「覚悟」
逃げ道など最初からない……彼女がそれを許さない。
「……ごめんなさいね、慌ただしくて」
フリスさんと休憩室で待機していた俺は、慌ただしく駆け込んできた七条さんに連れられて基地のエレベーターでひたすら上の方に向かっていた。
「……邪魔しちゃったかしら?」
「えっ!? いえ、大丈夫です!!」
「ならいいんだけど……」
「……」
「……」
「何だか二人共、落ち着きが無いわね……私が言うのも何だけど……」
そりゃ落ち着けませんよ。待ってる間に色々と気まずくなるような事がありましたからね!
その上、これから〈終末〉と戦うんでしょ!? 落ち着けるわけねえじゃん!!
「そ、そんなことないっすよ!? ねぇ、フリスさん!?」
「……」
「フリスさん、大丈夫かしら?」
「えっ、あっ……大丈夫です! 私、何もされてませんから!!」
「フリスさーん! 何てこと言うのー!?」
精神状態:『注意』→『要注意』
ほら、見てよこのサトコさんの冷たい眼差し! 違うから、俺は本当に何もしてないから! どっちかと言うとされた側だから!!
「……別にいいのよ、二人の関係は進展してくれた方が調整の時に都合が良いから」
「……そ、そうですかね」
「……」
「……ゴホン、それはもういいとして。コバヤシ君……もうわかっていると思うけど……」
サトコさんが俺に何かを言おうとしたのと同時に、エレベーターは建物の最上階に到着する。
ウィィィィン……
そしてゆっくりとドアが開き、バタバタとローターを回す大型ヘリコプターがその姿を現した。
「貴方には、また戦ってもらいます。私たちの天敵……〈終末〉と」
ヘリのローターが巻き起こす風に黒い髪をなびかせながら、こっちをじっと見つめるサトコさんの姿に俺は思わず目を奪われた。
(……ああ、そうか。この人は、違うんだな)
重苦しい決意に満ちた表情を浮かべるサトコさんを見て、俺はようやくこの人が沙都子先生ではない事を受け入れる事ができた。
あの人には絶対に、こんな顔できないから……。
ヘリコプターで空を飛ぶこと数十分。俺はサトコさん達と大きな街の上空に来ていた。
「今回も戦場は市街地よ……、それも出現地点がね」
「……つまり、さっさとぶっ倒すしかないわけですね」
「そういうことよ。最初から全力で当たりなさい……じゃないと……」
【……警告、警告、警告、警告、警告、警告】
……来やがったか。
「七条さん! 6時の方向を!!」
「……ッ!」
空が突然光りだす。視界は【警告】の文字で埋め尽くされ、この国に再び大きな災いが訪れた事を俺に伝える。
【……警告、警告、警告、警告、警告、警告】
「……ッぐ!」
「タクロー……!!」
「大丈夫……ッ!!」
「……来るわよ、コバヤシ君!」
【……〈楽園〉上空に重度の空間歪曲反応を探知。〈失楽園〉からの接触と断定……】
今、俺達の乗っているヘリの真下には大きな街がある。
スワノモリ町よりもずっと大きな街だ……こんな所で暴れられたら……!!
「サトコさん、ドアを開けて下さい……!」
「……!」
「あいつが出てきた瞬間に、ぶっ倒します!!」
【……〈終末〉実体化まで残り……】
「タクロー、頑張って!」
「影山君、このまま上空で待機して! ここで彼を出すわ!!」
「了解しました!」
【……1……】
そして空が割れる。光る空を割りながら、大きな白い巨人が姿を現した。
体の色は前と同じで真っ白。前回の細長い体とは違って足だけが異様に長い。胴体と両腕にボロ布を纏う、女のような顔をした〈終末〉が両腕を広げながらこの世界に現れた。
「推定身長は40m! 大型です!!」
「よし……ッ! あいつが町に降りる前に……っ!」
「……!? 何だ、この反応は……」
「どうしたの!?」
「そんな、そんな馬鹿な!? これは……っ!!」
【……上空に更なる反応を探知。〈失楽園〉からの連続した接触と断定……】
……は?
「影山君、はっきりと言いなさい!!」
『七条さん!!』
「檜山君!? どうしたの、急に……」
『〈終末〉の反応が……!』
【〈終末〉実体化まで残り……3……】
おい、何だよアレは……冗談だろ?
さっき出てきた〈終末〉が割った空から、細い腕が伸びてくる。その腕を嬉しそうに掴み、そいつは空から新しい〈終末〉を引っ張り出す。
【……2……】
『〈双子〉です! この〈終末〉は……二体同時にこの世界に侵入しているんです!!』
「……!!」
「そんな……ッ!!」
【……1……】
まるで仲の良い姉妹のように、二人の〈終末〉は手を繋ぎながら現れた。
どちらも同じ顔で、新しく現れた〈終末〉は先に現れた奴とは対照的に腕が異常に長い。
「……二体……同時に……?」
「二体の反応増大……! 〈性質変化〉来ます!!」
「なあ、フリスさん……」
「……はい」
「これでも、俺が勝つって……信じてくれるか?」
フリスさんは震えながら俺の手を握りしめ、絞り出すように言った。
「……信じてます! 貴方なら……絶対に!!」
彼女が信頼しきった表情で発した一言が、俺から逃げ道を完全に奪い去ってしまった。
メリ……メリ……
二人の〈終末〉はその姿を大きく変える。
足の長い方の踵部分が裂け、中から光る羽のような物が生えてくる。
「……せめて、その格好のままで居てくれねえかな? 頼むよ」
「話しかけても無駄よ。アレに私たちの声なんて届かないわ」
それに続くように腕先、肩、背中に大きな裂け目が現れ、足先と同じような光の羽が生える。最後に光る仮面が人間のような顔を覆い、一人目の〈終末〉が戦闘形態になった。
「……あれが、あいつの……」
「……そう、〈侵略態〉よ。私たちを滅ぼすための姿……」
「二体目も〈性質変化〉を始めました!」
二人目の〈終末〉も姿を変える。
ベリ、ベリベリ……メキッ
長い腕が先端から裂け、中から大きな勾玉が現れる。
その巨大な勾玉は宙にふよふよと浮き、二つ重なってバカでかい陰陽玉になったと思えばそいつの足先がハイヒールのように変形し、踵からは補助脚のような小さな突起が生えてそいつの体を支える。
そして一人目と同じ様に顔を光る仮面で覆い、二人目も〈マステマ〉になる。
「……勘弁してくれよ。何だありゃ」
【……警告、警告、警告】
「うおっ!?」
再び俺の視界に【警告】の文字が表示される。
二体目の〈終末〉の手元にある勾玉部分を拡大したパネルがデカデカと浮かび上がり、エネルギーの増幅を示す青色のグラフが物凄い勢いで伸びていた。
「……二体目の〈終末〉から超高エネルギー反応……、あの浮遊する球体にエネルギーが収束していきます!!」
「すぐにここから離れて! 出来る限り上空まで退避!!」
二人目の〈終末〉はエネルギーが凝縮した陰陽玉をふわりと上空に浮かせる。一人目の〈終末〉は二人目……多分、そいつの〈妹〉だな。〈姉〉は〈妹〉の周囲を泳ぐように飛び回り、宙に浮いた陰陽玉に触れる。
────コォォォォォンッ
そして〈姉〉はその玉をボールみたいに思い切り蹴り飛ばした。真下の街目掛けて……。
【……警告……】
不思議な事に、この前のレーザー・ビームみたいな大きな音は聞こえなかった。
ただただ眩しい閃光が街を包み込んだ。
「覚悟」-終-
\(^ω^)/KOBAYASHI\(^ω^)/




