「負けんなよ」
愛する家族の声が、彼を想う者達の祈りが、届かない筈がないのです。何故なら彼は KOBAYASHI なのだから
『……酷い。〈終末〉の一撃で町が……!!』
時はコバヤシを乗せたヘリコプターがスワノモリ町に到着する少し前に遡る。
「……何よ、あれ」
「嘘、嘘嘘……スワノモリ町って……!!」
「どうしよう、叔父さんが住んでるの……あの町……叔父さんが住んでるの! ねぇ、どうしよう!!」
オオトリ中学校地下に設けられた緊急避難シェルターで、生徒達は緊急ニュースを見ていた。
「スワノモリ町って……もうこの近くじゃないの! すぐにここまで来ちゃうよ!?」
「ねぇ、逃げようよ! 早くここから……!!」
「何処に逃げんのよ。あんなデカイのから……。もう、どうしようもないじゃん!」
生徒達が〈終末〉の脅威を目の当たりにするのは今日が初めてではない。
〈終末〉は月に二度、多い時は週に一度に現れる。その目的や正体は一切不明。わかっている事があるとすれば、〈終末〉は人類含めたあらゆる生物の天敵であると言う事だ。
それはただ蹂躙する。街を、命を、土地を、全てを。それは目に映る全てを破壊するまで止まらない。何処に逃げようとも、生きている限りは〈終末〉の脅威から逃げる術は無いのだ。
「……大丈夫」
「……メイちゃん?」
「絶対に、大丈夫……今すぐにでもアイツはいなくなるから……」
「で、でも……あんなに強そうなの今まで見たこと無いよ……」
「そうだよ! もう無理だって!! やっぱり私たち」
「……負けないから、絶対に」
避難していた生徒の中にはメイコの姿もあった。
自宅では強気に振る舞い、実の兄に膝蹴りを食らわせる彼女も、目前に迫る〈終末〉を前にしては他の生徒同様に恐怖を隠しきれない。ましてや、スワノモリ町は思い出の町だ。
「だって、兄貴が……」
「……」
「あたしの兄貴が、あんなのに負けるわけないんだ!」
『スワノモリ町上空に一台の大型ヘリが飛行しています……あれは……!!』
「メイちゃん……」
「絶対に、兄貴は負けないよ……!」
メイコは自分に言い聞かせるように震える声で言った。
『間違いありません、あれは……〈終末対策局〉のヘリです!』
スワノモリ町上空で決死のニュース報道を敢行する女性リポーターが興奮気味に言う。シェルター内の大型ディスプレイに映し出された大型ヘリの姿を見て、生徒達は一斉に立ち上がった。
「……来た、来た来た来た!」
「頼むぞ畜生! あの町にはじいちゃんが住んでたんだ……、俺のじいちゃんが住んでたんだよ!!」
「ぶちのめしてくれよ! あのクソ野郎を……今までみたいに!!」
人類は〈終末〉を倒す術を持たない。
例え国内の全戦力を投入しても、他国から援軍を募ろうとも、自国を犠牲に核兵器を撃ち込もうとも、〈終末〉を殲滅する事は出来ない。ただ犠牲者が増えるだけだ。世界中の戦力が結集しても、たった一体の〈終末〉を倒す事はできないのだ。
だが、彼は違う。
『来ました……来てくれました! 今日も《彼》が!!』
人類が倒せない〈終末〉を殲滅できる唯一の存在。
命あるもの全ての敵である終末の天敵
「……兄貴、お願い」
あの〈終末〉を倒し、日本を救える唯一の希望。
「あいつを、ぶっ倒して!!」
それが〈終末対抗兵器〉……OVER PEACE
『もう大丈夫です、彼が来たからには……私たちの明日は約束されました!!』
それが彼、日本が誇るコバヤシ・タクローだ。
『さぁ、皆さんご唱和ください……コバ……あっ!?』
日本の明日を担うコバヤシ・タクローが今、自分を乗せてきた大型ヘリから落下した。
「……」
「お兄ちゃん……気合入りすぎて、足踏み外したんだろうね……」
「うわ、ださっ……」
「……死ね、クソ兄貴」
堂々と日本中に情けない姿を晒す兄の姿に、思わずメイコは毒づいた。
『え、ええと……大丈夫でしょうか。結構な高さから……あ、起き上がりました!』
「そりゃ、あのくらいじゃ死なないよね」
「死なれたら困るしな」
「すげーな、今日のコバヤシ。滅茶苦茶体張ったパフォーマンスじゃん」
「この高さから足踏み外しても『僕なら平気だよ!』って子供にもわかりやすく教えてくれてるんだろうなー。すげーぜ、コバヤシ」
「でも下手したら子供が真似するよね、あれ」
兄が醜態を晒したのに周囲に褒められるというよくわからない状況にメイコは耳を閉じて顔を真っ赤にする。
「ううぅ……!」
「メイちゃん、泣かないで……!」
「わかる、その気持ちはわかる……でも今は我慢して! 兄貴が帰ってきたらぶん殴ればいいからね!!」
「そうそう!」
羞恥心やら落胆やらその他諸々で涙目になっていたメイコを友人達が励ました。
だが彼女は知らない……いや、この世界の誰も知らないだろう。例え正直に伝えても、誰も信じないだろう。
今の彼は、皆が知っているコバヤシ・タクローではないという事を。
『え、ええと……あ、大丈夫そうですね! えー……ゴホン、失礼しました』
出鼻を思い切りくじかれた女性リポーターだったが、プロ根性で何とか気を取り直して息を整える。
『日本の皆さん、見えますか!? 彼です……ようやく彼が来てくれました!!』
「うおおおおおおー!」
「頑張れ、コバヤシィィィー!!」
「負けんなよ、負けんなよ! 絶対に負けんなよぉおー!!」
シェルターに避難した全員が彼に熱い声援を投げかける。
このシェルターだけではない。日本中の到るところ、このニュースを目にしている全ての人々が声を一つにして叫んだ。
「コ、バ、ヤ、シ!」
「コ、バ、ヤ、シ!!」
「コ、バ、ヤ、シ!!!」
日本中の声援を一身に受け、決戦兵器コバヤシは迫りくる巨大な〈終末〉と対峙する……そして
『頑張って、コバヤシ! 今、日本中の皆が貴方を……!!』
>ドゴシャァアアアアアン<
『……あれ?』
巨人の大きな、とてつもなく大きな拳の一撃で叩き潰された……。
「……」
「……」
「……ほぇ?」
彼を称える声は一瞬で途切れた。
コバヤシは〈終末〉の一撃でタワービルごと潰され、シェルターにまで響く轟音と共に土煙の中へと姿を消した。
「……え、あれ……あ……」
「……やっぱり、無理だよね。あんな……デカかったらさぁ……!」
暫くの静寂の後、周囲の者達は崩れ落ちる。
コバヤシが負けた……その最悪の結末に人々の頭の中は絶望で一杯になった。そして、あのコバヤシが敗北したという事はこの国が滅びる事を意味する。
「終わりだ……もう、終わりだよ!」
ここに避難した全員……否、この国の全ての生きるものと共に。
「……」
「……メイちゃん……」
「……負けんなよ、兄貴」
「……え?」
『皆さん……落ち着いて聞いて下さい。今、私たちの……』
絶望に包まれる日本の中で、それでも決して絶望しない者がいた。
「負けんなよ、負けんなよ、負けんなよ……!!」
相手がどんなに強大であっても、彼の勝利を信じて疑わない者がいた。
「あんな奴に……ッ!!」
その一人が彼女、コバヤシ・メイコ。コバヤシの血を分けた妹だ。
「あんな奴に負けんなよ、クソ兄貴ィィーッ!!」
────ガコォォン!!
メイコが叫んだ瞬間、コバヤシを叩き潰した筈の巨人の腕が勢いよく千切れ飛んだ。
『……え!? 何、何が!?』
『うわっ、何か飛んできたぞ……何だあれ……!?』
『腕だ……、あいつの、巨人の右腕だ!!』
「……!!」
メイコは思わず拳を握りしめた。先程まで堪えていた涙が自然と頬を伝う……だがその涙は悲しみの涙ではない。
「やっちゃえ……、兄貴!!」
兄の勝利を確信した、喜びの涙だ。
『ああ……見て下さい……! 土煙の中から……! 見えますか、皆さん! あの光が……!!!』
決死の報道を続けるリポーターも思わず感動の涙を流す。
『無事です! 彼はあの攻撃を受けても……全くダメージを受けていません!!』
絶望に包まれたシェルター内の空気は一変し、再び彼を称える声が木霊した。
「いけぇええええええええええええええー!!」
「コバヤシィイイイイー!!」
「ぶっ飛ばせぇええええー!!」
彼に、この声援が聞こえているのかはわからない。
「やっちまえ、やっちまえ、やっちまぇえええ~!!」
「メイちゃん! やっぱりメイちゃんのお兄さん凄いよ……! めっちゃ凄いよ!!」
「当たり前じゃん……! 当たり前じゃん……! あたしの兄貴が……あんなのに負けるわけないんだから!!」
だが、このシェルターに木霊する生徒達の、そして妹であるメイコの声が届いたかのように……
コバヤシ・タクローは、眩い青色の光を身に纏いながら〈終末〉に突撃した。
「負けんなよ」-終-
\MEIKOCHAN/




