「やわらか決戦兵器」
不思議不可思議、コバヤシボディ。
「うーむ……強そうな見た目してるんだけどなぁ……」
俺は保健室に向かっていた。既に昼休みは終わり、午後の授業が始まっているが火炙りで負った火傷が今になって痛んできたんだ。
まぁ、あんなにボアアって燃やされたら普通は病院行きですけどね!
「殴られると普通に痛いし、燃やされると火傷するんだなぁ……」
ズバリその点がこの体のよくわからん所だ。
パッと見だとサイボーグボディにしか見えないんだが、実は前の体と変わらないくらいに皮膚感覚が鋭い。何せ抱きついてきたフリスさんの 柔らかぷるるんボディ の感触をはっきりと感じ取れるレベルだ。
逆に〈終末〉の攻撃は全く痛くなかった。
俺ごとビル一つを粉々にする踏み潰し攻撃や、町を焼き払ったレーザー・ビームもまるで効かない。うーん、謎すぎる。フリスさんの言っていたリミッターが関係しているんだろうか……?
「そういえば、今まで保健室使ったことなかったな」
頑丈で風邪を引かないのが取り柄だった俺は今まで保健室のお世話になった事がない。だから保健の先生にも会った事がないんだよなー……どんな人なんだろ。
「失礼しまーす……ちょっと見てもらいたいんですけど」
「はいはい、どうしましたか……ってあらあらあら?」
保健室で俺を出迎えてくれたのは毛先だけが白く染まった黒髪と白衣が特徴的な美女だった。
「わぁ、珍しい。あのコバヤシくんが保健室に来るなんて」
背は低めで、フリスさんと同じくらい。綺麗な顔立ちとスラッとした脚がとても素敵です。
精神状態:『注意』→『平常』。精神が注意から平常まで回復。
うん、良いね! 興奮してきた!!
「あははー……ちょっと色々ありまして」
「で、どうしたの? 何か焦げ臭いんだけど」
「ちょっとね、同じクラスのド畜生共に火炙りにされましてね」
「うわぁ」
正直に話したら保健の先生にドン引きされた。
そりゃ引きますよね! 俺も思い出すだけで寒気がするぜ!!
「とりあえず制服脱いで、よく見せてください」
「アッハイ……お願いします」
「それにしても嬉しいなぁ……コバヤシくんの体を診るなんて初めてだよ」
「そうなんすか? 身体測定とかで見たりとかー」
「何言ってるんだい、君の身体は特別なんだよ。調整者でもない私に身体を調べる機会なんて与えられないのさ」
「はぇー……そうなんだ」
それにしても特徴的な喋り方する先生だな。
妙な色気があるというか……ううむ、沙都子先生とはまた違う魅力だな。これからもちょくちょく顔を出しに来ようかな……。
「ふんふん……こうなってるんだ、君の僧帽筋繊維……」
ふああっ、くすぐったい! 保健の先生が俺の首筋をつつーっと撫でてくる!!
「あの、くすぐったいです先生」
「あ、ごめん。あんまりにも貴重な体験だから、ちょっと興奮しちゃって……」
「へー……」
「ふんふん、確かにしっかり火傷してるね。面白いなぁ、君の皮膚装甲組織は。火傷を負うくらいに高度なものは見たことないよ」
「あんまり嬉しくないですけどね」
「下の方は大丈夫なの?」
「足から燃やされたので、どっちかというと下の方が重傷だと思います」
「……酷い目にあったね?」
本当だよ!!
普通ならあんなクズ共と同じクラスとかやってられねーよ! 即登校拒否しちゃうよ! でももう慣れっこなんですよねあんな経験! 中学校時代に色々ありましたからね!!
「じゃあ、足の方もお願いします……」
「何なら下着も脱いでくれていいよ?」
おーっと、何か怪しい雰囲気になってきましたよ?
「はい?」
「冗談だよ、冗談」
「……」
「へぇ、これがコバヤシくんの足かぁ……凄いねぇ」
すりすり
「先生、くすぐったいです」
「あ、ごめん。立派なヒラメ筋繊維だったから、つい……」
すりすりすり
やばい、なんかやばい。この先生、何か妖しい表情してる!
「ええと、どうすかね?」
「うん、とっても素敵!」
「火傷の具合ですよ!」
「あ、そうだった。んとねー、ちょっと酷いかなー……でもこんな火傷してるのに全然痛そうな素振りしないねコバヤシくん」
保健の先生は俺の火傷を見ながら少し考え込むような素振りを見せる。いちいち仕草が色っぽいな……健全な青少年の俺には刺激が強いぜ。
「うーん……」
「先生?」
「もうちょっと酷い火傷したら痛がった顔してくれるかな?」
いきなり何か言い出したよ、この人!!
「先生??」
「冗談だよ、冗談ー。大人の冗談を真に受けちゃ駄目だよ、コバヤシくーん」
いや、さっきの顔は本気だったよ!? やばい、この先生やばいぞ!! さっさと逃げなければ……
「じゃ、じゃあ俺は教室に戻りますね!」
「あ、待って。今から軟膏塗るからじっとしてなさい」
「信用していいんですよね? あやしい薬品とかじゃぁ……」
「私は保健の先生だよ? そこは信じて欲しいなぁ~……」
【……接触対象を〈優先個体情報特定対象〉と認識……〈探求者の眼〉を作動。接触対象のサーチング開始……】
あ、勝手に〈探求者の眼〉が発動した!
成る程、アミダ様もこの先生を警戒しているわけか。確かにこの先生ちょっと怪しいよね……。
【……完了。対象データの個人情報簡易出力開始……】
ところでこの〈探求者の眼〉ってさ、御大層な名前が付いてるけどそこそこ危ない機能じゃない? 気になるあの娘やあの先生の個人情報をさくっと入手しちゃうんだよ? 大丈夫?
【……完了。個人情報保護法に抵触しない程度の情報抽出に限定している為、問題ナシ】
あ、そうですか……。
個体名:みぁん・しー
性別:《両性》
種族:人類種A型丙種
年齢:25歳
対象との関係:教師
身長:159㎝
体重:50㎏
スリーサイズ:B W H......測定時にエラー発生。データ出力不可。
危険度:『D』……危険度『微』。対象のコバヤシ・タクローに対する害意は恐らく皆無。
え、両性? 両性って何ですか!? あと微妙に危険度も気になるんですけど!?
「ふふふ、素敵な時間をありがとう」
「ええと、み、みぁん先生……ちょっと聞きたいことが」
「あら、私の名前を知ってたの? 嬉しいなぁー」
それにしても変わったお名前ですね!
「ええと……聞きたいことが」
「何かな?」
「先生は女性ですか? 男性ですか?」
「いきなり大胆なこと聞くね?」
「えっ、あっ! すみません!!」
「君は私にどっちで居て欲しい?」
おーっと、何か妖しげな表情で挑発的な台詞を言い出しましたよ。
ちょっとこの先生、やばいな。何かやばい雰囲気がプンプンします!
「ええとー……」
「冗談だよ、私はどっちでもないからね」
「そ、そうですか」
「そう、まだね。はい、塗り終わったよー、仕上げに包帯巻いてあげるね」
「アッハイ、お願いします……」
まだまだ、この世界はわからんことだらけだな……。図書館でも行って少し調べてこようかな。
「……はい、これでおしまーい」
「ありがとうございます。じゃあ、俺はこれで……」
「また来てねー」
みぁん先生は嬉しそうな顔で俺に手を振る。うーん……ちょっと、またお世話になるのは遠慮したいですね。
「……変わった先生がいるなぁ」
俺は妙な気分で教室に向かう。ああ、もう5限目も終わりそうだ。
……本当に何しに学校に来たんだか。いっその事、早退するのもアリかもしれないなぁ。
【……】
「……冗談だよ? 学校来たからにはちゃんと授業受けるって!」
【早退の選択肢もアリ】
「あっ、やっぱり?」
何だかんだでアミダ様との付き合い方もわかってきた気がする。アミダ様は声じゃなくて文字で意思疎通を図ってくるからまだちょっと付き合いにくいけど……
『z……本機能は、設定変更によって仮想音声器による脳内への直接会話も可能』
「ふぅおっ!?」
『設定を変更しますか?』
えっ、喋れたの!? スゲェ! あと結構可愛い声ですね、アミダ様! 文字通り頭によく響く素敵な声してますよ!!
『設定を変更しますか?』
「いえ、そのままで。今までどおりに視界に文字でお願いします」
『……』
「……あれ、もしかして設定変更した方が良かった?」
【……黙秘。コバヤシ・タクローの判断次第】
「アッハイ、すみません」
ところでアミダ様の〈声〉……どっかで聞き覚えがあるんだけど。はて、誰の声だったかな?
何だか小さい頃から、ずっと聞いていた声のような気がするんだけどなぁ。
◇◇◇◇
「あーあ、彼に見えるのは……まだほんの数十秒くらいか」
コバヤシの通う工業高校の屋上で、〈白い少女〉は憂鬱げに呟く。屋上から連絡橋を歩くコバヤシを愛しげに見つめ、彼女はブラブラと足を揺らす。
「仕方ないね、後で少しだけあの子の体を借りちゃおうか。別にいいよね、あの子も……」
少女はこの校舎の向かい側にある池澤クリスタル女子学園に視線を向けながらくすりと笑った。
「……あれ?」
彼女はふと空を見上げる。何の異常も見当たらない、爽やかな青空を見つめる内に少女の表情は段々と変わっていく。
「せっかちだなぁ、もう次が来るのか……」
少女は意味ありげな言葉を残し、屋上から飛び降りる。そして音もなく着地し、最後にもう一度コバヤシの姿を見つめながら言った。
まるで親しい友人に語りかけるかのように……。
「さぁ、もうすぐ次の〈終末〉が来るよ。頑張ってね、タクロー君」
「やわらか決戦兵器」-終-
\KOBAYASHI/ \みぁん/




