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「帰り道」

ただの普通の帰り道。何気ないその平穏こそが、町を救った彼への贈り物だった。

「もう、迎えに来なくていいってのに!」


 会って早々、明衣子は俺を睨みながら言い放った。


「そう言うなよ、俺だって本当は」

「ごめんなさい、メイコさんが心配でつい……」

「もー、子供扱いしてー……まぁ、フリスちゃんが一緒だからいいけどー」

「え、俺だけだったら?」

「無視して友達と帰る」


 心が割れそうだ……。


 ひでぇ、ひでぇよ明衣子。あと兄貴が包帯巻いてるのにノータッチなんですね、こっちの世界の明衣子冷てぇわ。辛いわー……まじ辛いわー。


 でも昨日はちゃんと聞こえてたからね、明衣子。お前が俺を応援してくれる声が。


「まぁまぁ、早く帰りましょう? お父様が心配しますよー」

「そういや親父、今日はずっと家に居たよな。もしかして働いてないの?」

「知らなーい、お給料は貰ってるみたいだしー……たまに何日か家を空けちゃう時もあるから働いてはいるでしょ」


 ……この世界の親父よ。アンタ、家で何してるんだ?


 働いてるんだよね? 俺の世界だと教師だったけど、やっぱり微妙に違いが出てるんだな。


(親父が教師じゃなかったから、サトコさんは先生にならなかったのか……?)


 だとすれば親父、俺は今日からアンタを軽蔑する。


「でもお父様の料理は美味しいです」

「まーね、そこだけは褒めていいよ。エプロン姿はキモいけどさー」

「明衣子も料理できるのに、昨日も今日も親父が作ってくれたよな。たまには代わってやれよー」

「えー、あたし料理出来ないよ? 何言ってんのよ、兄貴ー」


 マジかよ……こっちの明衣子ちゃん料理出来なくなったの?


 もうあの明衣子ちゃんカレーが食べられないの……? 猫耳と引き換えに優しい心と料理の腕を失ったなんてお兄ちゃん複雑だよ。喜んでいいのか、悲しんでいいのかわかんないよ……。


「兄貴が作ればいいじゃん」

「え、いいの? よーし、任せろー!!」

「……ごめん、無理、生理的に受け付けないかも」


 >生理的に受け付けないかも<



【……注意、注意。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】


 精神状態:『不良』→『注意』。精神が不良から注意まで悪化。安定剤(エリクシル)の使用を提案。


【……注意】



「何よ、兄貴……ってちょっと! 何で泣いてんの!? キモっ!!」

「ううん、ちょっと目に大きめのゴミが入って……」

「だ、大丈夫ですか? タクロー。 ちょっと目を見せて……」

「うん、大丈夫。ちゃんと取れたよ、だからちょっと……顔近い。顔近い近い!」

「ホンッット、ラブラブよねー。二人共!」

「えっ! そ、そうですか……?」

「あたしにはそうにしか見えないんですけどー?」

「はっはっはっ、ラブラブに見えるかー! お前、口だけじゃなくて目も悪くなったんじゃないか?」

「なっ、何よー! どう見てもラブラブじゃん!! 見せつけてんじゃん!!?」

「あ、あの二人共……喧嘩は駄目ですよ……」

「喧嘩じゃないよ」「喧嘩じゃない!」


 俺と明衣子とフリスさんの三人は駄弁りながら夕暮れ時の町を歩いた。


 目にする風景や道行く人の姿は大きく変わってしまったが、可笑しな事に今の俺にはそこまで気にならなかった。


「わー、夕日が綺麗だなー」

「夕日なんていつでも同じに見えるけどねー」

「ふふふ、そんなことはありませんよ。毎日違って、毎日綺麗です」

「ははは……」


 どうしても気になる事があるとすれば、昨日倒した〈終末〉の死体があのまま残されている事だ。


「……実は今朝から気になってたんだけどさ。アレはあのまま放っておくの?」

「ん? アレ?」

「アレだよ」


 俺はスワノモリ町跡地で放置されている〈終末〉を指差して聞いた。


「? 何でそんな事聞くの?」

「いや、だって……気になるじゃん?」

「何で?」

「何でって……」


 明衣子は不思議そうに首を傾げる。まるで『今さら何いってんの?』とでも言いたげに。


「〈終末〉の亡骸はあのままにしておくしかないんです」

「腐ったりしないの?」

「はい、あの亡骸は腐敗したりしません。討伐された〈終末〉は倒された時のまま石像のように固まって……来月になるまで放置されるんです」

「……へぇー」


 確かにあんなバカでかい死体をどう処理するんだって話になるしな。運ぶのも無理そうだし。でも、あのまま放置ってのはちょっと気味悪くないか? 何かふとした時にまた動き出しそうで……


「あのまま放っておくとアホが落書きしたりしない?」

「流石に無いでしょ。兄貴じゃあるまいし」

「……」

「終末対策局が亡骸周辺を立ち入り禁止区域に指定してますので、誰も近づけません。それにあの亡骸は来月になると自然に消滅するんです」

「……なるほど」


 横たわる〈終末〉の亡骸がここから見える景観をより一層シュールで異質なものに変えている。帰路につく学生や道行く人々はそれがさも見慣れた光景であるかのように平然とし、こうして足を止めて眺めるのは俺だけだった。


「……やっぱ変わってるね、この世界は」

「……大丈夫? 頭でも打ったの?」

「頭打つよりひでー目に遭ったけど、頭は一応正常だと思うわ」

「……確かに、こうして見ると不思議な光景かもしれませんね」


 フリスさんはそう言って〈終末〉の亡骸を見つめる。夕日に照らされる彼女の顔と、風になびく髪が俺の視線を奪った。


「二人してどうしたの? あんなの見てもいい事なんてないわよ?」

「……そうだな。アイツを睨んでも壊された町が戻るわけでもねえし」

「……」

「んじゃ、帰るか。ところでフリスは今日」

「ふふ、今日はちゃんと家に帰ります」

「だよねー!」


 フリスさんの返事に俺は少し残念そうに笑った。明衣子はそんな俺をゴミを見るような目で見つめ……


「もう兄貴がフリスちゃんの家に行けばいいじゃん」

「はい!?」

「えっ!?」


 そんな事を仰っしゃりました。



 精神状態:『注意』→『不良』。精神が注意から不良まで回復。軽い興奮状態。安定剤(エリクシル)の使用を撤回。



「な、なな何を言い出すんだ、明衣子ちゃん!?」

「別にー? じゃあ、あたしは先に帰るからねー」

「おい、待てよ! 明衣子ー!」

「……ええと、あの……私の家は」

「いやいや、俺達にはまだ早いから! さぁ、早く帰ろ! 明衣子に置いてかれちまうよ!!」

「ふふっ……そうですね。まだ早いですよね」


 俺は物凄い早足でスタスタと前を歩く明衣子を追ってダッシュする。フリスさんは少しだけ残念そうに笑うと、ギュッと鞄を抱きしめて歩き出した。


「待ってよ、明衣子ちゃーん!」

「あーもー、うるさい! 人前でメイコちゃんゆーな、クソ兄貴!!」


 それにしても俺はこの町と日本を救ったヒーローの筈なんだけど……町の人達には全然ちやほやされないな。こうして走ってる姿を見ても軽く挨拶される程度だ。


 ……別にそれはそれでいいんだけどさ。ちやほやされるのは苦手だし。


 でも、せめて明衣子からは『かっこよかったよ!』の一言くらい欲しかったなぁ……。



「帰り道」-終-


\MEIKOCHAN/   \KOBAYASHI/三 \Frith/

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