「子供達と大人達」
主人公メインの時は一人称視点。それ以外の人物がメインの場合は三人称視点で物語が進みます。理由はそのうちわかるかもしれません。
「ま、待ってフリスさん! 落ち着いて! 俺、まだ心の準備が」
「でも、これで貴方が目を覚ましてくれるなら……!」
「フリスさーん!?」
フリスさんは涙ながらにブレザーの内ポケットから怪しい注射器を取り出した。
「えっ?」
「ごめんなさい、タクロー! ちょっとだけ我慢してください……!!」
「ちょっ、待って? 何その注射!?」
「このお薬でいつもの貴方に戻って! タクローッ!!」
「な、何をするだァーッ!?」
フリスさんは泣きながら俺の首元に注射器をぶっ刺した!
「ぶぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!?」
【……報告、安定剤の投与を確認】
「あばばばばばばばっ!」
「我慢して、タクロー!」
ぎゃあぁぁぁあああああ! 首筋から体内に怪しい薬が入ってくるぅぅぅーっ! アッアッ、頭ァ! 頭のっ、脳味噌にまで上ってきてるよぉ────っ!?
【……安定剤が体内に浸透。薬物の効能発揮まで……】
【……3……】
「んぼぉおおおおおおっ!!」
あっばばばばば! 体中を何かビリビリしたキッツイものが駆け巡るぅううー! 何だコレ! こんな感覚初めて────ッ!!
【……2……】
「が、我慢してっ! タクロー! もう少し、もう少しで薬が効いてきますから!!」
「んぼぁぁぁぁぁっぁーっ!!」
【……1……】
「……あっ」
【……安定剤の効能でコバヤシ・タクローのステータスに変化アリ】
精神状態:『><』→『良好(仮)』……未知の精神状態から一時的に回復。状態異常が回復。
【……安定剤再投与可能まで残り240分……】
フリスさんがぶっ刺した注射の効果か、さっきまで混乱していた俺は自分でも驚くくらいに落ち着きを取り戻した。
「……あ、えーと。あの」
「ああっ、タクロー! やっと目を覚ましてくれたんですね!」
「今、俺に何をしたの?」
「貴方用の安定剤を使ったんです。本当はあまり使用しないほうが良いのですが……緊急事態だったので」
フリスさんは注射器をしまってホッと胸を撫で下ろす。
あの、エリクシルって何ですか……それとあんまり使用しないほうがいいとか不穏な台詞が聞こえたんですが。
「……もう人前で使わせないでくださいね?」
「えー、あー……はい。すみません」
ところでこの子、さっきから俺の上に乗っかったままなんだけど。そろそろ退いてくれないかな! このままだと
「ねぇ、ばばぁー! あれみてー!!」
「おやおや、最近のガキはお盛んじゃのう」
「ふおおっ!?」
ああっ! フリスさんに『退いて』と言う前に孫を連れてお散歩中のおばあちゃんに見つかった!
やめて、見ないでお嬢ちゃん! そんな無垢な瞳でこっちを見つめないで!!
「オサカンってなにー!? あのおにーちゃんとおねーちゃん何してるのー!!?」
「合体じゃよ、お前のおとうちゃんもババァとジジイが三日三晩合体しておぎゃあしたんよ。ホレホレ、よく見ておくんじゃぞー」
って孫に何教えてんだ、このババァァァ────ッ!
「フ、フリスさん! 退いて! 退いて!!」
「あっ……! ご、ごめんなさい……!!」
フリスさんは何処か名残惜しそうに俺から離れる。
意外と大胆なんだね、フリスさん! 躊躇なく俺の体にライドオンしてきたけど僕と君は一体どんな関係だったのかな!?
「あれー! おにーちゃんとおねーちゃんが離れたよばばぁー!!」
「チッ、つまらん!」
「ええーっ、ガッタイはー!? もうガッタイおしまいなのーっ!!?」
頭に角の生えた三つ目のババアと、小さな角が生えた元気そうな女の子はとんでもねぇ事を口走る!
「うるせぇぞ、チビィー! これは見世物じゃねーぞ、オラァー!!」
「うわーん! ばばぁー!!」
「何じゃ、小僧ー! 合体くらい見せてくれても良かろうが! オラ、続きを見せよぉ! 今度はお前がライドオン、ライドオン!!」
「出来るか、ボケェェェー!!」
「さぁ、行きましょうタクロー。急がないと遅刻してしまいますよ」
「どうして君もそんなに冷静なのかな、フリスさーん!?」
くそぅ、本当にどうなってるんだ! この夢は一体、いつになったら覚めるんだ!?
「えっ、何がですか?」
そしてこの状況でも平然としているフリスさんは一体何者なんだ!?
夢の中の登場人物にしても、ちょっと強烈過ぎませんかねぇぇー!?
◇◇◇◇
「こちらを御覧ください」
薄暗い何処かの会議室。日本の政治家や軍事関係の高官が一堂に会す大部屋でプロジェクターが起動する。
「バカな……早すぎる……!」
プロジェクターに映し出された映像を見て一人の高官が呟いた。
「何かの間違いではないのか!?」
「先週、二度目の襲撃があったばかりだぞ!!」
彼の言葉に呼応するかのように、この部屋に集まった者達は一斉にどよめき出す。
「〈終末〉はもう現れないはずでは……!!」
プロジェクターの前に立つ黒髪の女性はどよめく権力者の姿をうんざりした様子で見ている。
「……残念ながら事実です。各国でも〈終末〉出現の予兆が確認されました。恐らく、あと数時間の内に実体化するでしょう」
「迎撃体制はまだ整っていないのだぞ!?」
「そうだ! そもそも〈終末〉は一ヶ月に二度しか現れないのではなかったのかね!?」
「それに彼の戦い方は乱暴に過ぎる! この前のような戦いを続けられれば、〈終末〉を滅ぼす前に我が国が崩壊してしまう!!」
(……ああ、うんざりするわ)
黒髪の女性は脳内で静かに毒づいた。
〈終末〉が月に二度にしか現れないという情報は何処から来たというのか。過去の記録を見返せば、毎週のように出現した例もあるというのに……。
「私たちの任務は調査と確認……そして彼のサポートです。それと皆様へのご報告と」
「ならば何故もっと早く報告しない!? 予兆が確認された時点で我々に伝えろ! そうすれば」
「静かにしなさい」
彼らが集う部屋の奥。ただ一人だけ立体映像で投影された女性の一声で部屋は静まり返る。
「彼の戦いに私達が干渉する資格はありません。私達に出来ることは、ただ彼の勝利を祈るのみ」
「で、ですが……!」
「何か不満でも?」
女性の顔は白い面布で隠されていたが、表情が見えずとも伝播する威圧感に物怖じした高官達は一斉に黙り込む。
「……」
「彼の状態は?」
「良好です。そして、彼女の状態も問題ありません」
「では、今日も彼に託しましょう。我らが子らの未来と、この国の命運を」
「し、しかし陛下……!!」
「さぁ、あなた達の役目を果たしなさい。期待していますよ」
「……ありがとうございます、天皇陛下」
白い玉座に座するこの国の最高権力者、明星天皇に頭を下げて黒髪の女性は足早に部屋を後にした。
────ゴォン!
部屋を出た女性は廊下の壁を思い切り殴りつける。
「……ふざけんな!!」
どの口が言うんだ。
誰のお陰でこの国が今日まで存続できたと思っているんだ。高官達の無責任な言葉に込み上がる激しい怒りに身を焼きながら、彼女は何度も壁を叩いた。
「その辺にしておけ、利き手が駄目になるぞ」
「……どこから見てました?」
「最初から」
黒髪の女性に背の高い男性が声をかける。
「陛下以外の奴の言葉に耳を傾けるなよ、七条。気分が悪くなるだけだ」
「……わかっています、高槻主任。でも、でも……!」
「わかってるさ。俺だって納得しちゃいない……いや、納得できたらもうオシマイだな」
高槻と呼ばれた男は皮肉げに笑う。
「学校に連絡は入れておけ、一応な」
「どうして、彼なんでしょうね。あの子はまだ、高校生なのに……」
「彼だけじゃない、〈終末対抗兵器〉はみんな子供だった。今も昔もな……」
七条という女性は無力な自分達への嫌悪感と、まだ20歳にもなっていない高校生にこの国の……そして世界の命運を託さなければならないというどうしようもない現実に改めて絶望した。
「だから、俺たちがしっかり支えてやらないとな」
「私は……」
「七条、おまえは彼の為にいつも頑張ってるじゃないか。だからそんな顔はするな」
「……見ないでくれませんか、そのすまし顔をぶん殴りたくなるので」
「はっはっ、すまん……じゃあ戻るか」
「……」
「くれぐれも天皇陛下の前で奴らを殴ったりするなよ?」
「……陛下がいなければ全員殴り殺してます」
七条の返事を聞いた高槻は満足そうにハハハと笑いながら廊下を歩いていった。
「……ごめんね、コバヤシ君。今日も、貴方の力を貸してちょうだい」
七条は絞り出すようにその名を口にし、胸ポケットから携帯電話を取り出した……
「子供達と大人達」-終-
\KOBAYASHI/三




