「君、死にたもうことなかれ」
勝利しなければ生き残れない
「……どうか、無事で」
アメリカ支部中央棟の作戦司令室でフリスはコバヤシの帰還を神に祈っていた。
彼女だけではない。フリスの隣に立つサトコや他国の調整者や伝書鳩、そしてブレイクウッド指揮官……その部屋に居る者全てが終末対抗兵器が無事に戻ってくる事を神に祈った。
「〈護衛体〉の実体化まであと7分……」
「C-Ⅵは既に目標地点に到着、上空で待機しています」
「未だ〈世誕〉が動き出す兆候も見られません。この世界に出現してから反応に大きな変化なし……」
大型のメインディスプレイに映し出されるフィラデルフィア上空の風景に皆が息を呑む。
曇天の空にポッカリと空いた大穴から〈世誕〉が顔を出し、周囲には無数の光る輪のような物が見られる。その光の輪は〈護衛体〉がこの世界に現れる時に利用するワープゲートであり、まるで〈世誕〉を守るかのように周囲の空間に浮かび上がる。この世のものとは思えない幻想的な光景は例えそれが敵の襲撃を明示するものであったとしても、誰もが美しいと感嘆してしまう程の絶景だった。
「……悔しいけど、何度見ても綺麗だと思ってしまうのよね」
九垓の隣でディスプレイを見ていた鈴麗も思わず口に出してしまった。
「そう思ってはいけないのだがな」
「わかっています。でも……」
「……そうだな、俺もあれを美しいとは思う。だがそれ以上に恐ろしいものに見える」
「……九垓様には、あの空が何に見えますか?」
「今はあいつが無事に戻ってくるよう祈ることの方が重要だ」
九垓にやんわりと話を逸らされて鈴麗は目を細める。しかししつこく問い詰める事はせず、鈴麗は不機嫌そうにディスプレイを睨みつけた。
「ああ、いつ見ても素敵な映像だね。世界の終わりを連想させてくれる」
「そーいうことは口に出さないでください」
「ごめんね、リジー。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「無理でーす」
皆が心の中で思いつつも決して口には出さなかった言葉をレックスは軽く言い放った。隣に立つ小柄な少女、調整者のリジーはそんなレックスに鋭い視線を向ける。
「……あんまりジロジロと睨まないでくれないかな? 可愛い顔が台無しだよ」
「無理です。この目つきは生まれつきなんです」
「嘘はいけないよ、リジー」
「〈先生〉の前ではこんな顔になるのです。防衛本能というやつですね」
「酷いね」
「蹴られるよりマシです。アルテだったら蹴り入れてましたよ、今の発言」
「あはは……」
レックスはリジーの愛らしくもふてぶてしい態度に微妙な心境を抱えつつディスプレイに視線を戻した。恐らく終末対抗兵器の皆も、自分達と同じような考えに至っているだろう。唯一人の男を除いて。
「彼はあの空を見て、何を連想するんだろうね」
「誰ですか? 彼って」
「独り言だよ、気にしないでくれ」
「??」
◇◇◇◇
俺は全開にされたハッチから見える外の光景を見て、綺麗だなと思った。
「はー……綺麗だなぁ」
「やっぱりそう思うんだね、コバヤシも」
「何ていうか……赤ん坊が生まれて初めて見る空って、こんな感じに見えるのかな」
「例えが随分と抽象的だな」
「流石はジャパニーズ。不思議の国の出身らしい奥ゆかしい表現だ」
曇り空の中に大きな穴が開いて、そこだけが金色に光っている。金色に光る空から大きな卵が顔を出し、その周りにはキラキラと光る沢山の輪っかが見える。その光景はまるで、空が卵を生んでいるような……何とも不思議な光景だった。
ガショーン
ジャキン
ギュイイイイイン
ジャカジャカッ
幻想的な空模様に圧倒される俺の背後から何だか凄い音が聞こえてくる。終末対抗兵器の皆が色々と準備している音かな……?
「……俺も、カッコいい武器とか用意して欲しかったな」
ガキァン!
ギャキーン!
「えー、コバヤシもカッコいいじゃない!」
「そうそう、日本で見た変身ヒーローの怪人みたいよ!」
悪役じゃねーかそれ!
「戦い方や装備にケチを付け始めたらオシマイだぞ、コバヤシ」
「そうだね……うん」
ガッショオオオオオオン!
\STANDING BY……/
キュイン、キュイン、キュイン
「……後ろの方どうなってんの?」
\COMPLETE/
「凄いことになってるよ」
気になって後方を見てみると輸送機に積まれた沢山の人型ロボットが目を光らして起動していた。
大きいものは15m程、小さいものは人間サイズとその大きさやデザインも多種多様だ。ロボットを沢山詰めるこの飛行機も大概だが、あんなスゲーものを開発できる世界の技術者も頭がおかしい。しかもそのデザインはどれもこれも既視感のあるものばかりで、設計者の中に日本のアニメファンが大勢居る事が容易に想像できた。凄いね、日本。でも俺は他の子から見たら怪人だってよ。
『気にする必要はありません。フリス・クニークルスと七条サトコの言葉を思い出してください』
アミ公が俺を気遣う言葉をかけてくれた。確かにあの二人はこの顔を可愛い、好きだと言ってたな。俺は未だに慣れないけど……
「……あ」
パイロットスーツに身を包んだ数人の終末対抗兵器が各々の愛機に乗り込む中、同じように灰色の機体に乗り込もうするサーシャさんと目が合った。でも彼女はすぐに視線を逸らし、愛機のハッチを乱暴に閉じた。
「あれが、サーシャさんの」
「〈エカチェリーナ〉、それがあの子の相棒の名前よ。本当はもっと大きいんだけど、大きすぎてロシアから持ち出せないから他の国で戦う時はコアユニットだけを引き抜いて戦闘用に改装するの」
「へぇ……凄いな」
『〈護衛体〉実体化まであと4分!』
「……そういや、〈世誕〉を見ても特に何も感じないんだな。不思議だ」
〈終末〉が現れる時は急に鼓動が激しくなって、視界に色んな文字が浮かび上がるんだが今回は何も起こらない。あの卵に視線を合わせても【〈世誕〉】と金色の文字で表示されるだけで何の変化もないし、アミ公も無反応だ。
アレが動き出した時にこの身体がどう反応するのか……そこも気になるところだな。
「まだ卵の状態だからね……アレが動き出した時がヤバいのよ」
「なるほどね……」
『〈護衛体〉実体化まであと3分!!』
皆の口数が明らかに少なくなっていく。さっきまでふざけた調子だったジョージも、明るい雰囲気だったカミーラさんも、そしてキャサリンさんも殺気立った表情に変わっていく。
「……」
『〈護衛隊〉の反応が更に増加! 実体化まであと2分です!!』
「……」
「……じゃあみんな、ちゃんと生き残ってね! 帰ったらみんなで盛大にパーティしましょ!!」
キャサリンさんは後ろを振り返り、皆に向かって大声で叫んだ。さっきまで真剣な表情だった皆は数秒間沈黙した後で子供のような顔に戻り、彼女の言葉に返答した。
「当然、ステーキは出されるよな!」
「ああ、帰ったら派手に騒ごう!」
「次は私たちもトランプに混ぜてよね!」
「アメリカのために戦うのは癪だがな!!」
「この戦いが終わったら女子はみんな水着に着替えろよ!!」
「ざけんな、着替えるのは男共だけだよ!!」
「あははは!!」
「オーケー、オーケー! 任せな!!」
「出番ですわよ、アルテリアさん。脱いだら凄いと噂のボディを見せつける時ですわ」
「ふざけないで、クリスティーナ。脱ぐのは貴女だけよ!」
でも皆が楽しげに返したその言葉には、色んな感情が混じっていた事が俺にはわかった。
『〈護衛体〉実体化まで……』
「生き残ってね、みんな」
「お前もな、キャサリン」
「帰ったらお前も脱げよ、カミーラ!」
「アンタもね、ジョージィ!」
「……俺も脱ぐのか?」
「当然、お前もだ」
……ドクン
鼓動が激しくなってきた。それはこの世界に敵が来ているからなのか、それとも自分の心臓が恐怖で悲鳴を上げているのか……俺にはわからなかった。
ドクン、ドクン
『心拍数が増加。落ち着いてください、深呼吸して』
「すー……ッ」
「コバヤシ、リラックスして。ここまで来たらもう逃げられないよ」
「……わかってるさ!」
『〈護衛体〉……実体化まであと1分! 皆さん……ご武運を!!』
「……ふふふっ。じゃあ、コバヤシ」
ドクン……
キャサリンさんは静かに俺の額にキスをした。彼女なりに俺の緊張を解そうとしてくれたのか、単なる悪戯心なのか、それとも……
「死なないでね?」
精神状態:『注意』→『平常+』。精神が注意から平常まで回復。特定対象に対する興味が増幅。特定対象に対する好感度が上昇。
「……ああ、キャサリンもね!」
彼女にキスされた瞬間、あれだけ響いていた心臓の鼓動は急におとなしくなった。
【……〈殲滅対象〉の存在を感知、〈通常戦闘態〉へと移行……能力抑制コード《-01-》から《-05-》まで解除】
【……完了、第一種全領域対応型終末対抗決戦兵器-J型-】
【-OVERPEACE-】
俺の視界に光る文字が浮かび上がる。この文字は身体のリミッターが外される時に見られるものだ。
そして光り輝く輪の中から、無数の白い影が現れた。〈終末〉のように空が割れるような音ではなく、まるで綺麗な鈴の音のようなシャリンシャリンという音を鳴らしながら、そいつらはこの世界に現れた。
【-Awakening-】
俺はわらわらと現れるそいつらを見て、震える拳をギュッと握りしめた。
「君、死にたもうことなかれ」-終-
/\George/\九龍/\KOBAYASHI/\Catherine/ /(,A,)\




