「支えてくれる人」
「タクロー、お茶です。どうぞ……」
「ありがと……」
戦いを終えた俺はヘリコプターで帰路に着いていた。隣に座るフリスさんが水筒を取り出して温かい紅茶を淹れてくれる。
「……あったけー」
「……大丈夫、ですか?」
割と真剣に心が折れそうです。
精神状態:『平常』→『注意』。精神が平常から注意に悪化。一時的な鬱状態及び自己嫌悪状態。安定剤の使用を提案。
「……さっさとぶっ倒しておけば、戦闘機の人が死ぬこともなかったのにな」
「……」
「……やっぱり、俺ヒーローに向いてないよ。何かさ……その……考えちゃったんだ」
「何を、ですか……?」
「その、ボロボロになった〈終末〉を見て……可哀想だなって……」
『何言ってるんだ、こいつ』って思われるだろうな。
〈終末〉は敵だ。人類の天敵だ。サトコさんは多分、この言葉を聞いて物凄く苛立ってるだろう。フリスさんだって内心で『ふざけるな』と思っているに違いない。
【……】
ほら、アミダ様もうんざりしてるよ。
戦う前は『あいつは敵だ! ブッ殺してやる!』って意気込んでたのにな。ちょっとでもあいつらの人間みたいなところを見て俺の闘志は簡単に揺らいだ。
「……ごめん。変なこと言って」
「……ふふふ」
フリスさんは小さく笑いながら俺の肩にもたれ掛かってきた。
「変じゃ……ありませんよ。むしろ安心しました、貴方からもそんな言葉が聞けて……」
「へ?」
「やっぱり、貴方はタクローです。誰よりも強くて、絶対に負けない凄い人……」
「ええと……俺は」
「そして、誰よりも優しい人」
フリスさんは優しい声で俺を励ます。彼女のその優しさが、俺を更に追い詰めた。
(……やめてくれよ。俺は、叱られたいんだ! 叱って欲しいんだよ!)
(俺のせいで人が死んだんだ。俺があんなのに同情なんてしたから……! だから、俺は嫌ってほしいんだ!!)
【……警告、コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ】
(ヒーローのコバヤシ・タクローじゃなくて、ただの情けない一般人の 小林拓郎として見てほしいんだよ! そうしてくれたら俺は……!!)
俺はフリスさんに嫌われたくて、自分を嫌いになりたくて正直に話した。そうすれば楽になれるから。それなのに……
「だから……いつも戦いの後は一人で泣いていました。私には、見せてくれませんでしたけど……」
「……え?」
「タクローは、誰かを傷つけることを何よりも嫌っていますから」
最後に残された自己嫌悪という逃げ道も彼女に奪われてしまった。どうやっても、俺はこの地獄から逃げる事は許されないらしい。
どうしてコバヤシ・タクローっていう奴は、何から何まで俺と考える事が同じなんだ。
「例えそれが、私たちの天敵でも……」
「……」
俺はもたれ掛かるフリスさんの頭に、コツンと自分の頭を当てた。
そしてこんな事を言ってしまった。
「……ごめん」
「はい、タクロー」
「少しだけでいいんだ、少しだけ」
「何でしょうか?」
「ちょっとだけ、肩……貸してくれ」
「はい、どうぞ……」
……勝ったんだよ? 俺は。今日も〈終末〉をぶっ倒して、日本を救ったんだ。
「うぅ……」
「……お疲れ様です」
「うぅうう……!!」
「帰りましょう? 貴方の家に……。メイコさんも、お父様も、貴方の帰りを待ってますから」
明衣子と親父とフリスさんとサトコさん、そして皆を守ったのに……喜ぶどころか泣いてしまった。皆から褒められたのに声を押し殺しながら泣いてしまった。
「うぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」
どうしてかはわからない。悲しいのか、嬉しいのか、それとも怖いのか……ただ俺は、フリスさんの肩で泣いてしまった。
「……」
サトコさんはこんな俺をどう思っただろうか。
あの人はガキみたいに泣きじゃくる俺を見ても、何も言わなかった。
◇◇◇◇
「さぁ、タクロー。お家に着きましたよ」
「……あ、はい」
俺が一頻り泣きじゃくった後、ヘリコプターは家の前に到着した。
バタバタと騒がしい音が鳴り響くので近所の人が迷惑そうに顔を出すが、ヘリから降りる俺達の姿を見た途端に表情がガラリと変わる。
「……(グッ)」
そして無言のサムズアップで俺を讃えながら静かに窓を閉めた。
慣れてんなぁ……、近所の人。
「じゃあ、私たちはこれで。彼をお願いね、フリスさん」
「はい、わかりました。サトコさんもお疲れ様です」
「おつかれさんです、サトコさん……」
サトコさんを乗せてヘリコプターは飛び去っていった。
サトコさんは何か言いたげな表情で俺を見ていたが、結局無言のまま行ってしまった。やっぱり『同情しちまった』の一言が駄目だったのかな。
「……タクロー?」
「いや、何でも……」
俺は玄関のドアに手をかけ、ガチャリと開ける。そして気の抜けた声で『ただいま』と一声かけた。
「はいはい、おかえり兄貴ー。今日もお疲れ様ー」
すると明衣子が居間からひょっこり顔を出し、珍しく柔らかい表情で声をかけてくれた。
「お父さーん、兄貴が帰ってきたよー!」
「おおーう! おかえり息子よ! 今日も立派に日本を救ってくれたな! 偉いぞー!!」
エプロン姿の親父が誇らしげに目をビカビカさせながら明衣子のようにひょっこりと顔を出す。
「……」
軽いな、君達。もうちょっとこう真剣な感じで出迎えてくれるもんじゃないでしょうかね?
でもこうして同じ様にひょっこり顔出す所をみるとやっぱ二人は親子だね。
日本の危機を免れた直後だってのに、さも日常茶飯事と言わんばかりに晩ごはん作ってるじゃねーか。何かもう色々と半端ねぇなこの世界の人達。
「もうすぐご飯できるから待ってなさーい。さぁさ、フリスさんも上がって上がってー」
「お邪魔します、お父様」
「いらっしゃーい、兄貴もさっさと上がれー」
「あいよー……」
あ、フリスさんも一緒ですか! そうですか、そうですか……。
>ちょっと気まずい!<
「……」
「? どうかしましたか、タクロー?」
「いえ、何でもありません」
俺、この子の肩でマジ泣きしてたんだよな。
しかも途中から膝枕までしてもらってたんだよな……。フリスさんの眩しい太腿で馬鹿みたいに泣いてたんだよな、情けないな。サトコさんもきっと俺を軽蔑していたに違いない。
情けないな、小林くんまじ情けない。
「まぁ、その……うん」
「なぁにー? 二人共帰り道でイチャついてた感じ??」
妹よ、やめてくれ。このタイミングでその言葉は俺に効く。物凄い突き刺さる。
「べ、別にそんなことねぇよ!?」
「ふーん……?」
〈終末〉から日本を救ったからか、いつもよりかはソフトなゴミを見る目でしばらく俺を見つめた後、明衣子は居間へと戻った。
「大丈夫、誰にも言いませんから(ひそひそ)」
「うおっ!?」
「ふふふっ」
フリスさんは俺の耳元で静かに囁いた。
(ああ、本当にいい子だなぁ……)
一昨日に出会ってから、果たして一日に何回彼女を天使と崇めただろうか。ありがとう、ありがとう。そしてごめんなさいマイ・エンジェル……罪深き小林をお許し下さい。
(でも僕……膝枕されてからはずっと嘘泣きしてたんだよ)
だって、膝枕だよ? 16歳JKの膝枕ですよ??
涙も引っ込むわ! 柔らかいし、暖かいし、パンツが見えそうで見えないという極上のスリルを味わえるし至福の一時だったよ!!
「あ、それと……」
「ん?」
「今日は貴方の家にお泊りしていきますね?」
ホアッ!?
「えっ?」
「今日はちゃんと 調整をしないと、また動けなくなりますよ?」
「えっ??」
「さ、流石に今からは……なので食事の後、就寝前に行いましょう」
「えっ???」
「大丈夫、しっかりと 調整をすれば体が痛むこともタクローが爆発することもありませんから! 私に任せて下さい!!」
精神状態:『要注意』→『不良』
いかん、今の俺の精神状態で白ビキニなんて見せられたら大変なことになる!
で、でもメンテナンスしなかったら明日酷い目に遭うし……くそぉ! 本当にこの世界は地獄だぜ!!!
「……泊まって、いくんですね?」
「え、駄目ですか?」
>駄目ですか!?<
駄目ですかと申したか。そんな事言われたら、NOなんて言えませんがな……
「いやいや、今日はもう遅いしね。うん、泊まっていくと良いよ」
「はい、お世話になります。それに……調整の後はちょっと疲れますから……」
「やっぱり疲れるんだね。そりゃそうだ、俺もすごい疲れるから」
「? タクローも? どうしてですか?」
「どうしてってそりゃー……いえ、何でもないです。忘れてください、お願いします」
畜生……お泊りだと! いいんですね!?
健全な男子高校生とツインテ美少女幼馴染が一つ屋根の下……何も起こらないわけないですよ!? どうなっても知らな……
あっ、そういえば一昨日も家に泊まってたわ この天使。
そうだね、幼馴染の彼女からすればこの家に一晩泊まるくらい普通なんだろうね。
幼馴染って……凄いなぁ……
「支えてくれる人」-終-
\OYAJINGER/ \KOBAYASHI/\Frith/




