一章
一
「ポアします」
退室しようとしただけなのに、こんな事いわれたら、それこそ、ギュルンと音を起てて振り返り、鳩豆な顔をして、ガン見しなくては恐らく人間として間違っている。おかし過ぎる言動は脳味噌に脊髄反射を促すと脳内法則で決まっている。定説です。
「とりあえず、話半分に退室するなら、ポアします」
俺の目の前の人物は、端整な造作の顔に、いってることは非常にアレなのに優等生ですと主張するような真面目な表情を湛え、もう一度いう。ポア――一昔前に世間を震撼させたインコ真理教が確か、ことあるごとにポアポアいってたような気がしないでもない。意味は何だったか。思い出せない。
ポア――響きそのものは、どこか可愛らしいのに、ポアって名前のワンちゃんがいても違和感なさそうに感じるのに、なぜこんなに怖気が、背筋がゾクゾク、もちろん、興奮とは真逆の意味で、するのだろう。この不可解な音、意味不明、そして、発言者の悠然とした振る舞い、どこか泰然ともしていてなおさら、不気味さを引き立たせる。
「待て待て、楓。ポアは早い、シャクティパットくらいにしておくといい」
今退散しようとしている教室の奥、柔和な笑みを浮かべる人物。キムタクとナカタク(誰?)を足して二で割った感じの男がいう。出来損ないイケメンと呼ぶのが一番妥当と思われる優男だ。
「明史ぃ。それは違う。大いなる神の真理の元に断じて違う。カメとスッポンくらいには違う」
ポア女はチッチッチとマンガチックな否定をしながら、断固として譲りません、これも定説です。といった風でいい放つ。
すいません。カメとスッポンの違いは、精力がつくか、つかないかでしか分かりません。
「強制連行。アウシュビッツに倣うといい」
新しい声が割ってはいる。
待て。それこそ、待て。今から俺は毒殺されるのか。ガス室に連れ込まれて、プシュウウウとガスにポアされるのか。あれ、ポアの意味が凄くしっくりくる。不思議だ。
出来損ないイケメンの隣で物騒なことをいうのは一見、大人しそうな女子。タイから察すると同じ学年。俺と同じということは、新入生ってことだ。彼女は熱心に、本を読んでいる。しかも、本に目をおとしたままだ。こちらには一瞥もくれない。少し、何を読んでいるのか気になる。
少し腰を落とし、体勢を低めて、遠巻きながら、覗き込む――アンネの日記? なぜ、それを読み、そういうセリフをいう。
全く、変なのばっかりだ。ああ、頭が痛い。
確かに、分かってたさ。この教室に来ることを決めたその瞬間から、こういう部活だってことは、だけど、変人はいいんだ。
なぜ、なぜ、だれも幽霊についてかたらない。いるのは、アンネの日記を読みから感動を微塵も示さずアウシュビッツをブラックに使用するどっちかっていうと文芸部か読書委員会じゃない? って感じの一年生が一人と、インコ真理教かぶれと思しき、ポアをやたら連呼する、顔だけは美人の二年生と、遺伝子の不作為でイケメンになり損なったエスパーと部員から認定されている二年生。計三名。あれ、心霊研究会って部活動紹介には、四名ってあったような……。
ここは、心霊研究会じゃないのか? そう俺は問いたい。
説明を聞きにきた入部希望者に、ESPの話と宗教の話しかしないのはどうしてか。
だから、「もういいです」と退室しようとしたのだ。
心霊といえば、幽霊。オカルトと幽霊は一緒じゃないんだ。わかる? カメとスッポンの違いは分からなくても、ここは分かって欲しいものだ。何? それは母親に各ガ○ダムの違いを説明するのに似た行為だと? 甘い、甘い。うちの母ちゃんはザ○だけは識別できるんだ。
「明史ぃ。サイコキネシスをお願い」
「ラジャーだ。ボス」
サイコキネシス。違う、それはオカルトであって――。
反駁しようとしたが、その暇なく口を塞がれた。ポア女が俺の口元を呼気できないんじゃないかというほどに、ぎりぎりと塞いでいる。美味い具合に片手で鼻まで覆う。ほんとに息ができない。
ついで、体が中を浮く。持ち上げられたのだ。出来損ないイケメンに。しっかりと、両脇を抱えられ、まるでお姫様だっこ。俺は全力で全身で拒否を示し、手足をジタバタするも意味はなく、俺はどんどん教室へ連れ戻された。
連行される! 強制収容、ガス室はイヤだぁぁぁ。
俺の心の声。最早、咆哮となって猛る。けれども、外にでることはなく。
すると、出来損ないイケメン、分かってるさと謂わんばかりに頷く。
「ガス室じゃないから、安心な」
リーディング? エスパーか。って、騙されんぞ。そんなこと、普通分かる。十分な前フリがあったし。
「むぐむぐ」
俺は教室中央に陣取る長机の入り口から見て、右側のパイプ椅子に座らされる。斜向かい目の前に、読書女。後方には出来損ないイケメンが陣取る。
そして、ポア女は俺から手を離すと、長机の周囲を巡って、俺の眼前に佇む。
「では、これより異端審問を始める!」
ポア女が高らかに宣言。宣言後、机をビシと叩いた手の方が痛いくらいの勢いで叩き、本当に痛かったようで顔をしかめ、手をふうふうし、気を取り直して、もう一度。
「これより、魔女裁判を始める!」
あれ、何か変わってない?
「部長。彼、男です」
読書女がまたしても声だけで突っ込む。
「む。ウィッチというのは、何も女だけではないのだぞぉ。中世に於いては――」
ポア女は反論を始める。
もういいです。色々、ゴチャゴチャし過ぎです。
俺は諦めた。もう、それは浅い浅い諦念です。それに、もう疲れたよ。パト○ッシュ。眠いんだ――。
もっとも、諦めた一番の理由はパイプ椅子に後ろ手を縛られたということなのだけれども。
――
「判決。破門をいい渡す!」
ポア女――もとい、部長は判決を下した。
いたくノリノリらしく、顔は嬉々としていて、前後の脈絡を知らないなら惚れそうだ。もう、大体、正体が掴めてきたので惚れないが。健全な体には健全な魂が宿って欲しいという。美人にもどうか、しごく真っ当な麗しい魂が宿ってくれないだろうか。ああ、世間は世知辛い。
「部長。入部してないのに、破門ですか。それとも第三ポチョムキン教団からですか?」
第三ポチョムキンって何だよ。ポチョムキンってのは、ギル○アのキャラじゃなくてだな、ロシアの――。って、そもそも、第二とかあるのか。突っ込み所が満載すぎて、関西人でもないのにノリ突っ込みしてしまいそうだ。手は使えないけど。縛られてて。
「いいえ。人間、ヒューマニティー、ヒューマンビーイング、人たることからの破門よ」
「おお、それでは今日から人外か。超能力者と肩を並べれてラッキーだな」
出来損ないイケメンは俺の肩を嬉しそうに叩く。超能力者って『者』ってついてるんですけど――。いい加減、突っ込みを抑えきれず、口を開こうとする。
「よって、人権はない。なので、強制入部」
挟めない。割り込めない。有無をいわせない。こちからが口を開こうと上下の唇を動かそうとした瞬間、発言してくる、ジャストタイムぶり。侮りがたし。
部長はスカートのポケットからくっしゃくっしゃになった入部届けを出す。
記入欄は実に淡白で、氏名とクラスのみ。担任印いらず、各部活の部長の印と入部希望者の印があればオーケーだ。俺が入学した、この秋風学園は生徒の自主性とやらを重んじるがモットーでできるかぎり教師は生徒の活動に干渉しないという方針から、このような簡素な手続きで入部ができるのだ。
しかし、これには裏の使用法もあり、活動資金欲しさに幽霊部員を多数確保する部活も多いらしい。学校側はこの事態を重く見ているようだが、生徒会が改正に頑として歯向かっているのだという話。
しげしげと、入部届けを見る。
あれ、俺の名前がすでに書いてある。持参した入部届けはポケットの中にあるはずなのに。抜き取られた? 違う、俺の筆跡じゃない。でも、珠美優と確かに書いてある。謎だ。
しかも、部長の印はすでに押されている。印といっていいのか、よく分からない梵字のようなものが朱で押されているだけだが――。そもそも、受理されるのか、そこから甚だ疑問だ。
「ちょ、待って下さいよ」
「うんむ。言訳を聞こう。神は寛容であらせられる」
大仰にそして緩慢に首を縦に一度ふる部長。
「俺はオカルト部じゃなくて、心霊研究会に入りにきたんです」
「ここはレイケンだぞぉ」
何をバカなことを部長は鼻を鳴らす。あたり豆ンチザウルスと謂わんばかりだ。
「愚民」
ぼそっと隣で読書女。中々、大きいお友達が喜びそうないい感じの毒舌。しかし、俺は大きいお友達ではなく、中くらいの友達なので、ただ、ムっときただけだが。
「だって、エスパーとか神とかアウシュビッツとかそんなのばっかで」
「いいか、一年生。心霊とはプネウマのことだ」
何かもっともらしいことをいい始める。哲学談義でも始めるのか。だとすると、ますます、心霊研究会じゃないような――。と思いつつ、話を聞こうと身構える。
「まあ、それはおいといてだ」
おいとくのか? じゃあ、何の前フリだ、これ。一気に脱力。
「きみはなぜ、幽霊に心引かれる?」
「その非科学的なところです」
「ん? なら、エスパーも神も一緒でしょう」
あれ、途端にリアリストになる。よく分からない人だ。やっぱり、正体掴めてません。神とかいってた人に真顔で、そんなこといわれても困る。
「違います。さっきのカメとスッポンくらいには」
「うんむ。そういうものでしょう。人は何かを信じる、信じてなくても魅力を感じる。その感情の源泉とはどこだろうか?」
「心ですか?」
「大正解」
部長の顔がよくできましたとオチコボレ生徒が艱難辛苦の末にやっと正解を掴み取り、それを褒め称える教育熱心な今や絶滅危惧種だろう、その類の教師に酷似した感じに、楽しそうに彩られ、華やいだ。
「だから、その心を研究しよう、そういう趣旨なのだよ!」
なんか、騙されているような。何かこう、しっくりこない。けれども、口答えできそうになく、俺は下を向き、もじもじとする。反論、は――どうしよう?
しばらく、沈黙が続く。
部長の期待の篭った眼差しが頭頂部に注がれている気配がひしひしとする。
背後からも何か熱い視線。何を期待されているか、そんなもん、一つしかないのだが。
「おおお、遅れました」
沈黙が破られた。ガララと教室の引き戸が忙しく開く。咄嗟に声のする方向へ目を向けた。
女子生徒が立っていた。肩で息をしている。走ってきたのだろう。
一目見て――惚れた。いや、さっきまで部長に惚れそうだとかいってたけど、そういうのは全部吹っ飛んだ。好み、ストライクゾーン、ど真ん中、これは場外ホームランとかっとばさなくては人間ではない。定説です。
肩甲骨あたりまで伸びた流れるような直毛の髪、ロングヘアを纏めてもいないのに頭部に居心地悪そうに据わる紫のバレッタ、遅れたことを全身で表現するわたわたする仕草、それを強調するウルウルした、某サラ金チワワライクな瞳、こじんまりとした上品な口元、そして今、急いできたがために上気した頬、綺麗な桜色だ。
おお、部員か。四人目のご登場だ。俺は拍手喝采で出迎える!
「およ、木霊遅かったね」
木霊さんというらしい。タイは緑色、二年生。敬語で現れたのでてっきり一年生かと思ってら先輩だったようだ。恋に第一の障害が。ががが、入部してしまえば帳消しだ。同じ部活の仲間なら、先輩後輩という学年の差、クラス替えがあろうとも教室が絶対一緒にならないという物理的な障害も取り払うことがかなう。
しかし、このまま、このよく分からない人々の中に入り込んでいいのか? 逡巡。
「トイレでちょっと……」
「あやぁ、また出た?」
出た? トイレで出る? それは一つしかないだろう。幽霊に違いない。
過去、いじめで死んだ生徒の霊。今も自分をいじめ抜いた生徒を恨み、夜な夜な出る。というか、今はまだ日は沈んでいないし、そもそも、秋風学園過去三十年の歴史で生徒が死んだ話は聞かないんだけどね。まあ、ロマンですよ。ロマン。
「あ、はい……」
「まあ、それはおいといて」
ほんと、棚上げが好きな人だな、と思う。今まで何回、おいといてといっただろう。まだ、あってから三十分くらいしか経ってないのに。
「一年生。ちゃんと専門家もいるんだよ。どうどう? これで入るでしょう?」
ずいと鼻面がくっつきそうなほど、部長は接近してくる。鼻息かかりますって!
思わず、目を逸らし、なぜかそれを同意と受け取り、「勝った」とガッツポーズをする部長。
「何の勝負ですか!」
「新入部員さん?」
いつの間にか隣にきていて木霊さんが座っている俺と同じ位置まで目線を下げていう。そんな長いまつげ越しのケガレのない目で見ないで、見ないで、顔が赤らむから。
そして、答えてしまった。
「はい」
「よっしゃあ、信者確保ぉ!」
部長は歓喜して半ば叫んだ。
――
「それでは自己紹介から始めよう」
部長が音頭を取り、新入生歓迎自己紹介という何の変哲も奇知もないイベントが始まる。
長机には四つしか椅子がなかったので、新しく一つ隣の部室から拝借し、机の左右に二つづつ、上座に部長が陣取る。
「しかし、五月になって新しくきてくれるなんて嬉しいなぁ。ほんと、うち、いまんとこさ、唯だけでさ」
唯というのは読書女のことらしく、彼女はこくこくと頷く。さすがに、今は読書は中断中。しかし、相当本好きらしい彼女は、部長が自己紹介するよといっても止めなかったので、この中断は半ば部長の半鉄拳制裁気味の行為による所が大きい。
「んじゃ、まずわたしから。えっと、部長の鬼頭楓。珠美くん、じゃなくって、優くんって呼ぶね。は、中々いい男なので楓ちゃんと呼ぶことを許可します。ただ、ハズいなら楓先輩でもいいけど、できればファーストネームでお願い」
フレンドリーだ、凄いフレンドリーだ。しかも、超楽しそうだ。
新入部員がそんなに嬉しいですか。嬉しいだろうなぁ。
だって、現在俺を含め部員五名。どう見ても弱小の枕詞を冠するにふさわしい。活動費も恐らくすずめの涙。もっとも、心霊研究会が何に部費を割くかっていわれても考え付くものはないし、研究会という名前が実は部ではなく同好会の可能性も示唆しているのだが。
「専門はポチョムキン神学。聞いたことないかもだけど、マニ教みたいなもん」
どういう意味でマニ教なんだろう。途絶えた? それとも、ごった煮って意味? それとも教祖がマニだから? ってこれは、ゾロアスター教とかキリスト教もそうか……。深く考えるとドツボに嵌りそうなので、自分で自分を思考停止に追いやることとする。
「しかも、驚くことなかれ。わたしは第三ポチョムキン教団教団長にして教祖さまなのだよ」
いや、驚かないけど。いまさら。
「ついでに神」
神ってあんたか! と合いの手をいれようとすると、
「ってのは嘘」
嘘かい! しかし、この人突っ込みの予断を許さない。なんて、突っ込み殺し。
「信徒は今の所、優くん含めて八人」
「含めないで下さい」
「むぅ」
不満そうに整った柳眉を屁の字に曲げる。なにせ、さっき信者確保宣言したばかりだし、きっと、落胆も一入。可哀想なので、話を伸ばす。
「それに、意外と多いんですね」
「親父と妹も信徒だからね」
なぜかウインクを送ってくる楓先輩。
視線を逸らす。嫌な家庭環境を想像してしまう。うわぁ、痛いファミリーなんだろうなぁ。それはそれは、深遠な意味で。創○学会的な意味で。
「それじゃ、年齢順で行こう。ネクスト、エスパーマンです」
楓先輩は自分の右手に座る出来損ないイケメンを掌で示す。エスパーマン?
「エスパーマンこと井塚明史。趣味は透視でウハウハ」
「投資ですか?」
ファンドとか?
「そう、透視」
「凄いですね」
高校生で株取引や仕手に通じているってのは将来的にも――。
「そりゃあね、穴も空いてないのに女子更衣室の壁に目を引っ付けてるんだから」
あれ、話が噛み合ってない。女子更衣室?
「透かし見るで透視」
我慢できなかったのか、唯が疑問に答えた。
「説教部屋行きですね……」
生徒指導の教師に竹刀でぶたれて、教育的指導なの元に地獄を見るだろう。退学という恫喝と引き換えに教師のストレスの捌け口に……。
「大丈夫、見えてないから」
さらっと流すようにいう、楓先輩。
「な、俺のESPを疑うとは、楓。それでも部長か!」
クワっと両目を見開き、井塚先輩は楓先輩を見る。すると、
「破門するぞぉ?」
脅すではなく、柔らかく楓先輩はいう。顔もニコニコしている。しかし、井塚先輩の反応はといえば、そこに俺とは違う意味を見出し、
ガクガクブルブル。
「え、何で?」
「破門怖いよぉ」
トラウマを思い出してPTSDにかかった患者のように全身を震わせている。何か、過去にあったのか? 知りたい、凄く知りたい。でも、多分、訊かない方が身のためだと思ったので黙っておく。
「脅しちゃ駄目じゃないですか、鬼頭さん」
どうしてか、タメなのに敬語の木霊さん。そういえば、次は木霊さんの番だ。下の名前はなんていうのだろう? ワクワクしてくる。
「はい、それではエスパーマンが何かトラウマってる所で次、木霊」
井塚先輩はどこかへ精神が飛ばされたので木霊さんにお鉢が移る。
「えっと、木霊です。木霊沙子です。えっと、多分、今は唯一の幽霊専門です。珠美くんは幽霊好きですか?」
「はい」
「いいですよね、和みます」
幽霊を和むというのも変な気もするが、問題ない。今重要なのは、このセリフとともに繰り出された矢吹○ーのアッパーカット並の破壊力をもった微笑の方だ。
ああ、こっちはあなたが和みます。木霊先輩。そんな可愛らしい目で見ないでください。何もかもを捧げたくなりますから。あなたの前でなら、心も体も全てを晒してもいいです。産まれたままの姿とか、特に晒したいです。
「およぉ、和んでる和んでる、そして、少しエロってる」
人を肴に話を沸かす酒飲みの眼で俺をみる楓先輩。う、なんて洞察力。さすがは教祖さま。人心掌握に長けていらっしゃる。
「え、ええ! 私和みますか!」
ワタワタする木霊さん。いい。もっと、ワタワタして欲しい。
「優くんは大変和んでいる、そして、結構な割合でエロっている。木霊の――。とまあ、これはおいておいて」
いい掛けて楓先輩は止める。助かった。いや、もっとワタワタが見たかったのだから、コンチクショーというべきか。
「んじゃ、最後、期待のルーキー、どうぞ」
「期待のルーキーです。又野唯です。アイヒマンの如く出世する所存です」
アイヒマンの如くって……。パートタイムのSSだったアイヒマンがホロコーストで功績を挙げた故事(?)に倣うってことか? 最後、モサドにキルされちゃうよ? いいの。それ? TV中継で色々されちゃうかもよ?
「ハイル――」
ナチヲタか、ネオナチですか、この子は。読書家じゃなくて、文芸部が似合いそうっていう第一印象早急に撤廃を表明する。
「カエデ――!」
「さすが、唯。分かってる子」
喜ぶ楓先輩。頭をなでなでし始める。嬉しいの、そこ?
色々突っ込み所は多い。
けれど、こうして一員に加わってみると悪くないと思える自分がいた。珍妙キテレツな空気だが、拒否感は沸いても嫌悪感は沸かない。慣れの問題なのだろうか。
愛らしい先輩、頭の沸いた三人の仲間。健全潔白な高校生活にはならないかもだが、案外そういうのもいいかなと思う。平穏無事ってのは詰らないの美辞麗句的表現なのだから。
「じゃあ、最後。二代目――はおいといて」
おいとき過ぎです。先輩、失言し過ぎですか? なら、もうちょっと考えて喋ってくださいよ、ほんと。教祖さまなら漫談じゃなかった、説法とかもしなくちゃ、でしょ?
「明史を凌ぐイケメンのニュービー、どうぞ!」
イケメン。女の子にいわれるとどこかこっ恥ずかしい。
しかも、手を小さくクラップしない、楓先輩。
「照れない照れない。楓お姉さんはいつでもウェルカムだけど」
ウェルカムなんですか――。カレシとかいないんですか。美人なのに。いや、まあ中身的には妥当かも、だけど。
「珠美優です。珠美は名前はないので、優って呼んでください。珠美ってなんか、女の子みたいでしょう?」
小中一環してきた常套句。自己紹介はいつもこれ一本だ。女みたいな名前とバカにされたこともあったが、自己紹介ネタにしておけば、そんな冷やかしもないし。
「うんむ、よろしく。優くん」
「よ、よろしくです、ゆ、優くん」
「明日から開眼させてやろう、ESPに。ということで、よろしく、優」
「ヨロ」
いやに短い唯のよろしくの文句。目を向けると、すでに読書を再開している。アンネの日記は読み終わったらしく、違う本だ。何かのハードカバー、煤けた赤黒い表紙と背表紙、古書のようだ。
しかし、俺の自己紹介そんなに詰まらなかったかなぁ……。まあ、おもしろくはないけど、さすがに即、そんなことされるとショックだった。
――
謎が解けた。一晩考えて解けなかった謎が今まさに解明された。
そして、この解明劇は、犯人は身内からというミステリー的に手垢しかついていない結果だった。
「勝手なことするなよ」
「悪かった。でも、よかっただろ?」
葉桜はニハニハ笑いながら、机越しに俺の肩を叩く。それを振り払う。
確かに、結果オーライだけど、俺も持参してたし、入部届け。
なおも葉桜は俺の肩をポンポンやるので、ちょっとイラっと来る。うざいときは殴っていいという話もあるので、とりあえず、鳩尾を殴る。
これくらいで勘弁してやる。うぐぐと呻きを漏らし蹲る葉桜の背を睥睨する。
「ひどいぜ」
「それはおまえ」
「でも、おまえの好みだっただろ。木霊先輩、あと鬼頭先輩も結構いいだろ?」
なぜ、なぜ知っている。おまえは野球部だろう? と激しい疑問が沸き、疑問は疑問符に変わって踊りだす。少なくとも、葉桜は情報屋ではない。よく、ラブコメに出てくるような。俺との関係性は、実にギャルゲ的なのだけどね。
「なんで、知ってるんだ?」
「おまえの好みなら、中学時代から知ってるし」
「そっちじゃねぇぇ!」
「ん? 心霊研究会のメンツの話か?」
「そうだよ、そっちだよ」
「姉貴が友達なんだよ、鬼頭先輩と」
ちゃんと、楓先輩に友達がいるようで一安心。
自分を教祖とかいっちゃう人だから、頭おかしいとかキモいとかいわれてやしないかと思っていたのに。加えて、男ならあの顔に騙されそうだけど、葉桜の姉貴だから、ちゃんとした女友達ってことも、さらに安堵できる点かな。
「変な人だったろ?」
「うん」
「まあ、入部届けは五月の頭には鬼頭先輩に渡してたんだけどな」
なるほど、今は五月下旬、しわくっちゃだったのも納得だ。
ということは、俺が部室に近々くることを承知していたわけだ。だから、あんなに手際よく拉致れたわけか。きっと、リハしてたに違いない。
「おまえが、普段あれだけ幽霊とか言ってるのに入る気なくって、帰宅部ライフに突入しそうだったからさ、ここはダチのためにみたいな。鬼頭先輩も異教徒の宣教師に任命するとか意味の分からないこといって、喜んでたし」
葉桜は宣教師だったようだ。異教徒の宣教師ってことは、異邦人の使徒みたいなポジションだろうか? 一応、異教徒ってことだから、第三ポチョムキン教の信徒にカウントはされていないようだが。
「凄い喜んでたよ……」
「だろだろ」
「でも、それより、木霊先輩がガチ」
「欲情にストレートだな、今夜のおかずか?」
卑猥なにやけっ面を興味本位という迷惑な感情でデコレートして、脇腹を手の甲でウリウリしてくる。
「はは、シークレット」
まったく下品なヤツだ。なにせ、こいつはシモ話に目がないのだ。とくに、葉桜家エロDVD書庫にはお世話になっている。一も二もなく性的な意味だけで。
中学時代の苦難を共に過ごした親友との他愛ない会話。高校生になったはいいけど、まだ五月、部活にも入っていなかった俺は友人が増えるはずもなく、まだ、こいつ以外に親しく話せる相手がいない。
まあ、葉桜は野球部で生来の人当たりのよさと、いい人っぷりが如何なく発揮され、友人は増加中らしい。このまま、友達百人できちゃうぜ、とか。それでも、俺の相手をしてくれる。親友とはこういう存在をいうのだ。
もちろん、葉桜の親友っぷりはこれだけじゃないのだけども。
キーンコーン、ガガガ。
入学のときからずっと調子の悪い教室のスピーカーからノイズ塗れに垂れ流されるチャイム。最初は金ないのかよ、私立なのに、と思ったものだが、人間慣れる。ついでに、パブロフの犬みたいなもので、移動教室などで真っ当なチャイムを聞いても授業に臨む態度に思考や動作がシフトできないから不思議。
しばらくして、教室の黒板側、つまり前方のドアが開く。
担任、長谷川が入ってくる。
長谷川はめんどうそうに、生徒名簿を抱えて教壇につく。今日も退屈な朝のHRが始まった。しかし、これもパブロフの犬で、これがないと一日の学校生活が始まった気がしない。
でも、退屈なものは退屈で、それはヒマであり、つまり、眠いものは眠い。という等式が成立する。首が天板に付きそうに――。
「珠美、レイケンはいったんだってな」
え? 長谷川先生、HRでいいますか? もっと、個人的な場所で話しましょうよ。
長谷川先生は男なので、放課後の特別授業とかは全力で勘弁ですけどね。
「あそこは、色々問題あったからなぁ。ま、がんばれ」
問題ってなんですか。メンツが問題ってことなら、納得。
きっと、まだ、一年生なのでクラスメイトは何いってるの? 先生って感じだが、恐らく、在校生には有名なんだろう。
でも、入ったものはしょうがない、というか、下半身的要請だから、逆らえないし。




