「現し世は……」
「ここが日本支部の中央作戦司令室 〈白雪の間〉。そして彼らがオペレーターのみんなよ」
「やぁ、こんにちは。僕は檜山! ……ってこうして改めて自己紹介するのは何だか不思議な気分だね」
「どうも、佐野です」
「こ、こんにちは! ヤマシタです!!」
「ん、俺? サトウだよ」
「ど、どうも……小林です。よろしくお願いします」
俺は初めて会うこの人達に深々と頭を下げた。
檜山さん達も少し困った様子で俺を見る。今まで一緒に戦ってきた仲間に突然忘れられたんだもんな……傷つくよなぁ。
「な、何かすみません……俺……」
「気にしない、気にしない。それだけ辛い戦いだったんだ……まだ若いしね」
「そ、そのうち思い出しますよ! あんまり思いつめないで!!」
「まぁ……俺はそんなに話したことないから別にいいけど」
「そういうところだぞ、サトウ。だから女にフラれるんだって」
「今、関係ないだろ!?」
この檜山さん達も普通の人間とは姿が大きく異なっている。
檜山さんは頭が猫みたいになっているし、佐野さんは顔立ちこそ人間に近いけど所々にトカゲの鱗みたいなのがある。ヤマシタさんは垂れた犬耳が生えた可愛らしい顔立ちの女の人で、サトウさんは見た目が完璧にロボだ。
「そして、私がオペレーター達の情報を統括して貴方に伝える情報統合伝達官 〈伝書鳩〉を務めます。七条サトコ……それが私の名前よ」
「じょ、情報統合……って何だか凄い名前ですね」
「言うほど大したものでもないわ。オペレーター達の纏め役、そして貴方専属の通信士のようなものよ」
それにしても『七条』か。俺の世界だと鴻 沙都子って名前だった。やっぱりサトコさんは、先生に似てるだけの別人って事なのか……。
【本機能は終末対抗兵器J型専用独立支援型補助機脳】
あ、アミダ様の紹介は大丈夫です。気持ちだけ受け取っておくよ!
【……】
「じゃ、じゃあ七条さんって呼んだほうがいいんですかね」
「……サトコでいいわ。その方が違和感が少なくて済むから」
「アッハイ」
「そして、彼女が貴方の……」
「私が貴方の調整者を務めます。フリス・クニークルスです……改めて、よろしくお願いします」
フリスさんが自己紹介しながら頭を下げ、ちょっと照れた感じの笑みを浮かべた。
おおう、何たる破壊力。でも、彼女からしたら複雑だよなぁ……ごめんよ、タクロー君じゃなくてごめんよ……。
「そしてあの人が高槻主任……この日本支部の現場指揮官です」
「よろしくな、コバヤシくん」
「ど、どうも……あれ? 指揮官なのに〈主任〉って……」
「ああ、前はただの技術者だったんだけど色々あってな。どういうわけか、今はこの日本支部の指揮官だ」
「な、なるほど……」
「だから、あんまり期待してくれるなよ? 俺なんかより七条の方がよっぽどデキる女だからな」
指揮官の癖に適当だな、この高槻っていう人。ていうか……技術者に指揮官任せて大丈夫なのかよ。
「主任、あんまりふざけないでください」
「わかってるよ、だからその目をやめろ。マジで怖いから」
「……あの人、いつもあの調子なの?」
「……はい」
本当に、何でこんな事になったんだ?
このまま俺はコバヤシ・タクローとして生きていかなきゃいけないのか? 俺、ついこの間まで普通のモブだったんだよ?
一応、家族には本当の事を打ち明けてはいるけどさ……。
\ビー! ビー! ビー!/
「うおっ、何だ!?」
「……!!」
「七条さん、モニターを! 〈終末〉の反応が増大……!!」
突然、鳴り響くアラート音。聞くからにヤバそうなアラートが鳴り出した途端、白かった部屋の内装が突然、赤と黒が入り混じったド派手な感じに一変する。
「ホアッ!? 何だこれ、凄い!!」
「色が変わるかもしれないとは言ったが……本当に変わっちゃったな」
「余計なことは言わないで下さい、主任」
「ええと……サトコさん? これは……」
「……〈終末〉よ」
部屋にあるモニターの中でも一際大きなものにはデジタルの日本列島が映されている。
そしてデジタルな図形で描かれた日本列島のすぐ近くに、赤い文字で【終末】と書かれた人型のマークが映し出された。
「この反応は……間違いありません。〈終末〉はこの世界で実体化しようとしているようです」
「残り時間は?」
「実体化までの時間は推定2時間ほど。一週間の内に二度も襲撃があったのは十数年ぶりですね……」
「……コバヤシ君。前にも話したけれど……私たちは〈終末〉に関してわかっていることは殆どありません」
「……」
「わかっていることは、奴らは私たちの住むこの世界とは違う〈外側の世界〉の存在であること。そして、彼らは積極的に私たちの住む世界に侵入し、全てを滅ぼすために全世界で同時に侵略を開始することよ」
「どうして、あいつらはこの世界を滅ぼそうとするんですか?」
「それがわからないの……だから困っているのよ」
モニターは日本列島から遠ざかり、やがて全世界の図形を映し出す。赤く点滅する〈終末〉マークは、日本の近くだけじゃなく……世界中のあらゆる場所に一斉に現れていた。
「……」
だが、俺はその赤いマークよりも……この世界を表した図形の方に目を奪われてしまった。
「……何だよ、これは」
「驚いたでしょう? これが、今の世界の現状よ」
まるで何かに食いちぎられたかのように、世界中の至る所が大きく欠けていた。
「……あの、無くなっている場所って……」
そして暫く呆然と見ている内に地図の欠けてしまった場所が……国のあった所だと気付いた。
「……そう、〈終末〉に滅ぼされた国々よ」
「え、えっと、俺みたいな奴が居たんでしょ? 世界中に……」
「そうよ、各国につき一人……終末対抗兵器は存在します。彼らは皆、貴方と同じように〈終末〉と戦う力を持った守護神だった……」
「……」
「そんな守護神でも、負けてしまうことはあったのよ。そして戦う術を失った国は……ああなってしまうの」
精神状態:『注意』→『要注意』。精神が注意から要注意に悪化。
勘弁してくれよ、神様。何でこんなものを俺に見せるんだよ……。
「タクロー……」
「……そうね、恐ろしいわよね。それでも、私たちは貴方に頼るしかないの」
「……マジですか」
ひでえよ。何てひでぇ世界だ。こんな世界があっていいのかよ……こんな……、あんまりだろ。
「私たちも全力で貴方をサポートします。各種情報の提供、住民の避難の支持、各種避難用シェルターの一斉開放、そして軍に協力を要請して最新鋭の次世代戦闘機や戦車といった用意できるあらゆる戦力を使い〈終末〉に先制攻撃を……」
「……」
「……貴方が戦場に辿り着くまでの、時間稼ぎが関の山だけどね」
俺の世界もそりゃ……良い事ばっかりじゃなかったさ。
いつも人が死ぬ国とか、戦争ばっかりしてる国とか……酷いニュースは沢山見てきた。
俺の住んでいた日本だって、多少は黒い所があったさ! 胸張って楽園だ、 天国だなんて……言えるような世界じゃなかった!!
「俺が……やるしかないんですね?」
「……そういうことよ。貴方だけじゃない、貴方の先代も、その先代も……ずっとそうしてきた。だから、私たちに今があるの。だから……貴方まで受け継がれたのよ」
「……そりゃ、ビビって逃げれば機能停止ですもんね」
「……」
でも、これはひでえよ。こんなの……地獄じゃないか。
「〈終末〉は全世界に同時に出現します。そして、その全てを倒さなければいけないの……世界中に出現する〈終末〉が同一個体なのか、それとも別個体なのかは不明。姿形に統一性はないから、別個体という説が有力視されているわ」
「……もし、誰かが倒しそこねたら?」
「……終末対抗兵器が〈終末〉に敗北し、自国の防衛に失敗した場合……防衛に成功した近隣国の終末対抗兵器がその殲滅を引き継ぎます。でも……」
「でも……?」
「殲滅できるようになるのは、〈終末〉がその国を滅ぼした後よ。どんな形であれ、その国にまだ国家としての機能が生きている場合……他国の終末対抗兵器が手を出すことは出来ないのよ」
ああ、くそったれだ。この世界の神様は間違いなくド畜生だ。どうやったらこんな世界を作れるんだ?
「ふざけんなよ……何だよそれ」
「ごめんなさい……本当にそうなったら……私たちにはどうすることも出来ないんです」
「……おかしいだろ」
「……実体化まであと2時間よ。それまで施設内で待機してて。私は少し用事があるからここを離れるわ」
「サトコさんは何処へ……?」
「頭でっかちなオジサンたちとの話し合いよ……」
サトコさんは心底嫌そうに部屋を出ていった。高槻さんも溜息を吐きながらサトコさんの後を着いていくが……
「ああ、そうだ……あんな話の後であれだが」
「? 何ですか?」
「あまり深く考えず、自分に出来ることだけに集中しろよコバヤシくん。確かに君は最強だが、神様ってわけじゃあないんだからな」
高槻さんはそう言って俺に手を振りながら部屋を出た。
「……」
「タクロー、少し休みましょう? 休憩室がありますから……」
「あ、はい……」
「時間が来たら呼ぶよ、それまでしっかり休んでいてくれ!」
「え、ええと……この施設のご飯は美味しいですよ! 特にカレーライスが絶品で……!!」
「本当に食うのが好きだな。また太るぞ?」
>食えるかい!<
絶対に喉通らねえわ! あんな話聞いた後で飯ウメェ出来るやつの気が知れねぇよ! タクロー君なら食えましたってか!? ふざけんな!!
「……タクローは、大丈夫です」
「……」
「絶対に、負けませんから……」
「そう、思いたいね……」
フリスさんの言葉に、俺は気の抜けた返事をするしかできなかった。
「現し世は……」-終-
\KOBAYASHI/\Frith/




