「夜の夢こそ……」
当たり前に明日がくるということが、最初から夢の話だったとしたら……
「大丈夫? コバヤシ」
「うん、大丈夫……ちょっと乗り物酔いしただけ」
「大丈夫じゃないな、それは」
準備を終えた俺達はアメリカ軍から提供された超大型輸送機〈C-Ⅵ〉に乗せられてフィラデルフィアのすぐ近くまで来ていた。今回はフリスさんもサトコさんもアメリカ支部に残っている……当然か。
今回の敵は本当にヤバイ奴らしいしな。
「ま、期待してるぜ? 俺の足だけは引っ張らないでくれよ?」
「アンタもね、ジョージ。まー、とりあえず倒しそこねた奴らでもボコボコにしてくれたらそれでいいよ。弱ってるから倒しやすいだろうしね」
「とりあえずコバヤシは無理に戦わずに、自分が生き残ることを考えろ。敵を倒すのは俺たちがやる」
「そうそう、コバヤシはルーキーだからね! 世界を救うのはベテランの私たちに任せなさい!!」
両隣にはキャサリンさんとクーロンさん、そしてその二人の隣にジョージとカミーラさん……そしてジルバ兄貴がいる。
カミーラさんはルーマニアの終末対抗兵器だ。黒髪ストレートロングでお淑やかな印象を与える外見とは裏腹に物凄くフレンドリーでお茶目なお姉さん。ジルバ兄貴は言わずもがな。相変わらず男らしくて惚れそうなナイスガイだよ。
「大丈夫、足でまといにはならないさ」
オーバー・ピースの中でもこの5人とは特に気が合うようで、大広間で自己紹介した時からあっという間に気軽に声を掛け合う仲になった。
「……と思いたいです」
「……今はそれでいい」
しかし仲良くなれたとしても、戦いになれば話は別だ。
この人達は気を使ってくれるが、他の皆は俺が戦場に立つ事に少々思う所があるようであからさまに距離を置いている。そんな歴戦の勇士に囲まれながら、俺は二人の贈り物をギュッと握りしめた。
『……これは?』
『前のコバヤシ君が戦いの時に着ていたものよ。以前まで使っていた物はボロボロになったから、最新の素材で作り直したの』
『私たちは、貴方と一緒に戦うことはできません……でも、でもっ……私っ』
『……』
『此処で……貴方を待っています。貴方が、無事に帰って来るのを……!』
『……ありがとう』
『だから、絶対に帰ってきて……! 絶対に……!!』
『……私も貴方の勝利を信じて待ってるわ。必ず戻ってきなさい……これは命令よ』
『命令、なんですね』
『私は現実主義者だから……ね。お祈りが効くなんて思ったこと無いの』
『ははっ……そりゃこんな世界じゃね……』
『タクローさん……どうか、どうか……ご無事で!』
この輸送機に乗り込む前、フリスさんとサトコさんはあの意味深なケースに収められた特製ジャケットを渡して俺を精一杯勇気づけてくれたんだ。
その時の二人の表情が今も目に焼き付いている。俺は二人と別れる時に何て言ったっけな……、涙目のフリスさんの破壊力にやられて頭が真っ白になっちゃったんだよね。本当にもー……肝心な時でもコレだよ。ヤンナルネ。
「……約束したからな、二人に。必ず帰るって」
「あたしも、ハニーと約束したもんね」
「いいねー、わたしは『いってきまーす』で終わっちゃった」
「俺も……」
「ジョージはもっとパートナーと仲良くしろ。メンテナンスしてもらえなくなるぞ」
「……九龍よりは仲が良いよ?」
「……」
ふと前を見ると反対側の席でサーシャさんがこちらを見ていた。だが俺と目を合わせる前に視線を逸らし、居心地が悪そうに足を揺らしていた。
「ん、どうしたコバヤシ」
「いや、ちょっと……」
俺は席を立ってサーシャさんの方に歩み寄る。彼女の傍には誰も居らず、他の皆はサーシャさんを避けるように一定のスペースを開けて座っていた。それでも俺は何とか彼女と仲直りしようと思い、胃の痛みを堪えながら声をかけた。
「どうも、サーシャさん……あの」
「……」
「ごめんね……その、本当は自分でも状況がよくわかってないんだけどさ。俺は」
「話しかけないで。お前とは、話したくない」
精神状態:『不良』→『注意』
おおぅ……キツイお言葉が返って来ました。あー、これ逆効果だったかな……うぐぐ。でも……何だろう。このまま彼女を放っておいちゃいけない気がする。何故かはわからない。
「消えて」
「でも俺は……」
「二度は言わない」
「……すみません」
ああ、駄目だ。完全に嫌われてしまった……ごめん、ごめんよサーシャさん。俺なんかがタクローくんの身体に入っちゃって……本当にごめんよ……。
「……どうして、皆……」
「え?」
「私には、わからない。お前は……コバヤシじゃないのに」
そうだね、別人だね。俺はサーシャさんの事を何も知らないし、皆の事も殆ど知らない。君がタクローくんとどんな出会い方をしたのか、どんな思い出を作ったのかも知らない……
『……無理に関係を修復する必要はありません。彼女はもう貴方を拒絶してしまっています』
相変わらず他人にはドライだなアミ公は。少しは彼女の気持ちとか考えろよ。
「消えて、私の前から。お前とはもう話したくない」
「もう少しだけ、話を聞いてくれ」
「ニェナーダァ、何も聞きたくない」
「……確かに俺は、君の知ってるコバヤシ・タクローじゃない」
「聞きたくない」
「本当に……ごめんな」
「聞こえないの? 消えてと言ってる」
「……だから、もう一度」
「無理、だってお前はコバヤシじゃないから」
だからもう一度、『はじめまして』から始めたかったんだけどな。参ったな、サーシャさんは本気で俺が嫌いになったらしい。まともに会話もしてくれない……。
「いい加減にしなよ、サーシャ」
俺がサーシャさんと交流を持とうと玉砕したところで見かねたキャサリンさんがやって来る。
「ちょっとくらい話を聞いてあげてもいいじゃない」
「……」
「このコバヤシもいい人だよ。確かに、あたしたちのことを覚えてないけどさ! この人だって」
「私には、それがわからないよ」
「ワッツ?」
「どうしてキャサリンたちは、そのコバヤシと仲良くなれるの?」
「どうしてって……」
「キャサリンにとってあのコバヤシは、もうどうでも良くなったの??」
「……ッ!!」
サーシャさんの言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、ついにキャサリンさんは拳を振り上げる。
「ちょ、ちょちょちょーっとタンマ! キャサリンさん落ち着いて! 女の子が暴力を振るっちゃいけない、暴力は!!」
「退いてコバヤシ、流石に今のはアウトよ! このチビやっぱりブチのめすべきよ!!」
「いいよ、後で相手してあげる。キャサリンが生きてたらね」
「ちょっと! サーシャさんもそういうこと言わないの!!」
「きぃいいいーっ! もう知らない!! お前こそ死んじゃえ、チビ!!!」
本気で怒るキャサリンさんを羽交い締めしながら俺は元の席に戻る。サーシャさんは騒ぐキャサリンさんには目もくれず、輸送機の簡易ガレージに鎮座する自分の〈武器〉をじっと見つめていた。
「本当に……あのチビはっ!」
「お、落ち着いて……!!」
「アンタもっ! あそこまで言われてムカつかないの!?」
慣れてますからね!
日頃から明衣子ちゃんやクラスメイトにもっと酷いこと言われますんでね、あれくらいの言葉では凹めないんですよね。それにサーシャさんの気持ちを考えると、彼女を怒るなんて事は俺には出来ない。
『その忍耐力は素直に賞賛に値します。判定はA以上です』
あ、どうも。そんなステータスあったのね! わーいA評価だー! 喜んでいいのかわかんねえけど!!
「おかえり、コバヤシ。今のサーシャはそっとしておいてやった方がいいぞ」
「……そうですか」
「あんなチビ女、もう知らない! 生きて帰っても今度から無視してやる!!」
「最初の頃みたいになっちゃったものね……ほら、あのクリスティーナたちも距離置いちゃうくらいだし」
「でも俺はそんなサーシャも好きだ。次は俺が行こう」
「やめておけ、ジョージ。〈世誕〉と戦う前に死ぬぞ」
最初の頃……か。
つまりタクローはあんな感じのサーシャさんと交流を重ねて、彼女から手を握ってくれるくらい仲良くなったのか。すげぇな、タクローくん。
『機内の終末対抗兵器に連絡いたします。フィラデルフィア上空に〈護衛体〉の反応が確認されました……総員、戦闘準備を』
「……だそうだ」
「そうね、気合い入れないとね」
「……ふん、絶対にサーシャなんて助けてやらないから」
「じゃ、明日のために頑張りますかね。帰ったらご褒美に特製ピッツァでも焼いてもらうか……」
「そうだな、明日の世界のために……な」
そんなタクローに比べて俺は、フツーのままで良いと思っていた。
ただ普通の男子高校生として、平穏に暮らせればそれでいいやと思っていた。有名人になれなくても、例え彼女が出来なくても、友達や家族とのんびりと暮らせればそれで十分だと考えていた。だが、こっちのタクローは? この地獄のような世界でも……俺と同じような事を考えていたんだろうか??
普通の男子高校生として、平穏な日常を過ごしたいと願っていたんだろうか?
「……重いな」
「どうした、コバヤシ」
「両肩に伸し掛かる期待がちょっと……な。終末対抗兵器なんて名前は、俺には似合わないよ」
「今更ね」
「誰だってそう思うだろうさ、最初はな」
「そっか……今のお前は忘れてるんだったな。でも慣れろ、これからもずっとこうなる」
「はっ……辛いなぁ、本当に」
「どうするの、コバヤシ? 怖いなら……こっそり逃げちゃってもいいよ?」
だとしたらタクローはとんでもない馬鹿だ。
凄い力を持ってて、あんなに可愛い幼馴染が居て、日本が誇るスーパーヒーローで、終末対抗兵器なんて凄い名前を付けられてるのに……望んでいるものは平穏な日常だなんてな。
でもこの俺は、タクロー以上にどうしようもない大馬鹿野郎だ。
「逃げないさ……あいつも、今までずっと逃げなかったんだから」
「え?」
「……ただ少しだけ、今までの自分が嫌いになったよ」
『〈護衛体〉の反応が増大、実体化までの推定残り時間は10分! 後部ハッチ、開放します!!』
サトコさんに渡された赤い日章と OVERPEACEの文字が背面にプリントされた特製のジャケットを羽織り、俺は開いていくハッチの隙間から覗く空を見てため息混じりに呟いた。
「ごめんな、タクロー。ふざけていたのは……俺の方だったわ」
俺がだらしなく過ごしてきた〈あの世界〉が、この世界のタクローが〈夢見た世界〉だったなんてな。
精神状態:『注意』→『要注意』……注意。軽い自己嫌悪。
「夜の夢こそ……」-終-
\Camilla/\九龍/\KOBAYASHI/\Catherine/\George/\ANIKI/ \Саша/




