「スプリング・アゲイン」
春は何度でも訪れるものなんですよね。
「はぁー……」
「大丈夫ですか? タクロー」
「……うん、大丈夫。もうあのお婆ちゃんは着いてきてないよね?」
三つ目の婆ちゃんとちびっ子を追っ払った俺はフリスさんと学校を目指していた。
「もう、気にしすぎですよ。あの人はただお孫さんとお散歩してただけですから」
「……まぁ、そうだね。うん、そういうことにしよう」
首筋から注入された薬のお陰で冷静さを取り戻した俺は、今更になってこんな事を考え始めていた。
(ひょっとしてコレ……夢じゃなくてマジで異世界に来ちゃったんじゃね?)
『これは夢だ』と強引に片付けたくても妙に長いし内容が濃い。
親父と明衣子にボコられた時の痛みとか、フリスさんが俺の上に跨った時のやわらか~い感触とかリアリティがありすぎるし、そもそも一向に覚める気配がない。これが夢がないとすれば、何らかの理由で異世界に来てしまったと判断するしかない……
つまり青少年の憧れ〈異世界転生〉or〈異世界転移〉ってヤツだね! わぁい!
(……って待てや!!)
もし本当にそうだったとして! この姿はあんまりじゃない!?
俺は別にトラックに轢かれてないし! 通り魔に襲われもしなかったし! 自殺を選ぶほど人生に絶望してない! どのタイミングで異世界に飛ばされたのかがわからない!
あ、一応、それらしい変な夢は見たけど……
『朝飯食って学校行って、妹を黄金毛虫から助けて家に帰る途中に〈ナニカ〉が空から降ってくるところに出くわして目の前が真っ白になった』
この内容だけで『察しろ』とか『受け入れよ』とか言われたらいくら俺でもキレるわ。
(そもそも異世界転生ならこの世界の神様っぽい誰かが『本当に申し訳ない』とか詫びを入れてくれたり、異世界転移だったら可愛い召喚士が『ああっ、勇者様!』とか言って抱きついてくれたりするもんじゃないんですか!? 神様は何処だよ! 召喚士は何処だよ! よくある話と全然違うじゃないですか!!)
理由も切っ掛けも無しに異世界に来ちゃう話があってたまるか! 本当にどうなってるんだよ! 目覚めてからひたすら理不尽と踊っちまってるんだけど!
説明役が不在な世界の急展開に僕がついて行けると思っているの!?
【発言の意味が不明。一度、精神鑑定を受けることを強く推奨】
何より視界の文字の存在が俺を一番困らせてくるんですけど! 普通なら説明役のポジションに居るようなヤツに精神鑑定勧められるとかどういうことなの!? 誰か説明してちょうだ
「タクロー」
「アッハイ!」
「ふふふ、そろそろ目を覚ましてください。もう学校に着きましたよ?」
「え、あっ! えっ!?」
脳内で一人盛り上がっていると、俺はいつの間にか学校に到着していた。
「……え?」
「どうかしましたか?」
「え、此処は一体……」
「え、ここは貴方の学校ですよ? 私立ロクザワ魔法工科高等学校です」
俺は目の前に立つマンモス校どころじゃねえ大きさの校舎に圧倒された。
【コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ】
精神状態:『良好(仮)』→『注意』。精神状態に不安アリ。
【……注意】
いや、確かに俺の通ってた六澤高校もデカかったけど! ここまでの大きさじゃなかったよ!? どういうことなの!? 形状も規模もメガ進化しすぎじゃねえか!!
「え、えーとっ、んーとっ」
「もしかして学校の事も忘れて……?」
忘れたと言うか、俺の知ってる学校と違うっていうか……
「……何でも、ないよ」
「……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だと信じたい……」
「イイイイイイィヤッフェェェェェェェェェーイ!」
「今日も華麗に着地ィ! 100点満点だ、フォォォーウ!!」
俺の頭上を羽の生えた鳥人間が通り過ぎ、屋上付近にある〈飛行生徒専用ゲート〉と表示された場所に次々と着地する。
「……」
よく見ると〈大型生徒専用ゲート〉と表示された普通の校門よりも大きな門もあり、3mはありそうなデカブツ達がのしのしと通っていく姿が見られた。
「大丈夫じゃないかも……」
俺、こんな恐ろしい化け物共が通う学校に今まで通ってたんですか……
「あ、あのっ、タクロー! もし気分が悪いなら一緒に保健室に行きましょう!」
「……いや、何かもういいや。一々、バカ正直に驚いてるのも馬鹿馬鹿しくなってきた……」
俺はすーっと大きく息を吸い、くわっと目を見開く。
もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。フリスさんを心配させてばっかりじゃいられないからな、そろそろ受け入れてやろうじゃないか。
「よし、行こうか! フリスさん!」
「えっ、あっ……はい!」
「俺のクラスは2年D組でいいんだよね? 機械技術科の」
「はい、そうです! タクローのクラスは機械技術科の2年D組です!」
「オーケー、わかった。それさえわかれば大丈夫だ」
幸い、今の俺には幼馴染のフリスさんが居る。わからない事だらけだが彼女を頼れば一先ずは何とかなるだろう。何とかならなかった場合は……その時はその時だ。
「……」
しかし、こんな可愛い幼馴染と同じ学校とは……
こっちの俺、勝ち組じゃねえか!!
「……ふっ、ふふふふ」
「タクロー?」
「いいや、何でも……んふふふん! ふっふふふ!」
俺は思わず気持ち悪い声を出して拳を握りしめる。
そりゃ笑いも込み上げてくるさ! 見ろよ、このエンジェル! 色々と酷い目にあったが、その全てがどうでもよくなる圧倒的美貌! モデル全負けのプロポーション! そんな子と家族公認の深い関係!!
>我が世の春が来た!!<
しょうがないよなー! 異世界に来ちゃったからにはなー! 受け入れないとなー! フリスさんとの学園生活をエンジョイしないとなぁー! 戻り方わかんないからなぁー!!
【コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神状態:『注意』→『絶好調』。精神が『注意』から『絶好調』に回復。問題ナシ。心拍数の増加を確認。
【……絶好調】
「はっはっは!」
「ふふふ、元気が出てきたみたいですね。タクロー」
「ははは、ごめんねー。もう俺は大丈夫だよ、フリスさん!」
「それでは、私も自分の学校に向かいますね」
「はっはっは……えっ?」
何……だと……?
「自分の、学校?」
「私が通うのはお向かいの〈私立池澤クリスタル女子学園〉ですよ? タクロー」
「えっ」
「ふふっ、それではまた後で」
「あっ……」
笑顔でこちらに手を振りながらお向かいの綺羅びやかな女子学園に向かうフリスさんを見て、俺の心の大事な何かがガラガラと崩れ去った……
【……警告。コバヤシ・タクローのステータスに大幅な変化アリ】
精神状態:『絶好調』→『要注意』。精神状態に問題アリ。現実逃避の可能性アリ。
【……要注意】
>何でだよ、畜生ォォォォ────!!<
「くそったれぇぇぇぇぇぇー!!」
俺は絶望のあまりその場に崩れ落ち、叫びながら地面を思い切り叩いた!
どうして別の学校なんだよ! 幼馴染はフツー同じ学校で同じクラスだろぉ!? クラス違うどころか学校が違うってどういうことだよ! ふざけんな、畜生ぉぉぉー!!
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおん!!!」
「コラー! ボサッとしてないでさっさと校舎に入れぇー! また遅刻しちまうぞ!!」
バシィーン!
「あぶぁっ!?」
地面で蹲っていた俺のケツをジャージ姿のゴリラが木刀で引っ叩いた!
「いてぇな! 何すんだよ!?」
「今日も遅刻するっていってるんだよ! さっさと行け、この遅刻常習犯!!」
「はぁ!? 俺は今まで一度も遅刻なんて」
「さっさと行けや! 本気で留年したいのか!!」
バシィーン、バシィーン!
「んぎゃぁぁっ!!」
なんだこのゴリラ!? 今時、木刀で生徒をしばく教師が居ていいの!?
「畜生ー! 何なんだよ、もぉー!!」
「ほら、さっさと走れコバヤシー! ダーッシュ!」
「ぬわぁぁぁーっ!」
俺はケツを駆け巡るビリビリした痛みを堪えながら校舎に駆け込んだ……
「スプリング・アゲイン」-終-
\KOBAYASHI/三Σ\GORILLA/




