「コバヤシ・タクロー」
深く悩む必要なんてないさ。家族なんだもの。
「……二人共、心して聞いてくれ」
晩飯を食べた後、俺は親父と明衣子に大事な話があると言って席につかせた。
「昨日は色々あって言い出せなかったが、少し落ち着いた今なら正直に話せるよ」
「何だ、どうしたタクロー?」
「何よ、早く言いなさいよ」
「実は俺、二人が知ってる俺じゃないんだよ……!」
大事な話というのはズバリ、俺がコバヤシ・タクローではなく 小林拓郎であるという事だ。
「……」
「……」
「驚くのはわかる。でも聞いてくれ、俺は本当に」
「メイコ、フリスさんに急いで電話を!」
「わ、わかってるよ、お父さん! ええと、ええとフリスちゃんの電話番号は……ッ!」
「ちょっ! 待って!? 彼女に電話をかける前に話を聞いて!?」
案の定、フリスさんが召喚されようとしたので俺は急いで二人を静止する。
「本当なんだよ! 頭がおかしくなったとか、気が触れたとか、そんなんじゃないんだ!!」
「……」
「……」
「本当に、中身だけが変わっちまったんだ! 今、二人と話してる俺は別世界の小林拓郎で、昨日に目が覚めたらこの体の持ち主と入れ替わってたんだよ!!」
「……えーと、とりあえず……顔面に拳入れとく?」
「蹴りの方が良くない?」
ああ、そうですね! 信じられませんよね! 僕だって自分で言っといて理解不能ですもの! でも事実なんです!!
「本当なんだって!!」
「……じゃあさ、今の兄貴は別人なわけだよね?」
「そ、そうなるな……うん。別人っていうか……うん」
「じゃあ、何であたしの名前とか知ってるの? 今日なんか頼んでもないのに学校まで迎えに来てくれたし」
そこなんだよね、問題は。
俺含めたみんなの外見とフリスさんとサトコさんを除いた人間関係は前の世界そのまんまなのよ。
「明衣子や親父に関する記憶はちゃんと残ってる。二人は見た目以外、俺のいた世界と何も変わってないからな……でもフリスさんは違う」
「……?」
「……そこだけなんだよ。フリスさんと、終末って奴の存在だけなんだ。俺の世界と違うのは」
親父と明衣子は目を細めながら俺を睨む。
(うう、やっぱり言わないほうが良かったかな……)
でも言わなかったら言わなかったで苦労する羽目になるし。せめて家族にだけは正直に打ち明けておこうと思ったんだけど……
「……どうしようか、お父さん」
「……フリスさん呼ぼうか」
やっぱりそうなるよねぇ! 彼女なら俺の体を治せるもんね! 頑張れば頭の中も治せそうだもんね、あの子!!
「……やっぱ、信じられないか」
「信じられないというか、言ってる意味がわかんないというか」
「ううっ!」
「……じゃあ、聞きたいことあるんだけど」
明衣子は俺の顔をじとーっとした目つきで見つめてくる。
「……な、何だよ、明衣子」
「……今までの兄貴と別人ならさ、今までの思い出とかも知らないはずだよね?」
「……そう、なるな」
「……ふーん、そう。じゃあ去年の夏に海行ったこととかも覚えて」
「去年の夏? ぺちぺちビーチにみんなで泳ぎに行った時か? 明衣子の浮き輪に穴が空いてて溺れかけ」
ベチィン!
「ほぶぅあぁ!」
俺の顔面に明衣子のビンタが叩き込まれる!
「全然、覚えてんじゃないの! ふざけんなよ、クソ兄貴!!」
「えっ、いや……でもフリスさんは居なかったよ!? あの日に海に行ったのは俺と明衣子と親父だけで……」
「そうよ! 三人で海行ったの! フリスちゃんは来なかったでしょうが!!」
そ、そうだったんだ……残念。
俺の世界だと沙都子先生に声をかけたけど断られちゃったんだよなぁ。見たかったな……先生の水着姿。
「じゃあ、あたしの着てた水着は!?」
「黒のスポーツビキニの上にパーカー」
ベチィ!
「ぶあっ!」
「しっかりと覚えてんじゃないわよ! 何が別人よ、いつもの兄貴じゃん!!」
「で、でも本当に違うんだよ! フリスさんのこととか全然知らないし……!!」
「じゃあ、三月にみんなで行ったバーベキューのことは!?」
「ええと、んーと、先月の5日にダイサンジ緑地公園に行ったやつだっけ!? 隣の家族が連れてたデッカイ犬に肉を美味しく頂かれて」
「覚えてんじゃないの!」
そこまで一緒なのかよ!
どうすんだよ、これ! 本当にフリスさんと〈終末〉関連以外は俺の世界と全く同じなんじゃないか!?
「で、でもフリスさんは居なかったし……俺の記憶だと沙都子先生も一緒だったし」
「え、サトコ先生? サトコさんのこと?」
「そう、俺の世界だと担任だったんだ。家族ぐるみの付き合いもあって……」
だが、俺が沙都子先生について話した途端に明衣子や親父の表情が変わった。
「……お父さん、これって」
「うーん、にわかに信じられないことだが……確かにあのフリスちゃんのことだけを忘れるのは変だよなぁ」
「……サトコさんとは、行かなかったのか?」
「あの人とはそこまで……ちょっと苦手だし」
ああ、やっぱり……この世界のサトコさんとはそこまで仲良くない感じか。
あの明衣子も沙都子先生にはかなり懐いてたし、親父も先生にはメロメロだったんだが……サトコさんに明衣子が懐いてる姿はとても想像できない。
「……じゃあさ、兄貴」
「……おう」
「一昨日、フリスちゃんと一緒に帰ってた時にさ……あたしが兄貴に何て言ったか覚えてる?」
明衣子は俺の顔を真剣な表情で見つめながら言った。
一昨日……か、俺が覚えてるのはお前と二人で帰ってる途中で 変なの に出くわしてしまった事だけだ。
「……すまん、覚えてない」
「……そっか」
「ひょっとして大事な」
「そんなんじゃないよ、別に……聞いてみただけ。でもこれでハッキリした」
明衣子はそれ以上何も言わずに部屋に戻った。
「……」
俺は残された親父に何て言えばいいのかわからずに黙り込むしか出来なかった。
「……まぁ、こういう事もあるってことだな」
「……あっさり認めるのかよ、親父。俺は」
「でもお前は俺たちを守ってくれただろ?」
親父は俺の目をしっかりと見ながら言う。
「普通は出来ねえよ、あんなの相手に戦うなんてな。例えアレと戦う力があってもだ」
「……」
「それが出来るお前を『息子じゃない』なんて突き放せる程、俺は駄目親父じゃないさ。例えお前の言う言葉が本当でも、嘘だったとしてもな」
「……!」
「こういう時、母さんが居てくれたらもっと気の利いた台詞を言ってくれたんだろうけどなぁ。すまん、俺にはこれが限界だ」
親父は席を立ち、俺の傍まで近づくと肩をポンと叩いた。
鋼鉄で出来ているように見えるその手は不思議と温かくて、張り詰めていた俺の緊張を解していった。
「正直に言ってくれてありがとうな、お前の親父さんも立派な子に育ててくれたんだなぁ……嬉しいよ」
「……おう」
「あ、そうだ。最後に聞きたいんだが……今朝の演劇云々は嘘だろ? あの『ボケカス』は誰に向かって言った?」
「……親父に決まってんだろ! 女の子にボケカスなんて死んでも言えるか!」
「ははは、だよなー。うん、ありがとう。そういうところも似てくれて良かったよ」
親父は満足気に笑いながら居間へと向かった。
「……何だよ、認めんなよ。あっさり認めんなよ……俺は、俺は違うんだぞ? 俺は、アンタの息子じゃねえんだ……俺は違うんだ……!!」
【……発言の撤回を要求】
「……あぁ!? 何だよ!」
【……貴方はコバヤシ・タクロー。コバヤシ・タカシとコバヤシ・サヤコの間に生まれた第一子】
「ッ!!」
【……貴方はコバヤシ・タクロー。コバヤシ・メイコの兄】
励ましのつもりなのか、今の今まで黙り込んでいたアミダ様は俺にそう語りかけてくる。
心が入れ替わっても、タクローとして認めてもらえたと喜べばいいのか?
それとも、別人だと認めて貰えなかったと悲しめばいいのか?
「……どうなっても知らないからな。俺はタクローじゃないんだから」
【……問題ナシ】
「……はぁ? 何でそんな」
【……記憶領域をチェックした結果、問題ナシと断定】
「何が【問題ナシ】なんですかね、アミダ様? 問題しかねぇよ?」
『……貴方ならこれからもコバヤシ・タクローとして問題なく生活できます。家族への愛情度、親密度、博愛精神、使命感、道徳観念……その全てが彼と同レベルの数値を示しています』
設定を変更してもいないのにアミダ様は直接脳内に語りかけてきた。
『貴方は〈終末対抗兵器〉として必要な条件を全て満たしています。問題ありません』
「……そう言われても何一つ嬉しくねえよ。励ますのが下手だなぁ、アミダ様は」
『……』
「……ありがとうよ。少しだけ気が楽になったよ……少しだけな」
俺は食卓の上で突っ伏し、ふと机に置かれていた小さな鏡に目を向けた。
「……ははっ」
鏡に写る自分を見つめていると思わず乾いた笑いが込み上げてきた。
化け物みたいな顔しやがって……そんなふざけた顔でどうやってフリスさんと仲良くなれたんだよ。まだ俺の顔のがマシだぞ? 本当に、本当に……
「……わかってるよ、俺にやれることはやるよ。お前の大事なものは、俺の大事なものでもあるんだからな……」
俺は鏡に映るコバヤシ・タクローにそう言って静かに席を立った。
「コバヤシ・タクロー」-終-
\小林/




