「変わるもの、変わらないもの」
安心してください。友人ですよ
「あー……やってらんねー……」
あの後、俺は迷わずに何とか自分の教室まで辿り着いた。
【……報告、報告。コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ】
精神状態:『要注意』→『注意』。精神が要注意から注意に回復。精神状態の安定性に不安アリ。
【……注意】
「慣れればこの視界の文字もあまり気にならんな。そこそこ無視できるようにはなってきたし、こいつらの姿も今じゃそこまで……」
授業が始まる前から疲労困憊の俺は自分の机でぐったりしながら、目線だけを動かして教室を軽く見回した。
「……いや、やっぱ気になるな」
案の定、クラスメイトの姿もおかしい事になっています。
はい、どうおかしいかと言いますとね……アッターマが二つあったり、そもそもアッターマが見当たらなかったり、なんか直接脳内に語りかけてくる猛者がいたり、目が一つしかなかったり……
【……警戒……】
視界の文字は俺の精神状態、健康状態、意識を向ける対象によって色々と変化する。見覚えのない相手、見るからヤバそうな相手に警戒心を向けた場合はこんな風に【警戒】と表示されるんだ。
【警戒】【警戒】【警戒】【警戒】【警戒】
【警戒】【警戒】 >俺< 【警戒】【警戒】
【警戒】【警戒】【警戒】【警戒】【警戒】
……という感じに俺の周囲には黄色い【警戒】の文字が頭上に表示された魑魅魍魎がわらわらといらっしゃいます。わーい、すっごい目がチカチカするぅー!
「ま、まぁ、変わったのはコイツらだけじゃねえか……」
俺は自分の手を眺めた後で、教室の窓から外の景色を見た。それにしてもあの一際目立つデカい木は何だ? うっすらと光ってるようにも見えるんだが……
「おーっす、おはよー。横田ぁ、一限目の休み時間に購買行こうぜー」
「え、別にいいけど」
「……そうか、あの一つ目小僧の正体は横田か。割と違和感ないな」
クラスメイト達の会話や仕草から変わったのは見た目だけで中身に大きな変化はないようだ。
「……」
だからこそフリスさんの存在が際立って異質に思える。
ひょっとして俺が覚えてないだけで元の世界にもフリスさんのような子が居たのだろうか。流石にないと思うけど、もしそうだったらと思うと……
「……ああ、駄目だ。頭がこんがらがって来たぁ……帰りてー」
「よー、コバヤシくん。おはよーう」
「あー……おはよ」
【……警戒、警戒、警戒】
朝っぱらから憂鬱な気分を抱える俺に気安くかけてきた……ええと、誰だろう。
……鼻が無くて牙がびっしり生え揃った四角い口がある厳つい顔。細かな茶色い棘がドレッドヘアーのように頭にびっしりと生えたやべー姿の怪人が目の前にいるんですけど。背丈は同じくらいなのに威圧感が凄いんですけど!?
(え、誰……? この人誰……!? 知らない! 僕、こんな怖いクラスメイト知らない!!)
「なんだよ、ジロジロ見て。別にお前の妹を後ろからこっそり尾行して、後ろ姿を写真に収めたりしてねーよ?」
あ、こいつ田中だ!!
【……報告。警戒レベルを4→0に訂正。警戒解除。警戒解除】
どんな厳つい姿でもこいつが田中だと認識できた瞬間に、ただの田中に見えてきた。そしてこいつが田中とわかった瞬間に下がる俺の警戒レベル。相手が田中だからだろうか。
ところで田中、お前……俺の妹を尾行しただと? 写真に収めただと??
「……」
「本当だって、俺はお前の妹さんの後をつけたりしてねえって! 」
奴の口から漏れた汚らわしい言霊が、俺の心から憂鬱を吹き飛ばした。
【……注意。コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ】
精神状態:『注意』→『不良』。注意から不良に回復。特定対象への攻撃性が異常に増加。危害を加える可能性大。
筋力:『B-』→『A+』
「……ほう、正直でよろしい。放課後黙って屋上に来い」
「いや、本当だって! 信じてくれよ、親友だろ!?」
「正直に言えば……妹にこのことを教えるのはやめてやろう。だが言わなければ、貴様が今まで」
「ごめんなさい、後ろ姿を何枚か撮りました。今から削除します。許してくださいお兄さん」
>誰がお兄さんだ、この野郎!<
姿だけが厳つくなった変態とかもうどうしようもねぇな田中。やはりお前は、今のうちに息の根を止める必要が……
「おー、コバヤシ。今日もひでえ顔だな」
「おい、誰がひどい顔……」
聞き捨てならない台詞を聞いて振り向くと、そこにはドラゴンが立っていた。
【……警戒、警戒、警戒】
はい、ドラゴンです。身長は180cmくらいで、羽はないですけど。今、刺さりそうなくらいにトゲトゲの赤い鱗に覆われた人型ドラゴンが学ラン姿で俺の前に立っています。ええと……こいつは……
「ん、どした?」
「……安、藤?」
「何だ、今の間は」
このドラゴン、安藤だった!
【……報告。警戒レベルを4→0に訂正。警戒解除】
いやいや待てよ、無理あんだろ!
何だその姿……まだ田中の方が受け入れられるぞ。何だよその姿、普通にかっこいいじゃん!
でも、そんな尖った鱗だらけの体でどうやって学ラン着たの!? 人間に近い体型ではあるけど、その鱗とめちゃくちゃ鋭い爪が生えた手で服を着るのは無理があんだろ!?
「いや、すまん……なんでもない」
「それはそうとコバヤシよ、お前さ」
「ん?」
「今朝も可愛い女の子とお楽しみでしたね?」
ドラゴン安藤がその言葉を呟いた瞬間、周囲の空気が凍りついたような気がした。
【……警告、警告、警告。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神状態:『不良』→『要注意』。精神が不良から要注意まで悪化。精神状態に問題アリ。多数の警戒対象から敵対反応を確認。生命の危機を察知。コバヤシ・タクローに重篤な被害が及ぶ可能性アリ。
【……警告】
「な、何のことかな……」
「いやぁ、別にいいんだよ? 全然、気にしてないよ? 俺たち友達だもの」
友達に向ける顔してねぇよ!?
ああ、まずい。周囲の視線が痛い。やはり見られていたか……安藤の家は俺んちと近いし、同じ通学路使うもんな。
「ほほう、可愛い女の子とお楽しみか……」
ああっ、田中も食いついてきた! やだ、怖い! 唯でさえおっかない見た目が更に恐ろしく見える!
「……」
まずい、まずいぞ。フリスさんの存在が大きすぎてコイツらに意識を向ける余裕がなかった! ああ、何ということだ! 俺としたことが女が絡んだ時のコイツらが如何に危険であるかを忘れていたとは……!!
【警告、警告、警告……】
俺の視界が赤い警告の文字に埋め尽くされている! まずい! 生命の危機!!
「な、何が望みだ……」
うぐぐ、こうなったら仕方ない。ここは一先ず奴らの要求を飲むしかない。もし下手に怒らせたら他のクラスメイトまで同調して動き出してしまう。そうなったら俺に生き残る術はない……!!
「その前に聞きたいことがある。お前、彼女に何かしたか?」
「な、何かとは……」
「言わせんな殺したくなる」
「いや、別に何も……」
「本当だな?」
安藤は目を血走らせながら俺の肩を掴む。
「ほ、本当だって。俺が女の子に手を出せるわけないだろ! フリスさんには指一本触れてねえよ!!」
「ははは、そうだよなー!」
すると突然、安藤は笑い出して肩をバンバンと叩き出した。
「お前に彼女に手を出す度胸なんてあるわけないもんなー!」
「おいおい、何だよ! 可愛い女の子ってフリスちゃんの事かよー! 驚かせやがってー!」
「……へ?」
今度は田中が安心したように笑顔になる。先程まで張り詰めていた空気が一変、殺気立っていたクラスメイト達も落ち着きを取り戻す。
「まぁ、フリスちゃんに手を出してないならいいんだ。許そう」
「手を出してないならなー、仕方ないなー。あの子とお前は一緒じゃなきゃいけないからなー」
ど、どうなっている? 『一緒じゃなきゃいけない』とは? まさか、俺とフリスさんはコイツらが認めざるを得ない程の関係に!? ただの幼馴染じゃないの!?
「そ、そうだぜー。俺があの子に手を出すわけないだろー? はっはっはー!」
よくわからんが命は助かりそうでよかった!
「まったく、安藤は相変わらず性格悪いなー!」
「ははは、褒めるなよー。照れるだろー」
「てっきり俺はコバヤシが新しい女を作ったのかと思ったぜー!」
「そんなことしねーよ! あんな可愛くて 積極的な彼女 が居るのに他の子に手を出すわけねーだろ!」
そうだね、俺達は友達だもんね! 例え世界と見た目が変わっても俺たちの友情は不滅だ!
「そうかー、積極的かー!」
「うん、積極的だよ。道端でいきなり俺の上で馬乗りになってさ。いやー、流石の俺でも冷や汗かいたね」
「はっはっはー!」
「意外とぐいぐい来る子なんだね! フリスさんって!!」
それにこいつらに可愛い彼女が出来ていてもおかしくないもんな。俺にフリスさんが居る謎の世界線だから、きっとこいつらやクラスメイトの皆にも────
「ザッケンナコラ────ッ!!」
「スッゾオラ─────ッ!!」
「アバァァァァ─────ッ!!?」
田中と安藤はひとしきり笑い終えた後、突然豹変して俺の顔面に強烈な拳骨を叩き込んできた……。
「変わるもの、変わらないもの」-終-
\安藤/\KOBAYASHI/\田中/




