「お迎え係」
「はぁーい、みんな今日もお疲れ様ぁ☆ 気をつけて帰るのよぉー!」
「うぇーい」
「でゅわーい」
「あー……俺、何しに学校来たんだろ」
案の定、俺は上の空で6限目を終えて下校時間を迎えてしまった。
「おーす、コバヤシくん。帰りにマック寄ろうぜー」
「あー、悪いな。今日もパスだわ」
「何だ、まだ具合悪いのか」
「あんな派手に火炙りにされたらな? 俺じゃなかったら死んでるぞクソヤロー」
たまにはこいつと駄弁りながらハンバーガー食うのも悪くないが、やはり世界が変わっても俺はお兄ちゃんだ。心では『明衣子はもう中3なんだから大丈夫』と思っていても、体が『明衣子を迎えに行け』と勝手に動く。昔からの癖ってのは中々直せないもんだ。
この世界の俺も同じように妹を迎えに行っていたのかはわからないが……
「ま、帰宅部も忙しいってことで」
「ちぇー、付き合い悪いなぁ」
「……そういや、今頃思い出したんだけどさ」
「どした?」
「ボブは?」
ふと思い出した事、それは同級生のボブの存在だ。昨日は見なかったし、今日も欠席してる。
「あいつは今、家庭の事情で暫く休学するらしい……」
「……マジかよ」
「詳しいことは知らないけどな、中々複雑なことになってるらしい」
「……いいヤツなのにな」
「……本当にな」
ボブ……苦労してるんだな。田中や安藤と違ってクズじゃないし、人当たりもいいクラスの清涼剤みたいな奴なのに。
(この世界のボブってどんな顔してんだろ)
アメリカ人とのハーフで元の世界だと中々のイケメンだったが……どうなってるかなぁ。こいつらみたいになってたら悲しいな。
「ま、俺は先に帰るわー……また来週な」
「ちぇっ、またなー」
「何だ田中、またフラレたのか」
「おう安藤、慰めてくれるのか? お前いいヤツだな、後でハンバーガーの包み紙をくれてやる」
「いらねーよ」
◇◇◇◇
「慣れてみればこの世界も悪いことばかりじゃねぇなー……っと」
俺が校舎を出ると校門前でフリスさんが待っていた。
「あっ、タクロー!」
彼女は俺の姿を見つけるや否や、嬉しそうに手を振ってくる。
「……待たせちゃった?」
「ふふふ、そんなことありませんよ」
「ええとね、今から俺は」
「はい、メイコさんのお迎えですね。知っています」
フリスさんにはお見通しですね。そして彼女の反応でこの世界の俺も妹を迎えに行くのが常習化している事がわかった。
「ふふふ」
「笑わないでくれよ、仕方ないじゃないか……癖なんだから」
「いえいえ、安心しただけです」
「?」
「やっぱり貴方も、タクローなんですね」
『貴方もタクロー』……ね。
そう言ってくれる彼女の笑顔を素直に受け取るべきか、それとも強がりだと深読みするべきか。複雑な気分だよ、僕は。
フリスさんからすれば自分だけが忘れられている状況だからなぁ。
精神状態:『平常』→『不良』
「ところでタクロー……、その包帯は?」
「あー、ちょっと科学の授業で失敗してね。体に火が燃え移っちゃって☆」
「ええっ! だ、大丈夫ですか!?」
ええまぁ、死にかけましたとも。
流石に本当の事は言えねえよな。君とのお肌の触れ合い通信が原因だなんて。フリスさんに罪はないし……俺にも罪はないけど。
「大丈夫、もう痛みは引いたから」
「……本当ですか? もし痛みが辛いならもう一度、調整をすればその火傷も」
「大丈夫、大丈夫だから」
あんなの一日に二度も味わったら死んじゃうよ!
「ま、まぁ……さっさと行きますか。明衣子はああ見えて寂しがり屋だしな」
「ふふっ、知ってますよー。お友達ですから」
「はははー、妹がお世話になります」
「ふふふ、こちらこそ。素敵な妹さんですよー」
俺はフリスさんと軽く談笑しながら妹が通うオオトリ中学校まで向かった。
昨日の朝に交わしたぎこちない会話が嘘のように、今は彼女と他愛ない会話で盛り上がっている。
「……それで今日、初めて保健室使ったんだけどさー。これまた先生が変な人でねー」
「タクローの学校の先生は面白い人が多いですからね。ちょっと羨ましいです」
「そう?」
「私の学校はみんな真面目で誠実な先生ばかりですから」
「さり気なく馬鹿にしてない?」
「ふふふ、してません。真面目な人は安心できますけど……ずっと側にいると息苦しくなっちゃうの」
「あー、わかる。俺もそうだわー……親父が不真面目だからかな」
不思議だね、自然と話が合う。彼女の方から合わせてくれているのかもしれないけど。
でもこうして話していると、本当に彼女が幼馴染なんだって気がしてくる……
「……こうして貴方と話していると、昨日の貴方の言葉が本当なのかわからなくなりますね」
「何で?」
「だって、本当に……私の知っているタクローと同じなんですから」
おーっと、これまた反応に困るお言葉ですね。
俺は君の言うタクローの事を知らないし、君の事も殆ど知らないんだけどな。
「……本当は昨日のことは嘘で、私に意地悪しているだけだったりは……しませんか?」
フリスさんは俺が『はい』と答えてくれる事を期待しているようないじらしい目つきでそう言った。
「……」
ここで『はっは、バレちゃった?』とすぐに答えられるクソヤローだったなら、どれだけ幸せだったかな……ははは。
「……ごめん。俺は本当に君を覚えてない」
変に誤魔化すと余計に辛い思いをさせそうだからな……ここは正直に言おう。
「……そう、ですよね。ごめんなさい」
「だから……もっと君のことを教えてくれたら嬉しいな」
「えっ?」
「君から色々と話して貰えれば、思い出すかもしれないから」
別に気の利いた台詞を言おうと思ったわけじゃない。
無意識にそんな言葉が口から出てきた。言った後でじわじわと恥ずかしくなってきたが、勝手に出てきたんだから仕方ないよな。
【……】
はい、アミダ様は黙っててー? 言いたいことはわかるけど今は我慢して?
「……ふふ、私のことなんて聞いても面白くありませんよ?」
「それなら、遠慮なく聞けるな。気が向いたら話してよ」
「ふふふ、わかりました。もう少し落ち着いた場所で……ね」
「落ち着いた場所ねー……っと」
彼女と話している間にオオトリ中学校の校門前に着いた。
あ、そうだそうだ。この世界の山崎は何処かなぁ? 妹に声を掛ける前に始末しておかないと……。
「あ、メイコさんが来ましたよ!」
「あら本当。友達には愛想よく振る舞ってやがりますわねー……」
「メイコさんは愛嬌たっぷりですよ、タクロー?」
「それはフリスさんが相手だからだよ。俺が相手だとねー」
明衣子は俺の姿を見るや、先程までのにこやかな笑顔から鋭い目つきの〈対兄貴用フェイス〉に切り替わる。
「……あんな顔になる」
「あら……」
「傷つくわー、本当に」
手を振って友達と別れた明衣子はムスっとした顔でこっちに来る。
そんな顔しなくてもいいじゃないか……俺、君のお兄ちゃんだよ? 威厳は無いし、中身は別世界の小林くんになってるけどさ!
「お迎え係」-終-
\KOBAYASHI/\MEIKOCHAN/\Frith/




