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二章


部活初日。

 何をどう活動すればいいのか? という疑問はいってから気にすればいい。

 なにせ、帰宅部でなくなったのだ。

 ちょっとルンルンです。

 いや、まあ、ルンルンの源は木霊先輩なんですけどね。

 スキップ気味に部室の戸を開ける。

「おお、いい所に来た、優くん」

 扉を開けるなり、飛び込んでくる楓先輩の声。

 そして、続くジャラジャラという音。

 ん。ジャラジャラの音源を見やる。

 緑の背、白い裏面、親指人差し指で握れる小さな四角形。

 麻雀牌。

 ちょっと待ってくださいよ、ここレイケンですよね?

「さすがに、ふたり麻雀はどうかなぁって」

「脱衣なしだしさ」

 楓先輩と井塚先輩が口々にいう。

「又野さんは?」

「読書みたいだけど」

 確かに、部室の端っこで熱心に何かを読んでいる。

 今日は雑誌らしく、ペラペラの紙が開け放しの窓からそよぐ微風に揺れている。

「ってことでサンマだよ」

「ルール知らないですよ?」

「ええ! 青少年はゲーセンの脱衣麻雀かエロゲの――」

 さも、当然に如くいう楓先輩。うんうんと頷く井塚先輩。

 俺は人の多いところはあんまり行かない。ゲーセンとかとんと行ってない。

 しかし、そんなことはどうでもいいと謂わんばかりの先輩二名は、腕を掴んでくる。

 まるで入部時の拉致の手際を彷彿とさせ、ずるずる引かれて、麻雀卓に誘われる。

 よく見ると、なにやらごついテーブルだ。

 これが、自動麻雀卓というヤツだろうか。一体、どこから持って来たというんだろう。まさか、部費で買うとかしないよなぁ。

 それにしても、木霊先輩がいないんですけど……。

 文句をいおうとするも、有無をいわさず、説明を始める楓先輩。

「ほいじゃ、説明しよう」

 ノリノリだ。

 この人はいつもこうなのだろうか。

「とりあえず、同じのを揃えればいいから。ほら、んで、揃ったら、ロンっていえばいいから。はい、これ役のリスト」

 凄い、凄まじい簡単な説明。これじゃ、オセロのルールすら説けないのではないか? と思える短すぎるフレーズ。

 すいません。全く分かりません。

 そして、始まる麻雀。

「ツバメ返しを見せてあげよう」

 意味不なことをいう楓先輩。

 そして、井塚先輩といえば、

「透視できる俺に勝てるものか」

 ばっちり、ESPを使用する気満々らしい。

「ああ、もう、早く、早く」

 手馴れているふたりは、さっさと両の小指で挟んで積み込みを完了している。

 俺はといえば、一個一個積んでいる。だって、できないし、そんなこと。

 最初のターン。

 東西南北が並ぶ。あと一とか九とか、そして、なんか模様とか真っ白なのとか。

 あの、一個も揃ってないんですけど……。

「ふふ、いい手がきたね」

 ニヤリと不敵に笑う井塚先輩、どこがいい手なのか。これじゃ、みっつづつ揃えるのも至難ではないか。

 しかたなく、白いのが役に立たなそうなので捨てる。

「ポン」

 楓先輩のポン。

 そして、ポンだとか、キタだとかいいながらゲームは進む。

「次でアガリだな」

 さすが、エスパー先を読んでいる。そして、井塚先輩は、高らかに「リーチ」と宣言し、点棒を卓上に差し出す。手牌からは(はつ)と書かれた牌を捨てた。

 楓先輩の顔がやったぜ、バローと歪む。どこか、捨てた張本人をあざ笑うような、そんないい手なのだろうか?

 そういえば、楓先輩はさっき、俺の捨てた白いのと、さらにその後捨てた中をポンしている。

「はいはい、大三元(だいさんげん)

 楓先輩が牌の列を倒す。

「ええ!」

「ええって明史ぃ、あんたアホじゃないの。普通、捨てないっしょ?」

「待て。これが当たるハズはない。俺の予知ではスルーだったはずだ」

「はいはい。それであんたは何? 見せて、手牌」

 そういって楓先輩は井塚先輩の手牌を倒す。

「リーのみじゃないの……」

 はぁと溜息を吐く楓先輩。

「優くんもナイスアシスト」

 グっと親指を立てる。

「で、私親だからね、四万八千点カム」

 あれ。そんな高得点なの? たしか持ち点って最初二万五千点だったような。これでゲームエンド?

「そういえば、優くんは?」

「全然です」

 ふぅんと井塚先輩の点棒を根こそぎ自分の点棒入れに流し込みながら、楓先輩。

「ほんと、酷いね。最初どうだったの?」

「東西南北と白と中ってのと、あと丸が一個の九個のと、一って数字、九って数字、あとはなんか色々」

「九種九牌もできるじゃない。って国士ねらいなよ!」

「国士って何ですか?」

「ビギナーズラックかなぁ。もしかたら、ダブロンとか来たかもなのに」

 専門用語が酷いです。

「あの、木霊先輩は?」

 ゲームが最初の開始で決着してしまい、井塚先輩がめげてしまったので続行はナシとなった。脱衣ありで二人麻雀しようと楓先輩は執拗に迫ってきたが、そこは、押しに負けてはいけない。俺には木霊先輩という先約があるのだ。

 だから、拒否の限りを尽くし、雑談の空気になったところで切り出した。

「木霊ぁ? 木霊は来ないことも多いよ」

 ええええ! 声になる俺の驚き。

「私じゃ不満?」

 えっと、科を作らないでください。とっても、とってもわざとらしい。

「なんで、来ないんですか?」

「んぅ。ま、そんなことは置いといて」

 置いとくんだ。やはり。

「なんで、昼来なかったの?」

「え?」

「昼休みですか? 何か活動でも?」

「あー、皆でお昼しようか、ってだけなんだけど。クラスに親しい人いるならいいんだけど」

「いえ、そんなには」

「昼には木霊も来ること多いからさ。ほら、幽霊談義でも」

 おお、その理由ならすばらしく頷くしかないです。

 俺は全力で首肯するしかない。

「よかった。よかった。じゃあ、明日から来てね」

 いって、楓先輩はウインクする。

 放課後は来ないことが多くても昼くるなら全然OK過ぎというか、クラスには一応葉桜がいるけど、あいつは友人多いから問題ないし。

「で、何もしないんですか?」

「何が?」

「活動ですよ」

「うんむ。しない」

 断言する。

「てかね、雑談が活動みたいなもんよ」

「でも、あのふたりは……」

 横目でみやる先のふたり。

 仲良くひとつの雑誌を見ている。さきほどから又野さんが読んでいたものだ。

 雑誌名はムーらしい。

「あれ何の雑誌ですか?」

「優くんの嫌いなオカルト雑誌。私も興味ないかな」

 やれやれと肩をすくめていう。

「超常現象ね!」

 そこに突っ込みを入れるというか、文句をつける井塚先輩。ちゃんと聞いているらしい、何て地獄耳。表情だけみれば、読書に真剣そのものなのに。耳と目がマルチタスクな人なのだろう。ちなみに、俺はシングルタスク。

 何かに熱中すると他のことは軒並みおろそかになるタイプ。

 だから、気付かなかった。

 木霊さんが入って来ていたことに。

「こんにちは、珠美くん」

 呼ばれてはっと振り向く。

 優と呼んでくれっていったのに、ということはどうでもいい。きのうは、優くんと呼んでくれたけど、なんか、いい難そうだったし。下の名前で呼ぶことに慣れていないのかも。内気そうというか、大和撫子っぽいし。

「こんにちは」

「んじゃ、私は去ろうかなぁ」

 遠くからデバガメする気らしい。させるか。

「三人で話しましょう」

 ふたりで話すのもいいけど、まだ、話の糸口がないというか。

「うんむ。いいけどねぇ」

 ニヤニヤしつつ楓先輩。

「じゃ、きのうの話しましょうよ」

「きのう?」

「ああ、トイレでって話?」

「そうです、それ」

「えっと、あれはですね……」

 トイレで出た。それは、幽霊ではなかった。

 木霊先輩はゴッキーを見たとか。残念。

 でも、話の糸口は見えたというか、その後、新入生なので、秋風学園にまつわる、いわゆる、各学校の怪談話の話題でその日の部活は暮れて行った。

 楽しかった。

 なので、明日は昼も来ようと思った。



 ――


 完全に俺は馴染んだ。

 同化した。

 同化したということは裏を返すと、最初から類は友を呼ぶ的状態にあったともいえる。

 放課後は、ESP実験という話で、五芒星(ごぼうせい)や六芒星の描かれたカードを目隠しして当てるというヤツをやらされたり、初日のように、麻雀につき合わされたりした。

 たまに、ESP実験のとき、使われるカードがタロットだったりしたのは、恐らく、楓先輩の何かの陰謀で、ESP実験カードそのもにも、七芒星や八芒星が登場したり、数えるのも面倒なくらいの七十芒星が登場したときは、ユダヤの陰謀とアメリカ国防総省の暗躍を暗に感じた。

 六芒星といえば、ユダヤの星マーク。

 ペンタゴンといえば五芒星。

 五芒星といえば、陰陽師?

 きっと、深い意味があるのだろう。

 とか、こんな考え方をすること自体、俺自身の馴染みっぷりを証明する絶対的証拠ではないか。

 さて、ここで木霊先輩について少し。

 それは、木霊先輩も入れて四人麻雀に励んでいたときの話。

 彼女は既に在籍二年目のはずで、楓先輩や井塚先輩に鍛えられているはずなのに、ゴロンを繰返した。

 ちょっと、御幣がある。

 ゴロンとは、()ロンであり、ゴロンなのだ。

 四人麻雀といえば、賭け麻雀だ。

 最早、俺自身の常識はそのように変質してしまったのだけれど、(てん)(いち)でのゲーム、社会人にとっては痛くも痒くもないレートだが、月の小遣いが一万貰えれば上々の高校生諸君にとって、点一でも敗北は財布にクリティカル、とくにハコったときなんて最悪だ。

 つまり、何がいいたいか? といえば、彼女は誤ロンした後に、ゴロンするのである。

「今月の小遣いがぁ」

 といって、パイプ椅子から落っこちて、床にゴロン。

 そういうことだ。

 なんて、愛くるしい。とか、いつも思うけれど、楓先輩は酷薄で「早く、起き上がる! じゃないと、ポアします」と十八番のポアで木霊先輩を脅す。

 一体、全体、いくら木霊先輩から巻き上げているんだろう。

 そして、「ポアします」といわれたら、「ポアされる」わけにはいかないので、木霊先輩は健気にも起き上がり、再戦に加わる。

 で、やっぱり、チョンボを繰り出す。

 一番、驚愕したのは、対面(といめん)からチーしようとしたこと。

 ルール覚えてくださいよ。

 でも、その後の泣きっ面が愛らしいのでいいけれどね。

 ああ、段々、楓先輩のせいでSになってゆく。どこか、歯痒い。でも、快感。

 あれ、毒されすぎじゃん。

 けれど、木霊先輩のゴロンはそうそう見る機会はない。ちょっと、残念、いや、かなり残念だけど。

 初日に楓先輩のいった通り、放課後は余り部室に来ない。だから、放課後には会えないことが多い。それに、昼休みの短い時間では、中々、半荘(はんちゃん)終えるのも難しい。

 けれど、昼にはピンク地に白い兎の刺繍が入った弁当箱を提げて、毎日やって来る。うん、だからね、昼休みは毎日部室に赴く。

 もちろん、放課後も行くんだけど。

 そして、今日もこうして昼休みに皆で昼食するために、一同会しているわけで――。

「タコさん、ウインナー可愛いですね」

 木霊先輩は、楓先輩の弁当箱を覗きながら、合成着色料全力全快のいまどき、珍しい真っ赤なポークビッツ半分サイズのウインナーを(いと)しそうに眺める。ポークビッツ――、俺のポークビッツも見て欲しいな、と一瞬思い、いやいや、ポークビッツじゃハズいなぁと妄想にブレーキをかける。

 危うく、木霊先輩に俺のポークビッツをタコさんウインナー化させる世迷いごとを脳内サーバーで描いてしまうところだった。危ない。危ない。

「いただきぃ」

 なぜか、楓先輩のタコさんウインナーを強奪する井塚先輩。

「ちょ、明史ぃ」

 焦る楓先輩。

 意に介さず、井塚先輩は真っ赤なタコ足――だけど四本しかないんだよね――を口に放り込む。

「不味い」

「タコさんウインナーに美味い不味いってあるんですか?」

「切り方が不味い」

「井塚くん、そんなこといったらダメじゃないですか、鬼頭さんのお母さんに失礼ですよ」

 真面目に諭そうとする木霊先輩。

 そして、なぜか、無言の楓先輩。

 やや、頬が赤い。チーク掛かってる感じ。

「わ、私が作ったんだけど」

 むっとして、いう。

「え、本当? 凄いですね」

 手放しに褒める木霊先輩を尻目に、楓先輩は木霊先輩を見てはいない。見ているのは、井塚先輩、ただひとり。その他はアウオトブ眼中。

「知ってる」

 さも当然と井塚先輩。知ってて焚きつける。なんて、確信犯(誤用)。

 楓先輩は、むすっとしたまま、井塚先輩を見続け、そして「ポアの準備、唯ぃ」。

 さきほどから、一言も口にせず、もくもくと五目飯を頬張っていた又野さんの目が輝く。狂おしいほどの輝き。

「わかりました。準備して来ます」

 ついにくるのか、ポア。

 自分じゃないから、見ておこう。井塚先輩、これが今生の別れにならないことを祈ります。

 又野さんは、準備に消える。

 そして、楓先輩は、何事もない平和そうに全てをなかったことにせんと画策する井塚先輩の背後に回り、

 クキョ!

 変な音。

 間接が外されたような……。

 隣で井塚先輩が白目を剥いている。落とされたようだ。

 しかし、これはまだポアの下準備。

 楓先輩はそのまま、気を失っている井塚先輩のブレザーの袖をひったくるように掴んで、そのまま、引き摺るようにして部室から消えた。

 どうやら、ポアはここではしないらしい。

 追いかけようかな。そう思い――、はて、今、部室にいるのは?

 俺と木霊先輩のみ。

 これは、幸運ではないだろうか?

 エジプトはナイルの賜物。

 じゃあ、今このシュチュエーションは、変人部員の賜物。

 なんて、粋な計らいだ。例え、他意がなかったにしても、俺は感謝します。

 木霊先輩を見る。

 やれやれという風で部室を後にした部員たちを見ている。そして、俺の方を向く。

 目があった。

 照れくさい。

 視線のランデブーはほんの一瞬。

 視線は再び、離れてしまい――、でもこのチャンスを生かすために、俺は木霊先輩の喜びそうな話題を脳内ライブラリーをひっくり返して探した。



 ――


「いると思いますか?」

 ん? と振り向く木霊先輩。ちょっと、話題のセレクト的にまずかったかもしれない。

 俺は非科学的ということも含め、幽霊の存在を探している。だけど、木霊先輩はどうなのだろう。

「何がです?」

「幽霊ですよ」

「そうですね。私には必要ですね」

 必要。ようするに、主観の問題。幽霊見たり枯れ尾花ってヤツをいいたいのか。

「必要ですか?」

 木霊先輩は少し悲しそうに眉毛を下げた。けれど、それも一瞬のことで、何ごともなかったように木霊先輩は「和みますから」といった。

 百々(とど)のつまりは、抱き枕ないと眠れないとかそういう意味合いに近いのかもしれない。

「和むってどんな感じですか?」

「んぅ。私たちとは関係ないんだけど、関係あるみたいなところかな……」

 よく分からない。

「珠美くんはどうなんですか?」

「確かめて見たいんです」

「確かめる?」

「昔は見えてたんです。四六時中っていってもいいくらい、でも、あるときから見えなくなった。本当は非科学的って分かってるんですけど、なんか、哀愁みたいなものですかね」

「四六時中ってのも凄いですね」

「木霊先輩はどうなんですか?」

「私は――、たまに、かな……」

 たまに、かぁ。確かに毎日見ていいものじゃない。でも、毎日見たくないものは、もっと違う、もっと近い場所にあったりする。だから、余計に怖かったりする。

「四谷怪談ってあるでしょう?」

 木霊先輩は怪談話か、怪談をネタに論じようということなのか。

「はい」

「あれって創作なんですよね」

 俺は幽霊スキーと公言しておきつつ、実はメジャー所をよく知らない、しまった。話にあわせるのが……と思ったけれど、木霊先輩は気にしていないようで、続ける。

「お岩さんにはちゃんとモデルがいるんです。ですけど、エンタメなんですよね」

「エンタメですか」

「人を楽しませるものですよね」

「和むのと違うんですか?」

「違う。全然違います」

 とても強い意志が篭っていた。

 普段の木霊先輩には感じられない何か――。

「結局、なんでしょう。そういうの、余り好きじゃないんです。ごめんなさい、よくわからない話して……」

 普段より饒舌だった木霊先輩は一人合点してしまって、俺をほっぽったまま、会話を切ってしまった。

 そのせいで、ちょっと気まずい空気が部室に沸き始める。

 ああ、何か言わないと――。

 ぷるる。

 ケータイの着信音。

 俺のじゃない。俺のはデフォルトのアラームじゃないから。

 又野さんは持っていないし、楓先輩のはコーランっぽいものの読経だし(多分、第三ポチョムキンの聖典)、井塚先輩のは宇宙人の鳴き声(どう聞いてもゲーム○ーイ版、赤緑の頃のピカチ○ウ)。

 ということは、木霊先輩のだ。部室の奥に部員がまとめて荷物を置いている場所があるのだが、そこから聞えてくる。

 木霊先輩は分かっているはずなのに、自分の荷物と部員の荷物がわらわら折り重なった山を見つめて、動く気配がない。

 先輩は天然の気があるから、まさか、白昼夢とか目をあけて寝るとか、そういうアクロバットかな、と思い、

「鳴ってますよ」

 先輩の体がビクっと震えた。

 凄く、挙動不審。普段からそれなりに、不審だけど、そこには愛嬌がある。でも、今の木霊先輩にはそれがない。

「どうしてんですか?」

 聞く。

 木霊先輩は手を振って「なんでもない」をジェスチャー表現し、いそいそと自分の鞄に向った。

 何なんだろう。

「……もしもし」

「あ、分かってます。はい、はい――。今からですね」

 短い会話。ケータイを閉じる。

 横顔に沈鬱さが隠しようもなく覗いている。

 凄く、気になる。悩みとかなら、何とかしたいし。

「ごめんなさい、珠美くん。また」

 あ、ちょっと待って――。言葉が口腔を抜け出す前に、木霊先輩は走って逃げるように部室を去った。追いかけようとして、ポアの終了した他の部員と鉢合わせしてしまい、木霊先輩の行方を見失った。

 そして、この日以降も、たまに木霊先輩は誰から呼び出され、そのつど、急いで部室を去る。昼休みに掛かってくることも多かった。

 木霊先輩に聞いてもなんでもないと返されるばかりだった。

 楓先輩は、カレシじゃないの、と俺の脳髄を延髄蹴りで昏倒させるような、言葉の暴力で俺を撃沈した。

 何の電話――。誰からの電話――、誰もデンワ。

 俺の素晴らしい推測は、間違いなく、幽霊からの電話だと主張した。


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