「試しの白衣」
自分のために悩んでくれる親がいてくれるだけ幸せなのだと知ったのも、大人になってからでした。
「……うん、よし。いいぞ、もう大丈夫だ」
このウテルスとかいうプールに入ってから体の痛みがかなり和らいできた。
【調整槽への入水を確認。調整待機中】
この青く光る怪しい液体に俺の体調を整える効果があるのかもしれない。最初は『こんな怪しい液体の中に入れるかボケェ!』と心の中で毒づいたが、意を決して入ってみれば中々どうして悪くない。少しぬるぬるするのが気になるけど本当に気持ちが良いんだ。
ただし、こうして気合を入れている理由は別にある。
「来いよ! かかって来い……見せてやるよ。小林くんの本気を見せてやるよ!!」
このプールのある部屋と脱衣所を隔てる薄い曇りガラス……その先にはフリスさんがいるのだ。
今、フリスさんはお着替え中だ。何にお着替えしてるのかはわからないが、とりあえず服を脱いでいるのはよーくわかる。
だって、この曇りガラスめっちゃ薄いんだもん!
フリスさんの山あり谷ありなわがままシルエットはハッキリ映るし、流石に肝心なところは見えないけどそこが逆にエロい。シルエットで大凡の仕草がわかる分、思春期真っ盛りの少年の想像力がフル活用されてヤバい。
「よぉぉーっし、気合入ってきたぞ。これは勝てるな、絶対に勝てる。負ける気がしねぇ」
ビキニパンツ姿の俺、謎の液体に満たされたプール、そしてお着替え中の幼馴染……
>俺は試されている!!<
いや、多分フリスさんや親父が言っていたメンテナンスっていうとても大事な事と関係あると思うんだけどね。やっぱりうふふな事を想像しちゃうよね? このぬるぬるなプールの中でフリスさんと
「タクロー、もういいですか?」
「ヘェア!!?」
はぅぁあ! まっ待って! もうちょっと気合入れようって瞬間に声かけるのやめてぇ!? 一気に心の準備が振り出しに戻っちゃうからぁ!!
【……報告、コバヤシ・タクローの】
えぇい、黙ってろぉ! 一々表示されなくてもわかってるよ、アミダ様ァ!
『あの……こちらの用意はもう……』
「え、ええと……ごめん! もうちょっと時間を!!」
お、落ち着け。落ち着くんだ、奇数を数えて落ち着くんだ……1……3……5……7……9……。
『では、失礼します。あまり力を入れないでくださいね、タクロー……』
11! 13! 15! 17……ええと、奇数って何だっけ!?
待て待て、落ち着くんだ。奇数が駄目なら偶数を数えて落ち着くんだ……! ええと、2!!
「いあ、大丈夫ですよ? 最初は緊張しましたけどー」
「〈調整〉は貴方にとって何よりも重要な事なんです。だから緊張を解いて、何も怖いことありませんから……」
「はい、もう大丈夫です……」
よし、完璧だ。俺の心は平常を取り戻した、
はっはっは、来いよ。フリスさんがどんな用意をしてきたのかは知らないが、小林くんの平常心を崩す事などぉ!!
「だから心配しなくても俺はァァァッァァァァァァァァ─────!?」
ボンッ!
キュッ!
ボンッ!
フリスさんの姿を目に捉えた瞬間、そんな頭の悪い効果音が脳内で瞬時に再生された!
「え、あの……どうしたんですか!? タクロー!!」
【……警告、警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神力:『平常』→『><』。測定不能。判定不能。未知の精神状態。心拍数の大幅な上昇を確認。一時的な興奮状態。
【……警告】
「あばばばばばばっばばば!!」
俺の目の前に現れたフリスさんは、白ビキニ姿だった。
_人人 人人_
> 白ビキニ <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄
白ビキニ、それは清楚さとセクシーさという相反する性質を同時に持つ逸品。セクシーの代名詞たる胸と腰だけを覆ったツーピースタイプの女性用水着……通称、ビキニを清純さの象徴たる純白で染めた罪深き聖衣。スレンダー体型が着ても、グラマー体型が着ても必殺の武器と化す有視覚者限定全自動超攻撃システム搭載の〈歩く青少年抹殺兵器〉……
_人人 人人_
> 白ビキニ <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄
反則ぅ! それ反則ぅ! フリスさんが絶対着ちゃ駄目な奴じゃん! 何その凶悪ボディ! 16歳だろ、16歳だろ!? ふざけんなよ!?
「タクロー……?」
いや、慌てるな。ここで慌てたら負けだ。
幸い、俺には十分に奇数と偶数を数える時間があった。平常心、俺の心には、平常心。そう、普通に話しかければいいんだ。普通に、長年交流のあった幼馴染に話しかけるかの如く、平常心で……。
「だばっ、だばばばばばばぁい! だばばばぁぁい!!」
────クソッタレェ!!
「……だ、大丈夫ですか?」
【……警告、警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ。心拍数の大幅な上昇を確認。興奮状態。肉体機能の一部に】
やめろぉ! それ以上言うな! お願い、黙ってて! これ以上、何も言わないでアミダ様ァ!!
「……大丈夫だ、問題ない」
「……本当に?」
「大丈夫です」
色んな意味でカチカチに固まってしまった俺を見て、フリスさんは少し恥ずかしそうに笑った。
「……わ、わかりました。それでは私も 〈 調整槽〉に入りますね」
彼女の腕がその豊かな乳房を自然と持ち上げ、細い指先が唇にそっと触れるのを見て俺は思わず息を呑んだ……
◇◇◇◇
「ふー、手間がかかる息子だよなぁ。全く」
コバヤシの父、タカシは地下室の外で妻の写真を見ながら呟いた。
「……何で、俺たちの子がこうならなきゃいけなかったんだろうな」
息子の前では決して言えない言葉。この国の命運を背負い、〈終末〉との戦いに身を投じなければならなくなった我が子の過酷な運命を憂い、タカシは目を曇らせる。
「そりゃ、誰かが選ばれなきゃいけなかったんだからな。俺の子だけはやめてくれ……なんて言えないよな」
〈終末対抗兵器〉の役目は必ず誰かが引き受けなければならない。
しかも、それ担うのは大人ではなく子供でなければならない。コバヤシの先代も、そして先々代も子供だ。だから我が子可愛さにその責務から逃がすという事は許されない。
先に戦った者達の親も、自分のような苦悩を抱いていたに違いないのだから。
「わかってるよ、タクローは任せろ。メイコのことも任せろ……それが、父親である俺の役目だ」
タカシは写真に映る妻にそう告げると、静かに写真を頭部の中に収める。目を電球のように光らせ、父として、大人として息子を支えていく決意を新たにした。
「……さて、そろそろだな」
タカシは腕を組み、そっと地下室の壁に耳を当てる。
『あううんっ!!』
すると地下室の中から突然、フリスの喘ぎ声が聞こえてきた……
「試しの白衣」-終-
<│\OYAJINGER/




