エピローグ「白い想い人」
そして彼女も動き出します。今までと違う彼に会うために、ほんの僅かな期待を胸に。
「あ……」
そうそう、ちゃんとフリスさんの声も聞こえてたよ。ちょっと照れくさかったけどな……。
「ああ……タクローッ!」
フリスさんは泥だらけになった俺に何の躊躇もなく抱き着いてきた。
あ、柔らかいのが当たってるー。それに凄くいい匂いがするー。もー、可愛いなぁー。本当にこの子、可愛いなぁー!
精神状態:『注意』→『不良』
でもね、ちょっと今の俺には君を抱き締める余力はないかな。ちょっと色々と衝撃的すぎて……うん。
「貴方は本当に、凄いです……!!」
「そーですか」
自分でもビックリでしたよ。
俺TUEEE!ってレベルじゃなかったですね、アレは。チートの一言で済ませられるような強さじゃなかったと思います。
……冷静になってみればあの力ヤバすぎじゃね? ちょっと自分で怖くなってきた。この子を抱きしめたりしたらグシャッとなったりしないか? だって、あんな……
「大丈夫ですか? 怪我は……どこか痛むところは? 何処かに異常を感じるなら言って下さい……私が調整しますから」
「うーん、頭が痛いですね」
正直に言うと全身の到るところに異常が見られます。はい、異常しか見当たりませんね。あははー、ところでメンテナンスって何だろう?
「頭!? そ、それは大変……早く調整槽に!!」
「あー……あー……あーっ! 本当に、もぉおおー!!」
ちょっとは頭を休ませてくれよぉ! もう一杯一杯なんだってばぁ!
確かに君みたいな超可愛い女の子にここまで心配されるなんて男冥利に尽きるもんですけどね! でもですねぇ!
俺は、君を知らないの!!
君がどんなに俺の事を知っていても、俺は君の事を何も知らないんだ! いや、そのスリーサイズとか……俺の事をゴニョゴニョ……なのは知ってるけど。他は本当に全然知らないんだよ!!
「タクロー……?」
だからそんな目で見るのやめてぇえええー!
胸がキュンキュンするやら、ズキズキするやらで苦しいのぉおおー!!
あとOPPAI当てすぎぃ! 狙ってるよね、絶対にわざとだよね!? そんなにぐいぐい当てるのは絶対に故意だよねぇ!? おのれ、フリスさん! 見た目に似合わずとんでもねぇ肉食系だ……!!
「……大丈夫ですか?」
でも、ぶっちゃけ好きです! 大好きです! 初めて会った時から一目惚れでした!!
「……何でも、ないです。フリスさん」
……だからこそ辛い。
だって、俺は小林拓郎で……彼女が心配しているのはこの身体の持ち主のタクローなんだから……。
「あの……」
「はい、何ですか。フリスさん」
「……まだ、私の事を思い出せないのですか?」
ははは、勘弁してよ。
本気で殺しに来てるよ、この子。マジでこれ自覚なしでやってるならとんだ小悪魔だよ。男を駄目にするどころじゃないよ。
「あははー。うーん……何か……もう」
もう、ゴールしてもいいよね……そろそろ僕、限界です。
「訳わかんえええええーっ!!!」
「タ、タクロー……」
「何だよ!?」
「本当に、私が わからないのですか……? 私は……貴方の……ッ」
トドメを刺しに来た!! フリスさん、トドメを刺しに来たよ!?
【……要注意、要注意、要注意】
畜生、タクロー……てめぇ畜生! こんな可愛い子とどんな関係だったんだよ! ふざけやがって、ふざけやがってぇええー!!
「ヴェァァアアアアアアアアーッ!!!」
俺はもう叫ぶしか無かった。
そりゃ叫びたくもなりますよね、なりません!?
「もうやだー! 元の世界に帰りたぁあーい!!」
「タクロー、しっかり! 誰か、救護班を!!」
「アッハイ! もしもし、応答願います!! コバヤシが先程の戦闘で重度のPTSDを発症……、繰り返します! コバヤシが……」
「ヴァアアアアアアアアアアッア────!!!」
「タクロー! しっかりして、タクローッ!!」
あー、女の子の前で錯乱して喚き散らしてカッコ悪いなぁ! でも許して! これが小林くんの限界なんです!!
俺はコバヤシ・タクローみたいなヒーローじゃない。ただのフッッツーな高校生なんだからさ!!
「……やっぱり、あのコバヤシ君は好きになれないわね」
『どうかしたのか、七条?」
「……独り言です、気にしないでください高槻主任」
『……そうか。だが、彼は』
「わかっています。でも、今までみたいにはいかないかもしれません……」
取り乱すコバヤシを呆れ顔で見つめながら七条はため息交じりにボヤく。
『まぁ、世の中には俺たちの理解が追いつかないことがまだまだ沢山あるってことだな』
「……はぁ」
『あまり深く思いつめないほうが良い……それが、お前のためだ』
通信機越しに彼女の重いため息を聞いた高槻は、何とも複雑な気持ちになりながらも七条に励ましの言葉をかけた……
◇◇◇◇
「あはは、凄いなぁ。本当に……圧倒的じゃない」
荒れた市街に佇むビル。〈終末〉の攻撃を辛うじて免れた建物の屋上で、一人の少女が座っていた。
「そうだね。あの人が負けるはずない……だってあの人はボクのタクロー君なんだから」
少女の髪は雪よりも白く、まるで細い光の糸が合わさったかのようにも見える白光の長髪を後ろで二つに結び、薄い肌色やまつ毛までも白く染まったその姿は幻想的としか言いようがない美しさであった。
だがその小柄な背丈、まるで妖精のように可憐な顔立ち……不思議な事に〈白い少女〉の外見は彼女によく似ていた。
「でも……おかしいな。少しおかしいな……」
彼女はいつものように遠くから〈彼〉の様子を見守っていた。
この世界を脅かす〈終末〉を滅ぼす存在……彼女が愛してやまないたった一人の少年。しかし、彼女がどれだけ彼を想おうともその声はまだ彼には届かない。その肌に触れる事も……叶わない。
〈白い少女〉に出来る事は、ただ見守ることだけだ。
だが、彼女は不思議に思った。今の彼は、いつもと違う。
「まさかね……。そんなことはありえない」
何百回、何千回……それこそ数え切れない程に彼の日常を見守ってきたが、最初を除けばそんな奇跡は起こらなかった。だが、時の概念を忘れてしまう程の時間を彼を見守る事に費やしてきた彼女だからこそ……この結論に思い至った。
今の彼は、覚えているのではないか?
「でも……でも、もし……もしあの人が……」
〈白い少女〉の顔に眩い期待の色が浮かび上がる。もしかすれば、もしかすると……今の彼ならばと。
「でも、一体どうして……昨日までは……」
しかし彼女の頭には疑問が残った。昨日までの彼は間違いなく今まで通りであった。何故、今日になって突然様子が変わったのか? その事が彼女の胸に言いしれない不安を抱かせた。
「……直接聞けば、わかるかな。あの人に」
〈白い少女〉は立ち上がる。そして地上200mはあろうかという高いビルの屋上から歌いながら身を投げた。
「しあわせなら、てをたたこう♪」
「しあわせなら、てをたたこう♪」
そして地上まであわや数mといったところでくるりと身を翻し、音も立てずに地面へ降り立った。
「しあわせなら、たいどでしめそうよ~♪」
彼女は子供のように楽しそうな声で歌う。
「ほら、ふたりでてをたたこう♪」
その表情は楽しげで、まるで欲しかったものが今まさに手に入ろうとしているかのような……そんな喜色満面の顔であった。
「しあわせなら、てをたたこう♪」
「しあわせなら────」
少女は歌いながら歩き出す。住民が逃げ去った人のいない寂れた町で、たった一人で。奇しくもその光景は、彼が光の中で目にしたあの光景に酷似していた……。
エピローグ「白い想い人」-終-
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