「耳をふさげば」
叱ってくれる人はいない。泣いても馬鹿にする人はいない。聞こえるのは、優しい言葉だけ。
「……! 油断しないでコバヤシ君!!」
「えっ」
「まだ終わってないわ!!」
サトコさんの声でハッとした俺は身構える。
ズズゥゥ……ン
爆煙の中から〈妹〉が立ち上がり、地上に落ちた〈姉〉もまだ生きていた。
「コバヤシ君、トドメを!」
「わ、わかりました……!!」
俺がトドメを刺そうとした時、後方から飛来したミサイルが〈姉〉に命中する。
ドドドドォォン!
続けて第二波が〈妹〉に命中、キーンという聞いた事の無い音を立てながら4機の戦闘機が突き抜けていった。
「うぉっ……!?」
【……機影を確認、データ照合開始……完了。機体名〈F-37AF ライトニングⅢ改〉……】
戦闘機の姿をズームアップしたパネルが視界の隅に表示される。
うおお、カッコイイ……これが本物の戦闘機! 俺でも中々興奮するが、田中ならもっと興奮してただろうなあ……アイツ結構な軍オタだし。
「今頃、援軍とはね。影山くん、すぐにこの場から離れて!」
「了解しました!」
「タクロー……気をつけて!!」
サトコさん達が乗ったヘリは大慌てでそこから離れていく。
ズドドドドドドォォン!
次のミサイルが〈終末〉に叩き込まれ、弱った〈姉妹〉の体を容赦のない爆炎で包み込んだ。
「……す、すげぇ……!」
『コバヤシ君! 急いで〈終末〉にトドメを!!』
「えっ、あっ! で、でも弱ってたしあれだけ撃ち込まれたら流石に……」
『何を言っているの!? あんな攻撃じゃ……!!』
《キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア》
炎に包まれながら〈姉〉は絶叫する。
戦闘機から三度ミサイルが発射されるが、〈姉〉は勢いよくジャンプしてそれを回避……
ベギィンッ!
そして1機の戦闘機に踵落としを食らわせて撃墜した。
「な……っ!?」
【……報告、F-37AF一機が〈終末〉の攻撃により撃墜。パイロット……死亡】
仲間が撃墜され、残った3機が〈姉〉に向かって集中砲火を食らわせる。
ガココォンッ!
しかし〈妹〉が爆煙の中から伸ばしたボロボロの腕に捕まった。
「やべぇっ……!!」
【……警告】
「!?」
ゴッ!!
俺は掴まった戦闘機を助けようとしたが、死角から思い切り〈姉〉の蹴りを叩き込まれてぶっ飛ばされる。攻撃が当たる直前に【警告】の文字が表示されたが、その文字に気づいた時にはもう視界は大きな脚で塞がれていた……
「うぉあああああああああーっ!!」
ズガガガガガガァッ!!
そのまま俺は大きな建物をいくつも貫通しながら吹き飛ばされ、気合で何とか空中で踏みとどまるが……
「く……っ!?」
【……損傷ナシ。戦闘続行に支障ナシ】
〈妹〉は捕まえた戦闘機をまるで子供の玩具のように放り投げ、空中に投げ出された機体を〈姉〉は長い脚で一機ずつ蹴り飛ばしていった。
────ゴォォンッ!
蹴り飛ばされた機体の一つが俺の直ぐ側を横切り、背後で何かに当たって爆発した。
【……報告、F-37AF三機が〈終末〉の攻撃により撃墜……】
「……!!!」
すれ違った瞬間、俺は戦闘機のコクピットが真っ赤に染まっていたのがはっきりと見えた。
【パイロット……死亡】
そして視界に淡々と表示される文字を見て俺の背筋は凍った。
「……何だよ、お前らは」
《フフフフフフ》
「……何なんだよ!!」
《フフフフフフフッ》
〈姉妹〉は俺を挑発するような笑い声を上げた。
『コバヤシ君!!』
俺は、馬鹿だった。
「クソがぁあああああああ────!!」
俺は叫びながら突っ込む。右腕に力を込め、俺を迎撃しようと鋭い蹴りを放った〈姉〉の脚を殴りつける。
ボキャン
そいつの脚は呆気なく千切れ飛び、姿勢を崩した〈姉〉の顔面を全力でぶん殴る。
ブチュッ
俺の拳には、潰される〈姉〉の顔面の感触がハッキリと感じられた。
「くそ……ッ!!」
顔を潰された〈姉〉は〈妹〉に寄り掛かるようにして倒れ込んで動かなくなる。
《キアアアアアアアアアアアアアッ!!》
〈妹〉はまた悲鳴のような声を上げ、残された片腕から小さな勾玉を出して俺に投げつけてきた。
「あぁああああああー!!」
投げつけられる勾玉を払い除け、俺はまた突撃する。
槍のように脚をピンと伸ばし、突っ込んだ勢いを全て乗せた飛び蹴りを〈妹〉の顔面に叩き込んだ。
音はもう聞こえなかった。
何の感触も感じないまま、俺の足先は〈妹〉の顔を貫いた。
「……!!」
〈妹〉は〈姉〉を抱きしめながら崩れ落ちるように倒れ……何かが弾ける音と共に、全身から眩しい光の粒を放つ。死体から放たれた光は、まるで蛍の群れのように俺の身体を包み込んだ。
【……────ぉすご────】
……まただ。最初の奴を倒した時みたいに誰かの声が聞こえる。
【……すごい、すごい。流石はボクの────……】
この声、聞いたことある。嬉しそうな、子供の声……。
【……ふふふ、やっぱり君は特別だね】
頭の中に何処かの景色が浮かぶ。
その景色に見覚えなんてない……だって、何もないんだ。あるのは白い砂と……変な形の岩……。そして、白い子供。
ん? 子供が誰かに話しかけてる……? 何だ、他に誰か居るのか? 誰だ……その子の直ぐ傍に……ッ
【……思い出して、君は……】
>パキィィィィィィン<
割れるような音と共に、頭の中に浮かんだ景色は消えた。
「……」
俺は空の上で棒立ちしながら、ボーッと地平を眺めていた。
『コバヤシ君!? 聞こえる!? 返事を……!』
「……すみません、サトコさん」
『ああ、よかった……どうかしたの?』
「俺、目の前で人を死なせちまいました……」
『……』
【……報告。〈終末〉の反応が消失。殲滅完了。本日の戦闘内容判定開始……】
戦闘区域:コオリヤマ市
建造物への被害:『E』……損害大。都市面積の三分の一が消失。都市機能大幅低下。日常生活続行は不可能。
民間人への被害:『D』……甚大。総人口の20%が死亡。
戦闘時間:400秒。
判定:『E+』
【……報告】
やっぱり俺は馬鹿だった。
あの時、俺は同情してしまったんだ。ボロボロになった〈終末〉がミサイルを撃ち込まれ、体を炎に巻かれる姿に。炎に巻かれながらも〈妹〉の方をじっと見つめる〈姉〉の姿を見て……
可哀想だなと思ってしまったんだ。
『……〈終末〉に人類の兵器は通用しないわ。どんなに弱っていてもね。今回の彼らの行動は……正直にいうと無謀だったわ』
「……!!」
『でも……彼らも戦いたいと、せめてアレにトドメを刺したいと思ってしまったんでしょうね。〈終末〉は、私たちから何もかも奪うのだから』
「……何もかも、ですか」
俺は〈終末〉の攻撃で焼け野原になった街を呆然と見つめる。
「……」
『……そうよ。生命も、日常も、何もかも。そしてそんな〈終末〉を倒せるのは……貴方しかいないの。貴方たち、終末対抗兵器しか……』
ひでぇよ、神様。
俺以外は……戦う事も許されないっていうのかよ。
『日本の皆さん! 見ましたか!? やりました、やってくれましたぁああー!!』
遠くで戦いを見守っていた報道ヘリが、今日も俺を褒めてくれた。
「……やめてくれ」
『私たちのコバヤシがっ……私たちの守護神が! 今日も〈終末〉をぶっ殺してくれましたぁあー!!』
「……やめてくれよ!」
耳を澄ませば、日本の皆が俺を称える声が一気に飛び込んできた。
「……俺は……!!」
どうしてだろう。
俺は皆の声援から逃げるように耳を塞いだ。耳を塞いでも、皆の声ははっきりと聞こえてきた。
「……アミダ様、サトコさん達以外の人の声を聞こえないようにしてくれ」
『コ、バ、ヤ、シ!』
『コ、バ、ヤ、シ!!』
『コ、バ、ヤ、シ!!!』
「今は聞きたくないんだよ! 早くしろよ!!」
【……高感度音声フィルターの設定を変更……完了】
『ありがとう、ありがとう! コバヤシはやっぱり私たちの────』
ブツン。
ああ、静かになった……びっくりするくらいに静かだ。
聞こえるのは風の音だけだ。今の俺には、これでいいよ。これで……
『タクロー!』
「……あっ」
『やっぱり……貴方は凄いです!』
「ああ、ありがとう……嬉しいよ」
『……タクロー?』
「何でもないよ、うん。今日も最強だったろ? すごかったよね!!」
コバヤシ・タクローはどんな気持ちだったんだろうか。戦う度に、彼女に応援されて……。
【……警告、コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
どんな時でも日本中の人に応援されて、押し潰されそうになったりしなかったんだろうか?
「耳をふさげば」-終-
/KOBAYASHI\Frith/




