「泣いても笑っても、また明日」
俺、ヒーローになんか なりたくなかったって言えば……笑う? byたくろー
「……あー、疲れた」
俺はヘリコプターで家の前まで送ってもらった。
〈終末〉との戦いの後、錯乱する俺の所まで駆けつけた救護班とかいう人達に取り押さえられ、フリスさんの手で首筋にまた 怪しい注射薬 をブスリと注入されました。
『た、タクロー! 落ち着いて!!』
『ヴァアアアアアアアーッ!!』
『くそっ、コバヤシ君は我々が抑えるのでフリスさんは彼に安定剤を! 早く!!』
『わ、わかりました……!』
『ヴェアアアアアアアアアアアーッ!』
『お願い、これで落ち着いて……! タクローッ!!』
────ブスリ!
まぁ、精神安定剤か何かだと思いますけどね、いきなり取り押さえて強引に注射をぶっ刺すのはどうかと思うよ。
「今日はお疲れ様でした、タクロー」
「アッハイ……ありがとうございます」
「……あまり安定剤は使わせないでくださいね? タクローなら大丈夫だと思いますが、普通の人にとっては劇薬なので……」
そんな劇薬を躊躇なくぶっ刺してくるフリスさんがちょっと怖い。
でもその薬のおかげで正気を取り戻せたからもう良しとしよう。滅茶苦茶疲れたし、食欲もないし、さっさと自分の部屋で休むか……。
「それじゃあ、フリスさん……また明日ね。気をつけて帰るんだよ……」
「えっ、あの……」
「ん?」
「今日は、貴方の家でお泊りしようかと……」
え、お泊り……だと……!?
「えっ!? 何それ!?」
「えっ、だ、だって今日は〈終末〉との戦闘がありましたし……! それに宿泊の許可はもう頂いて……」
「ホアアアッ!?」
「え、ええと……ひとまず家に入りましょう。お父様やメイコさんも心配しているでしょうし……」
ちょっと待って!? この美少女が我が家に!? 嘘だろ!?
「い、いやいや! 流石にお泊りは……」
ガチャッ
「おー! おかえり息子よ! 今日も頑張ったなー!!」
家の前であたふたしている所にロボ親父が現れた!
うわぁ、雑ぅ! いつ見ても雑なデザインな顔してるぅ! ちょっと神様、せめてもう少し凛々しい顔にしてあげてよ! いくら別世界とはいえ親父様だよ!?
「あ、お父様!」
「お父様!?」
おい、親父! お前、フリスさんにお父様とか呼ばせてんの!?
ちょっと調子に乗り過ぎじゃない!? いくら息子の幼馴染だからっておふざけが過ぎるぞバカヤロー!!
「やぁ、フリスちゃんもお疲れ様! 今日は疲れただろー、泊まっていきなさい! ご飯もうすぐ出来るよ!」
「あ、あのっ、夕食の前に大事な……」
「はっ! そ、そうか! そうだった!!」
「え、何? 何の話?」
「少し待ってろ、息子よ! すぐに準備するからな!!」
俺が何の準備かを聞く前に親父は家の中に戻っていった。
「……あの、何の準備?」
「〈調整〉の準備です。今日の貴方は〈終末〉と戦闘しましたから……それに色々と不安なところもありますので……」
「……メンテナンスって何?」
「えっ!」
俺がメンテナンスについて聞くとフリスさんは目を見開いて驚愕する!
「そ、その事まで……ッ!?」
「え、いや……うん。俺自身はその事を知らないというか、身に覚えがないというか……」
「はうっ!?」
身に覚えがないと正直に言うとフリスさんは口を抑えて『そんな……』と言いたげな表情になった!
えっ、ひょっとして俺……いけないこと言っちゃいました?
でも、本当に身に覚えがないんすよ。俺は君のタクロー君じゃないんですから。あと晩飯とか抜きにしてもう寝たいんですよ。
「……ま、まぁ、今日はゆっくり泊まっていって。俺はもう寝るよ……」
「えっ!? ま、待って タクロー! その前に早く〈調整槽〉へ……!!」
「いやもう、明日でいいよ……明日の朝ね。とりあえず今日は寝かせて……」
「だ、駄目です! このままだと貴方は……!!」
「……頼むよ」
部屋に戻ろうとする俺の腕を掴んで引き止めるフリスさんに、俺は少々苛立ちながら言う。
「今は、休ませてくれ……何かもう、限界なんだ」
「あ……っ」
コバヤシ・タクローであれば絶対に見せない顔を目の当たりにしたせいか、フリスさんは思わず手を離した。
「で……でも、私は……」
「また明日ね……フリスさん。明日になったら……色々話そう、聞きたいことが沢山あるから」
「……」
フリスさんの悲しげな顔を見て少し思い留まったが、これ以上彼女の事を考える余裕も無かった俺は先に家に上がった。
「……あ、おかえり兄貴。今日もお疲れー」
居間から明衣子がひょこっと顔を出す。命をかけて守った妹の顔をじっくりと見る余裕も、今の俺にはなかった。
「……おーす」
「あれ? どこ行くの、兄貴? 今、おとーさんが」
「俺の部屋。すまんが今日は晩飯いらねーわ……何かもう疲れた」
「ふーん? まぁ、お疲れー……」
【……警告、警告、警告】
階段に足をかけた途端、目の前に赤い警告の文字がビッシリと表示される。
アミダ様、わかってるから。俺の元気が無くなってるくらい教えてもらわなくてもわかるから。そっとしておいてくれ。
【……警告、警告、警告】
うわ、うぜー。キツイわ、これキツイわー……これから暫く自分の体調を逐一知らせてくれる有難迷惑なAIと生きていかなきゃならんのか。
【……訂正を要求。本機能は】
うぜー。便利だけどそれ以上にうぜー! お願いだから放っておいて? 今だけでいいから! 今だけでいいからさぁ!
【……最終警告。能力開放の影響でコバヤシ・タクローの身体に重度の疲弊及び内部の】
「うるさい! 知るか、そんなもん! 寝たら治るだろうが! いいから放っといてくれ!!」
【……】
カッとなった俺に怒鳴られたからか、アミダ様はそれ以上何も表示しなくなった。
「……はー、嫌になるわ」
「おい、タクロー! お前、何処に行く!?」
今度は親父が俺を呼び止める。本当にもう勘弁して? お願いだから俺を休ませて!?
「……俺は、寝る」
「お、おい! 待て、今のお前は……」
「寝る!!」
「おい、タクローッ!」
俺はもう何も聞こえない振りをして階段を駆け上がる。そして部屋のドアを開け、制服姿のままベッドに飛び込んだ。
「……本当に、何なんだよ。何でこんなことになったんだ……」
昨日までは本当に、本当にいつもの日常だったんだ。
俺は、何処にでもいる普通の高校生で……何の取り柄もねえ一般人だった。
しょぼくれてるけど頼りになる親父が居て、少し生意気な可愛い妹が居て、何だかんだで仲のいい友達が居て……憧れの優しい先生が居て……
「どうして、サトコさんは先生じゃないんだよ。俺が道を間違えないように……ずっと見守ってくれるんじゃ無かったのかよ、沙都子先生」
……そのままで良かったんだ。女子にモテモテになりたいとか、優等生になりたいとか、スターになりたいとか、そういうのも望んでなかった! 異世界に行きたいなんて……願ってねえよ!!
「……ははっ、何だよ この手は。この顔は……これでも俺は人間かよ?」
【……肯定】
「は?」
【……コバヤシ・タクロー。種族:人類種D型甲種。同じく人類種D型のコバヤシ・タカシと人類種B型のコバヤシ・サヤコの第一子として誕生】
「……」
【……貴方は人間】
「はっはっ……どうも。嬉しくて、嬉しくて泣けてくるよ……」
こういう時だけは空気を読んで励ましてくれる人工知能アミダ様に少しだけ救われた俺は、化物みたいな手で両目を覆いながら眠りに就いた。
「……くっそ……」
……多分、眠ってしまうまでの間、俺はずっと声を殺しながら泣いていたと思う。
◇◇◇◇
「……あーあ、あの馬鹿息子め。もう知らねーっと」
「お、お父様……私は」
「いいよいいよー、フリスちゃんは気にしなくて。あの馬鹿にはいい薬になるだろ」
「で、でも」
「それより晩ごはんにしようか。今日はあいつの好きなカレーを作ったんだけどー……あのザマだからもう放っておこう」
コバヤシを心配するフリスとは対象的に、父親であるタカシの対応は素っ気ないものだった。
「……」
「あ、フリスちゃんもお疲れー……ってどうしたの?」
「うーん、別に? 冷める前に晩ごはんにしようかメイコちゃん」
「ん、はーい。フリスちゃーん、ご飯にしよー?」
「あっ……はい。いただきます」
「君が気にすることはないよ。それに、何だ……あいつにもああなる時があるってことさ」
「そう……ですね」
フリスはコバヤシの部屋に続く階段を少しの間見つめた後、言いようのない不安にズキズキと軋む胸をそっと撫でて言う。
「……あのタクローにとって私は……違うんですね」
ギュッと手を握りしめ、身を焦がすような不安を振り払いながら彼の居ない食卓へと向かった。
「泣いても笑っても、また明日」-終-
/KOBAYASHI\




