「アトリ」
夢を見ていたのは、ひょっとすると……
「はい、紅茶です。どうぞ……」
「あ、ありがと」
俺はフリスさんに休憩室に案内され、二人で大きなソファーに腰を掛けて紅茶を飲んだ。
「……ヤバいことになってるんだね、この世界」
「……はい」
「……勝てるかな」
「……貴方は、負けません。絶対に……」
優しいな、フリスさんは。我儘になるかもしれないけど、やっぱり元の世界で君と会いたかったよ。
「タクローは本当に強いですから……今回も、大丈夫です」
「……だといいね」
「……大丈夫です」
「……ありがと、俺に出来ることはやるよ。負けたら……この国がああなっちまうもんな」
ああ、俺ってやっぱ嫌なヤツだなぁ。こんなに可愛い子に勇気づけてもらってるのに……負けてしまった時の事ばっかり考えてる。
(負けちまった終末対抗兵器もフリスさんみたいなメンテナンサーの子に励ましてもらってたんだろうか)
『貴方なら勝てます』、『絶対に負けません』って感じで……今の俺みたいに。
「だって、私たちのタクローですから……」
「私たちの……か」
「はい、私たちの……です」
そして……守るべき国ごとみんな滅ぼされた。家族も、友達も……何もかも。
俺がそうならない保証は何処にある?
そう考えたら駄目だってのはわかる。悪い事を考えたらその通りになるくらいわかってるさ! でも……でも、俺は普通の人間だったんだよ!!
ついこの間まで、何処にでもいる平和ボケしたガキだったんだ!!
「……ごめん、フリスさん」
「……どうして、謝るんですか?」
「俺は、タクローじゃないんだよ」
「……」
「俺は、ただの小林拓郎だ。君の知っているような無敵のヒーローじゃない……」
「……ええ、知ってイ」
ポテッ。
「へっ?」
「……」
「フリスさん?」
俺に何かを伝えようとした時、突然フリスさんが俺にもたれ掛かってきた!
【……報告、コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神力『要注意』→『不良』。精神が要注意から不良まで回復。一時的な興奮状態。
【……報告】
え、何でいきなり……ふああっ、いい匂い! あと腕に当たる柔らかな感触が……!!
「ちょ、ちょっと! 大丈夫……」
「ううん、君はタクロー君だよ」
「え?」
「そして、君は本当に無敵なんだよ? 君がそう願えばね」
フリスさん……? 何だ、急に口調が……??
「フ、フリスさん? あの、どうかした……?」
「ふふふ、そうだね。この子の名前はフリスだね……でも、今はその名で呼んでほしくないかな」
「は? え、どうしたの 急に……」
チュッ
……ヒョッ?
「うふふふふっ」
「……ほえ?」
「そうそう、その困った顔。その顔が好きなんだ……ずっと見ていたい」
>突然のマウス・トゥ・マウス<
いきなりチューされたよ! いきなり女の子にチューされちゃったよ!? はわわわわわわわ!!
「ちょっ、ちょちょちょちょっ! いきなりっ、いきなり何すんの!?」
「再会を祝って、挨拶代わりにね?」
「あ、挨拶代わりって……!?」
「ふふふふ」
何だ!? フリスさんの様子がおかしい!
いや、様子がおかしいとかいうレベルじゃない! まるで別人だぞ!? 一体どうしたんだ!!?
「君は、フリスさんじゃ……ない??」
「少しだけ この子の体を借りているの。安心して、少しの間だけだから……」
「か、体を……!?」
【……あ、t、、、】
うおっ、何だ!? ちょっとアミダ様、どうしたの!?
【✛✛✛✛、……リ……繧「繝医Μ縲√い繝医Μ縲ゅ←縺?@縺ヲ豁、蜃ヲ縺ォ窶ヲ窶ヲ】
ぎゃあああっ!? 何かアミダ様の言葉が文字化けしてるぅううー! 何が起きた、一体何が起きてるんだ!?
【……】
フリスさんに続いてアミダ様まで様子がおかしくなる。ちょっと待って! こういう時こそお前の出番だよ!? ちゃんと補助してよ、補助ぉぉぉー!!
「そんなことより、タクロー君?」
「え、あ……はい!」
「君は、覚えているんでしょ? あの世界のことを」
今、何て言った? 覚えている……あの世界……??
「あの世界……って、俺のいた世界のことか!?」
「そうそう、君が生きていた世界。〈光る海〉に溶けてしまった……〈最初の世界〉」
「め、めもり……?」
「うふふふ、そうだよ。とっても綺麗で素敵なんだけど……そこはとても悲しい場所なの」
……フリスさんの体は〈誰か〉に操られてしまっているみたいだ。その〈誰か〉の正体は全くわからないが、何故か向こうは俺の事を知っている。
そして、その誰かが >物凄い電波さん< だという事は確かだ!
「……ええと、よくわからないんだけど。これだけは聞いていいかな?」
「なぁに?」
「も、元の世界に……帰りたいんだが、どうしたらいい?」
「元の世界?」
ううっ、それなのに可愛い!
フリスさんの姿をしているせいかもしれないが、普段の彼女が見せないような無邪気な子供らしい表情が滅茶苦茶可愛い! それでいて大きい! やばい、青少年の何かが危ない!!
「だから、俺がいた世界だよ! あんたなら何か知ってるんだろ!? 俺は、今までその世界で暮らしてて……気が付いたらいきなり……!!」
「そんなもの もう残っていないよ?」
……はい?
「え……?」
「だから、残っていないの。君が覚えているあの世界は……」
「残って、ない……? おい、どういう意味だよ!」
「そっか、君は……。そういうことかぁ、少しだけ期待してたんだけど……」
「ちょっと! 勝手に納得しないでくれよ! 俺の質問に……っ!!」
ガバァ!
〈誰か〉はフリスさんの体で、俺を思いっきりソファーに押し倒した。
「おうっ!?」
「悲しいね、君は……何も知らないのに、あの世界を思い出してしまったんだね」
「え、ええと……俺は」
「残念だけど、君の居場所は此処しかないよ?」
「……どういう意味だよ?」
「そのままの意味だよ?」
「何だよ……何なんだ、お前は一体……誰なんだ!?」
俺の問いかけに〈誰か〉は楽しそうな笑顔で返す。
「ボクの名前はアトリ。この〈ラクエン〉の〈管理者〉で、君の最初のパートナー……」
フリスさんのそれとはまるで違う、蠱惑的で……俺を挑発しているかのような微笑。薄っすらと頬を染めて、俺の体に馬乗りになる誰かに不覚にもドキッとしてしまった。
「アトリ……? 楽園……??」
「ボクはずっと、君の傍にいるよ……ずっと……」
「おい! ドミネータって何だ!? 最初のパートナーってどういう意味……っていうか、いい加減に俺の上からどけよ!!!」
「……」
「聞こえてますか!? ちょっと!!」
アトリと名乗った誰かは急に目を細めて黙り込む。
「ちょっと、まだまだ聞きたいことが山程あるんですけど! よくわからない事ばっかり喋られても困るから!! もしもーし!?」
俺は何かが乗り移ったフリスさんの肩を揺すって声をかける。しかし彼女は返事をしないまま静かに目を瞑り、糸の切れた人形のようにぱたりと倒れ込んできた。
「アトリ」-終-
\Atri/KOBAYASHI/




