「いつまでも……」
大人になってから、あの事は本当に楽しかったなと思う機会が増えました
……とまぁ、泣き言ばかり言ってもどうしようもないので一先ず記憶を整理しようと思う。
自分で言うと悲しくなるが、かつての俺に目立った特徴は無かった。
生まれは☓☓県の〇〇○市にあるオオトリ町。田舎と都会の丁度中間にあるような場所だった。
ルックス? 平凡だよ、モブ顔だよ。全然、目立たなかったよ!
成績? これは自慢になるけど、数学のテストは一桁以上取ったことないね!
彼女? いないよ!!
……こんな感じで体が丈夫なのが取り柄の何処にでも居そうな16歳の日本男児だ。母さんは小さい頃に亡くなって、今はオヤジと妹との三人暮らし。うん、別に珍しくもないね。
そんな普通の俺がどうしてああなったんだ? マジで理解に苦しむよ。ああもう、本当に。
夢ならさっさと覚めて欲しいね……
「あー、月曜の朝は何でこんなに憂鬱なんだろ」
「兄貴、鼻に米粒ついてる」
「まじで? (ぱくっ)」
「あ、ごめん。よく見たら鼻クソだった」
「うぶぅるあぁああ!」
「うぅわ、きったな! 吹き出すなよ、キモっ!!」
血の繋がった兄様に向かって汚い口を叩く妹の明衣子に俺のハートは早速傷つけられる。
「誰のせいだよ! 朝から兄ちゃんに鼻クソ食わせやがって、鬼! 悪魔!!」
この明衣子に『キモっ』と言われたフツーの顔した少年が小林拓郎。つまり昨日までの俺だ。今だとこのフツーの顔が恋しいよ。
「見間違えたんだから仕方ないじゃん! ていうか、どっちにしろ汚い!! キモっ!!!」
2つ年下の明衣子は俺と違って綺麗な母さんの遺伝子を色濃く受け継ぎ、近所でも美少女だと評判になっている。俺の高校でも『死ぬまでに付き合いたい美少女ベスト10』入りする程だ。
「こらこら、朝ごはん中に喧嘩はやめなさい。天国のママが泣いちゃうぞ」
「……喧嘩じゃないし、兄貴が汚いから注意しただけだし」
「……」
「拓郎が汚いのは仕方ないが、口の利き方は少し考えてあげようね? 汚くて情けないお兄ちゃんだけど、いつかは立派な男になるとお父さんは信じてるよ」
「親父の言葉の方がよっぽど傷つくわ」
で、こっちの白髪のおっさんが父親の隆。俺の平凡な顔は親父からの遺伝だな。少しくらい母さんの遺伝子混ぜろよ、何で二人の合作なのに親父率100%の息子が生まれるんだよ。
「ごちそーさん。んじゃー、お先に学校行ってくるわー」
「兄貴、まだ残ってる。ちゃんと食べなよー、子供じゃないんだからさ」
「あともっとキレイに食べなさい。子供じゃないんだからさ」
「うるせー、朝はそんなに入らないんだよ!」
いつもこんな調子だが家族仲はかなり良いと思ってる。
口喧嘩はするけど、俺は兄貴だから妹は大事にしようとは思ってるし、男手一つで俺達を育ててくれた親父にも感謝してるしな。
◇◇◇◇
「おーっす、おはよう小林くん」
「おーぅ」
「よー、小林。今日もフツーの顔だな」
「オマエモナー」
教室に着いた俺に友人の田中と安藤が話しかけてくる。
俺が通うのは私立六澤工業高等学校。男女比率が8:2で女子生徒がヒジョーに少ない。1クラスに一人いるかいないかだ。
ちなみに、俺のクラスには野郎しかいない。夢も希望もねぇ。
「なぁ、小林くん」
「何だね、田中くん」
「約束の物は……どこかな?」
田中が妙にそわそわしながら言う。はて? 約束とな?
「約束って何だよ」
「いや、ノート写させてやるから妹さんのお着替え写真を」
あ、やっちゃったねそんな約束。ノート提出期限ギリギリで追い詰められてたから勢いで言っちゃったね。
……って誰が撮るかそんな写真! 冗談に決まってるだろ、この変態野郎が!!
「妹の写真を渡すと約束したな?」
「うん、拇印も押したぞ。おら、先生が来る前にはよう」
「あ れ は 嘘 だ」
「貴様ァァァアアアアー!!」
田中は鬼のような形相で俺に掴みかかってきた!
「いででででで! ちょっ、いてえって!!」
「約束したろぉ!? 誰のお陰で補習免れたと思ってんだ恩知らずがぁあああ!!」
「お前ら本当に仲いいな」
「見てねえで助けろよ、安藤ぉぉお! 何か今日の田中やべえって!!」
「ン拒否するぅ☆」
安藤はクッソムカつく笑顔で言いやがった。コイツは悪い奴じゃないんだが、そこそこ嫌な奴なんだよな。
田中といい、安藤といい……なんでこんな奴らと友達になったんだろ。
「畜生がぁぁああ───!!」
「畜生はテメェだよ、小林ィイイイイイイイイイ!!!」
あ、やばい! このままだと本当に田中に殺される! ああもう、仕方ねぇなあー!!
「わかった、わかったって! 写真は明日やるから!!」
「保証はあるのかぁ!?」
「お詫びとして下着の一枚でもくれてやるよ!!」
俺がそう言った瞬間、田中は俺を離す……
「やっぱりお前は親友だぁ!!」
そして満面の笑みで抱き着いてきた。うーん、この……人間って怖いね。
「朝からひでーもん見せるなよ、お前ら」
「お前が助けてくれたらこうはならなかったと思うよ、安藤くん」
「はーい、みんなおはようー! 出席取るわよー!!」
教室のドアを開けて担任の沙都子先生が入ってくる。
「はーい、みんな席についてー!」
「あーい」
「へーい」
「せんせー、放課後空いてるー? デートしようぜ!!」
「ざーんねん、空いてないわー。佐藤くんごめんねー!」
沙都子先生は黒い髪を後ろで纏めた巨乳のメガネ美人。優しくてキレイで独身で、誰に対しても癒やしを振り撒く男臭ぇ工業高校に降り立った女神だ。
「じゃ、出席取りまーす。ちゃんと返事してねー」
「あれ、そういや今日はボブ来てないな」
「ああ……、ボブ君は今日から暫く入院よ。昨日食べたお刺身が原因で新種の食中毒にかかったらしいの……」
「ボブ……」
「いいヤツだったよ……」
ああ、ボブ……本当にいい奴なのに。
ボブも俺の友人の一人だ。いい奴なんだけど、何かとトラブルに見舞われちゃう可哀想な奴なんだ。ボブが何をした。
◇◇◇◇
「はーい、みんな気をつけて帰ってね。テスト勉強しっかりするのよー」
「先生、さよならー」
「先生、また明日なー」
「沙都子ちゃんって歳いくつー?」
「んー、秘密。田代くんが大人になったら教えてあげるわ」
「えーっ」
あー、今日も終わった。数学のいきなり小テストとかいう爆破テロを除けば、いつもどおりの一日だったな。
「小林ー、帰りにマック寄ってこうぜー」
「んー、悪いな田中。今日もパスだわ」
「えーっ、お前帰宅部だろ? たまには付き合えよー」
「帰宅部も忙しいんだよ。妹を迎えに行かなきゃいけないしな」
俺はそう言って田中の誘いを断ると一人で教室を出た。
……これが俺、小林拓郎の日常だった。
朝起きて、学校行って同級生と駄弁ったりして、たまに馬鹿をやったりー、時々虐められたりー……そして家に帰ってゲームして寝る!!
平凡な俺にピッタリの平穏な毎日だ。
楽しい出来事なんて滅多にないが、俺はこの日常を気に入っていた。
「うーん、今日もフッッツーで平和な一日だった!」
今になって思い返せば、この日常がいつまでも続くと考えてしまった時から……もう手遅れだったのかもしれない。
「いつまでも……」-終-
\KOBAYASHI/