「再会」
きっとその時の自分は、今までの人生で一番正直だった。
「はい、ここの文章を英語で訳して下さい。鈴木くん」
「はい、If you can dream it, you can do it.(夢を見ることができれば、それを実現できる)です」
「素晴らしいです。この言葉は1900年代を代表するエンターテイナー、ウォルト・ディスティニーが遺したものです。彼は大きな夢がありましたが、その夢を実現する前に……」
ああ、頭に何も入ってこないよ……。
一限目は英語の授業だったか……いや、もう授業なんてどうでもいいや。ああ、沙都子先生。あなたはどうしてあんな姿になられたのですか。
「……では、この文章を英語で訳して下さい。コバヤシくん」
「……」
「コバヤシくーん?」
「……死にたい」
「はい、素晴らしい回答をありがとうございます。減点させていただきますね」
「えっ、あっ!? すみません!!」
ボケッとしているうちに英語の先生に呼ばれていた。しかも減点された。はっは、この世界の先生ホントにヒデェや!
「コバヤシくん、この文章を英語で訳して下さい」
「え、えーと……どの文章ですか」
バケツを逆さまに被ったような奇抜な頭の英語教師が不機嫌そうに俺を見つめる。
逆さまバケツ頭の中心にあるカメラレンズみたいな眼がぐるぐる回ったり、信号機よろしくチカチカ光って気持ち悪い。なんだこの頭……シュールすぎるだろ。
「はい、コバヤシくんは駄目みたいなので次ー」
「あっ……すみません先生……」
「流石だぜ、コバヤシ」
「テスト近いのに余裕に満ち溢れてるな」
「そりゃーね、幼馴染に教えてもらえるもんね」
「付きっきりでね」
「泊まり込みでね」
「ははは、羨ましいなー」
【……警告、警告、警告】
あれ、急に教室の雰囲気が一変したぞ!? 何故だ……何故みんなそんな刺すような視線を俺に向けるんだ。俺、何かみんなに悪いことしたのか!?
「……なぁ、鈴木。俺なんか悪いこと」
「気安く話しかけないでくれないか、コバヤシくん。反吐が出そうになるよ」
隣の鈴木は大きな目を真っ赤にして冷たい言葉を吐く! 何でだよ! おかしいよ、同じクラスの仲間だろ!?
\カーン、カーン、カーン、カーン/
「ん? 何の音……」
「お、おい……これ……」
「まじかよ!?」
「皆さん、落ち着いて。必要最低限の荷物を持って大至急体育館に集まって下さい!!」
何だ、こんなサイレン聞いたことないぞ!? 何が起きてる!!?
「え、何? 何が……」
『終末警報発令、終末警報発令。日本海付近に〈終末〉出現の兆候が確認されました。生徒の皆さんは先生の支持に従い、大至急体育館に集まって下さい。繰り返します。終末警報発令、終末警報発令……』
警報!? え、何!? シュウマツって何ぞ!!?
「え、ヤバいの? 鈴木くん、何か起きるの?」
「本当に君は余裕だな……そりゃ君は大丈夫だろうけどさ……」
「へっ?」
『2年D組のコバヤシ・タクロー君、聞こえますか? 至急校長室まで来て下さい。繰り返します。2年D組のコバヤシ・タクロー君……』
え、校長室!? ナンデ!? 生徒は体育館に行くんじゃないの!!? 何故に我だけ校長室へ!!?
「え、何……」
「コバヤシィ!」
「頼んだぞ、コバヤシ! お前だけが頼りだ!!」
「ほっ!?」
「こういう時だけお前を頼って悪いと思うけどさ……本当に頼む!」
「頑張れ、応援してるぞ……応援してるぞ! コバヤシ!!」
「な、何だよお前ら……急にそんな」
「勝てよ、絶対に勝てよ!? 負けたらお前……絶対に許さねぇからな!!?」
さっきまで殺気全開で俺を睨みつけていたクラスのみんなが急に俺を頼ってくる! 一体、どういうことなの!?
「え、え……何……」
「タクロー!!」
お向かいの女子校に居るはずのフリスさんが突然教室に入ってきた!
「フ、フリスさん!? いきなりどうしたの」
「急いで!」
「え、何……まさかみんなの前で!? ま、待って! そんなことされたら僕、殺され」
「急いで下さい、時間がありません!」
「ふおっ!?」
フリスさんは俺の手を掴み、勢いよく引っ張りながら教室を出る。
「頑張れよー!」
「コバヤシーッ!」
「今日も勝てよー!」
俺が教室を出た後もクラスのみんなが熱い応援の言葉を投げかけてくる。いや、俺のクラスだけじゃない……他のクラスの人も、すれ違う先生までも俺に声をかけてきた。
「頼んだぞ、コバヤシ君!」
「君なら負けないと思うが……頑張ってくれ! 応援しているよ!!」
「コバヤシ! 負けんなよ!!」
「コバヤシ!」
「コバヤシ!」
「コバヤシィ!!」
>突然の小林コール<
もうわけがわからないよ。何なのよ、この世界。僕の理解能力限界突破よ、勘弁してよ。
「あ、あのさ! 何処に……」
「校長室です……サトコさんがもう到着してるって!」
「え、さと……!?」
「サトコさんです!!」
サトコ……沙都子先生!?
え、到着? 沙都子先生はあのオカマになったんじゃないの? ちょ、ちょっと待ってよフリスさん。いい加減そろそろ説明してよ!!
「だから……一体何が起きてるんだよ!?」
「〈終末〉です! 私たちの予想よりも早く……〈終末〉が来るんです!!」
「シュウマツって何……ッ!!」
フリスさんは校長室の前で立ち止まる。
ドンッ!
急に立ち止まられたもんだから俺は彼女に思いっきりぶつかった。
「うおおっ!!」
「きゃっ!」
そして不可抗力でそのまま彼女を廊下に押し倒す形になった……。
「……」
「……あ、あの……ごめんね? その、急に」
うおっ、おっぱいでかっ!
精神状態:『危険』→『平常』。精神が危険から平常まで回復。一時的な興奮状態。
押し倒されたフリスさんのたわわが仕事熱心な重力に引かれて ぽよん とたわんで豊満さを主張する。
「あ、あの……」
いきなり押し倒されたからか、フリスさんも恥ずかしそうに口に手を当てて俺から目を逸らす。な、何たる破壊力! 思わずそのたわわに吸い込まれ……
「うわわわっ!? ご、ごめん!!」
……って、待て! 落ち着け、落ち着くんだ小林くん……俺たちはまだ未成年だ。それに今は非常時みたいだし、すぐに退いて
「タ、タクロー。その……今は」
「一体、どうしたんだコバヤシ君は! さっきから放送で」
「私が呼んできます、ですから校長先生はこのまま……」
「あっ」
「あっ」
あーらら、凄いタイミング。うん、そりゃそんな顔になるよね。
「……コンニチワ」
「……」
「……」
校長室から出てきたスーツ姿の太ったヒグマと、黒髪のメガネ美人はフリスさんを押し倒した俺に『何してんだこいつ』と言いたげな視線を突き刺してくる……。
「……今日も、元気そうね。コバヤシ君」
って、沙都子先生ェェェェェ────!?
【……注意、注意。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神状態:『平常』→『注意』。精神が平常から注意まで悪化。
【……注意】
何で先生が校長室……うわぁ、見ないで! そんな眼で見ないでぇ!!
先生だけにはそんな眼で見られたくないのぉおおおおおー!!!
「あ、あの……これは」
「ご、ごめんなさいサトコさん。今日のタクローは少し……調子が悪いみたいで」
「そうかしら? 私には絶好調に見えるんだけど?」
「違うんです、これは違うんです! 急に立ち止まられたから勢いで……!!」
「いいのよ、コバヤシ君。フリスちゃんとの関係がどんどん進展していくのも別に悪いことだとは思わないわ。でもね……」
「あ、あのぉ! 聞いてください……これは!!」
「時と場合と場所は、弁えなさい??」
沙都子先生が俺に向けた冷たい視線が、既に限界だった俺のハートを深く傷つけた。
精神状態:『注意』→『要注意』。精神が注意から要注意に悪化。精神的状態に大きな異常アリ。
先生、聞いて下さい。俺はもう本当にわからないんです。
どうして変な夢を見たと思ったらこんな姿になっていたのか、何で突然変な世界に来ちゃったのか、この町で今何が起きているのか……。
【……警告……】
なのに、何で誰も教えてくれないんだよ!!
「……タクロー、そろそろ」
「……」
「あの……?」
「何で、聞いてくれないんだよ。俺は……俺は……」
【……警告、警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ。状態異常発生、状態異常発生】
「コバヤシ君? どうかしたの? まさか体が……」
「俺は、本当に……本当に何も知らないんだよ!!!」
精神状態:『要注意』→『危険』……危険値。精神が要注意から危険値に悪化。精神状態に多大な異常アリ。
状態異常:『錯乱』
「知らないんだよ! 何もわからないんだよ!!」
「た、タクロー……?」
「俺は違うんだよ! アンタたちの知ってる俺じゃないんだよ! 俺は、俺は……!!」
「タクロー……」
我慢の限界が訪れた俺は、その場で全てをぶち撒けた。
「俺は、タクローなんかじゃないんだよ!!」
もう耐えられなかった。
少しでも耐えようとしたのが間違いだった。俺は……遠くから聞こえてくるサイレンをかき消すくらい大声で喚き散らした。
その言葉を俺の口で聞かされた彼女達の気持ちなんか、考える余裕はなかった。
「再会」-終-
>KOBAYASHI<




