「余計なお世話」
「あはははっ、凄いなぁ」
フィラデルフィア市庁舎の屋根でアトリは護衛体と終末対抗兵器の戦いを観戦していた。
「前よりもずっと強くなってる。本当に今回は上手くいってるね」
アトリは空に浮かぶ〈世誕〉に視線を移す。金色に輝く卵の表面には小さなヒビが入り、まるで卵の中からナニカが生まれ落ちようと身じろぎをしているかに見えた。
「ふん、お前なんかにこの世界は渡さないよ。此処にお前の居場所なんてないんだから」
アトリの言葉が聞こえたのか、〈世誕〉は激しく身体を揺さぶる。卵の殻に出来た無数の目にははっきりと憎悪の感情を滲ませ、殻のヒビ割れも徐々に広がっていく。
「諦めが悪い奴ね。何度言えばわかるの? ボクが選んだのはあの人なの。だからお前たちは黙って眠っていればいいの……」
アトリはすっくと立ち上がり、〈世誕〉に向かって挑発的な口調で言った。
「お前には夢の中がお似合いよ、旧き星の民……ニンゲンさん」
〈世誕〉の身体は激しく振動するが、卵の殻を破るには未だ至らない。どれだけ身じろぎをしようとも、その身を縛る殻は彼の誕生を頑なに拒んだ。
「……もうすぐアレが出てくるわね。負けはしないだろうけど、今のタクロー君には少しキツイ相手かもしれないなぁ」
アトリのすぐ近くに幾つかの流れ弾が着弾するが、彼女は全く意に介さずに護衛体と戦うコバヤシを見つめる。
「気付いて、その力の使い方に。その身体は君の願いを叶えてくれる……君を絶対に裏切らないの。早く気付いて、信じて、受け入れて。本当の君はもっともっと強いんだから……」
AMIDAとの仮想戦闘訓練を経て戦い方を学び、大幅に戦闘力を上げたコバヤシを見てもアトリの表情には不安が見え隠れする。
〈このままだと……また誰かが死んじゃうよ?〉
……仲間と肩を並べて護衛体を蹴散らす今のコバヤシでも本来の力の一割も引き出せていないのだから。
ギ、ギギ……ギ……ギリリ……
〈世誕〉は歯軋りのような音を立ててアトリを睨みつける。そして彼女が恋い焦がれるコバヤシにも嫉妬に塗れた悍ましい視線を突き刺し、自分を縛る殻から解き放たれる瞬間を今か今かと待ちわびていた。
◇◇◇◇
「護衛体の撃破率が60%に達しました! 上空のワープゲートは既に消失……増援の反応もありません!!」
「〈世誕〉の様子はどうだ?」
「先程から〈世誕〉の反応が急激に増大しています! 殲滅態に性質変化しようとしているようです!!」
「……それまでに掃除は間に合いそうだな」
アメリカ支部中央棟作戦司令室も〈世誕〉の異変を察知する。
コンソールに表示される〈世誕〉の反応は既に危険度の最大値を示す〈赤色〉の前段階である〈黄色〉に変化しており、オペレーター達に緊張が走る。
「……本当に記憶を失っているのか?」
「あの七条がわざわざ俺達に報告しに来たんだ。本当だろうさ……それにしては」
「随分と上手に戦うじゃないか」
大型ディスプレイに映し出されるコバヤシの姿を見た伝書鳩達から小さく感嘆の声が上がる。
「意外とやるじゃないか、心配して損したよ」
「先生がアルテ以外を心配することなんてあるんですね」
「長時間の戦闘は恐らく今日が初めてだろうし、禄に戦い方も教わらなかった筈なんだけど……」
レックスは懸命に戦うコバヤシを見て言う。そして彼の戦いを見守るフリスとサトコに視線を向け、溜息混じりに呟いた。
「……腐っても彼女のパートナーということか」
『独り言が多いわね、兄さん』
「ああ、聞こえちゃったかい? ごめんね、口に出さないつもりだったんだけど」
『さっきから本音がダダ漏れよ。隣に居るリジーが可哀想』
「はっはっ、そうだね……気をつけるよ」
フィラデルフィア市庁舎付近の高層ビルの屋上に降り立ち、アルテリアは静かにボヤいた。彼女が乗ってきた白い箒に似た乗り物は着地すると同時に折り畳まれ、そのままウエストポーチに収められた。
『どうだい、次のポイントは見つけられたかな?』
「派手に暴れ回るコバヤシが邪魔でいいポイントを見つけるのに一苦労したけど……ここなら大丈夫そうよ」
『彼のことをあんまり悪く言わないでやってくれよ? 記憶がないなりに頑張ってくれてるんだし』
「力があるだけの馬鹿ほど厄介なものは無いわ」
『厳しいね?』
「力があっても使う奴がアレだと意味ない。ファットマンでキャッチボールする子供みたいなものよ」
『レディーとしては例えが冒涜的すぎるよ? 忘れられたのが悲しいのはわかるけど、もう少し気を利かせてやってくれ』
アルテリアは小さく舌打ちし、近くに置いた大きなスーツケースの一つをドンと叩く。スーツケースはガシャリと音を立てて変形し、内部で折り畳まれていた武装ラックが展開して彼女愛用の〈魔法の杖〉が現れる。その中から細長い銀色の杖を取り出し、アルテリアは杖先を戦場に向けた。
「アイツごと一気に消し飛ばしたいところだけど、ここは気を利かせてあげるしかないわね」
『みんなに離れるよう伝えたほうがいいかな?』
「必要ないわ、避けられない方が悪いもの」
『わかった、伝えておくよ』
レックスの発言に眉をひそめつつ、アルテリアは手にした杖に意識を集中させる。彼女の緑色の瞳がぼんやりと輝き、それに反応しているかのように杖を構える両手から緑色の光の筋が伸びて杖先に収束していく……そして杖先に緑色に輝く巨大な魔法陣が発生した。
「穿け、閃煌の騎槍兵」
彼女が呟くと同時に巨大な魔法陣の内部に無数の小さな魔法陣現れ、光る槍のようなレーザービームが放たれた。放出された槍状の光線は護衛体に向かって一直線に伸び、他の終末対抗兵器を避けながら敵だけを正確に撃ち抜いた。
一度の射撃で100体を軽く超える護衛体が殲滅され、アルテリアは自慢げに眼鏡を輝かせた。
「護衛体撃破率、70%を突破しました!」
ディスプレイ越しにその光景を見ていた司令室の者達はたまらず感嘆の声を上げる。アルテリアの放つ魔法の火力は終末対抗兵器の中でも抜きん出ており、その上で超遠距離からの精密射撃すら可能とする彼女の技量の高さは他国からも称賛の対象となる程だった。
「流石アルテリア、お兄さんとして誇らしいよ」
「先生は魔法が使えないのに偉そうですね」
「時代の流れという奴だよ。今じゃもうあの子ぐらいしかまともに魔法を使える人間がいないしね」
「偉大なご先祖様が声を出して泣いてますよ、先生」
「使えないんだから仕方ないだろう?」
『兄さんは自分から魔法を捨てたんじゃないの。何で最初から使えなかったみたいに言ってるのよ』
レックスの開き直ったかのような発言にアルテリアは釘を刺す。
妹の指摘にレックスは閉口し、そんな兄の煮え切らない反応に彼女は苛立ちを隠せなかった。半ば八つ当たりをするように魔法を連発して次々と護衛体を殲滅していくが、上空や背後の警戒を怠っていた為に彼女は敵の接近を許してしまった。
「まったく……ッ!?」
アルテリアの背後に迫った護衛体が刃を振り上げた瞬間、その体が真っ二つに切り裂かれる。
「……ちっ!!」
アルテリアは瞬時に状況判断し、構えていた杖を一旦手放す。そしてコートに忍ばせていた小振りの杖を両手に持って周囲の敵を魔法で一掃した。
「……」
「お怪我はありませんか? アルテリアさん」
「……余計なことを」
「あらあらあら……助けてくれたお礼はナシですの? 酷いわぁ」
アルテリアを救ったのはクリスティーナだった。
彼女は純白のドレスと騎士の甲冑が組み合わさったような衣装を身に纏っており、胸元が大胆に開いて豊満なバストを自慢げに強調するその姿にアルテリアは思わず舌打ちした。
「……(イライラ)」
「駄目ですわよぉー、離れたら安全だなんて安易な結論に至るのは。奴らは何処までも追いかけてきますからねー」
「……(イライライライラ)」
不機嫌そうに此方を見つめるアルテリアに、クリスティーナはにんまりとした笑みを向ける。周囲には次々と護衛体がやってくるが、彼女は敵に視線を向けることもなく左手に構えた鍔のない細身の剣で軽々と切り捨てた。
「あらあら、アルテリアさん。助けてもらったら『ありがとうございます』でしょお?」
「……助かったわ、ありがとう」
「誠意が足りてませんわ」
「ああもう!」
「うふふふー、冗談です。今の言葉で許してあげます、これからは後ろにも気をつけることねぇー」
左手の剣を羽のように背後に浮かぶ複数の鞘の一つに収め、クリスティーナはその場を離れた。クリスティーナの助けが無ければ少々危なかったのは事実だが、彼女の性格が気に入らないアルテリアは感謝するどころか益々不機嫌になる。
『アルテリア、無事か!?』
「……無事よ、兄さん」
『ああ、良かった……油断しちゃ駄目だよアルテ』
「わかってるから!!」
両手の杖をコートにしまい、手放した長い杖をアルテリアは再び構え直す。暫くの間ブツブツと独り言を言いながら彼女は魔法を連射し、その独り言が聞こえてしまったレックスは静かにヘッドセットを取り外す。
「……」
「あれ? どうしたんですか、先生??」
「いいや、何でもないよ」
「??」
「妹も色々と苦労しているんだね……」
「……え、今更気付いたんですか? 嘘でしょ?」
リジーがドン引きしながら発した言葉にレックスは乾いた笑いをあげた。
「余計なお世話」-終-
\Christina/ >Arteria< \KOBAYASHI/三\KOBAYASHI/




