優しいイケメンで女子にモテモテなんだよ」
「へぇえー、すごーい」
「だからあんまり悪いイメージ持たないでやってよね」
甘いな、妹よ。断言しよう、そいつはクズだ。間違いなくクズだ。日頃から女に飢えたクズ共に囲まれる俺だからわかる。
山崎、貴様の名前は覚えたぞ……!
「あ、そうそう。今晩はカレーにしようと思うんだけど材料足りないからさ」
「買い出しかね?」
「そう、マルエースでね」
「なるほど、俺に荷物持ちしろってことだね?」
「あたりー」
明衣子は にししと笑っていいやがった。うーん、兄貴の使い方を心得ておりますね。こりゃ将来、大物になるわ。
「ま、しょうがねーな。お兄ちゃんが荷物持ちしてあげますよー」
「……ッ」
「どした、明衣子?」
明衣子は突然立ち止まった。目を大きく見開いて、その顔色は徐々に青ざめていく。
「おいおい、トイレか? しょうがねーなー、この近くに」
「……嘘、何……何、あれ……」
「あ?」
青ざめた顔をしながら明衣子は空を指差す。そして俺は明衣子の指差した方向を見て……
言葉を失った。
「……は?」
あれは、何だ?
明衣子が指差した先に見えたのは、〈途轍もない大きさのナニカ〉が空から落ちてくる光景だった。
その姿は辛うじて〈ヒト〉に見えるものだったが、体のパーツのバランスがめちゃくちゃ。
右腕が異常に長く、左腕は肩と繋がらずに空中に浮いてる。両脚は膝下から足先に近付くにつれて槍先のように鋭く尖り、ボロ布みたいな物が巻き付いた胴体、そしてそいつには……
頭の上半分が無かった。
頭が半分欠けている、デタラメな姿の怪物が……ゆっくりと俺達の町に落ちてくる。
「……なに、あれ。なに……」
「……明衣子、走るぞ」
「お母さん、お父さん、おに」
「明衣子、走るぞ!!」
アレが何なのかなんてわかるわけない。
考えたくもない、見ていたくもない。ただ俺は、この場から一刻も早く逃げ出したかった。
「おい、明衣子! 早くここから……」
【うふふふっ……】
だが、妹の手を引いて逃げようとした俺を〈誰か〉が背後から抱き止めた。
【……夢は、もうおしまい。さぁ……目を覚まして……】
「な……!?」
【……タクロー君……】
俺を抱きしめる誰かの顔を見る前に、俺の視界は真っ白に染まった────
……これが、この世界で覚えている最後の記憶だ。
「さよなら、日常」 -終-
\KOBAYASHI/