1.転移/説明と制約
前回のあらすじ。女の子がいた。
「それで――俺はもとの世界へ戻れるの?」
「イマ君ハ、モトノ世界カラコノ異世界ヘ来タト思ッテイル。同ジヤリ方デ、モトノ世界ヘ戻ルコトハ、可能ダ。シカシソレハ君ガ考エテイルヨウナヤリ方デハナイシ、期待シテイルヨウナ結果モモタラサナイダロウ」
「魔法で、転移するんじゃないのか。たしかに来た時は意識を失っていたからよくわからなかったけど」
「魔法ニ関スル部分ヲ省略スルト、おりじなるカラ君ヲこぴーシ、コチラノ体ニ貼リツケタト考エルト、ワカリヤスイ」
「え……俺はコピーなの」
異世界モノかと思いきや、実は作られたものネタとは。
「その割に全然違和感が……あっ」
するとよく見えるのは目がよくなったのではなく。
「そもそも体ごと違っているからか」
「目ノコトカ、逆ニソレダケ劣化サセル理由モナイカラナ。ソレヨリ」
スツールの上にうずくまる黒猫は、陽ざしの光暈を薄く纏い、気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。瞼は閉じられ2本の弧だ。
「今ノ君ハ、おりじなるトコノ世界ニ2人存在シテイル。ココデ、コチラノ君ヲおりじなるノ世界ニ書キ戻ストドウナルカ。
君ト同ジ方法ヲトル――新シク用意シタ体ニこぴースルト、おりじなるニ居続ケタ君ト、コチラカラこぴーサレタ君ガ2人、おりじなるノ世界ニ生ジル。ソシテ、コチラノ君ハソノママダ」
あ……。
「アルイハ、書キ戻ストキ、おりじなるノキミニ上書キスルト、最初ニこぴーサレタトキカラ上書キサレルマデノ、キミノおりじなるノ記憶ハ抹消サレル――ソノ間ノ経験、ソノ間ノ約束、ソノ間ニ身ニ付ケタ知識――スベテ失ワレル。ソシテ、コチラノキミハソノママダ」
う……。なる程、それは全く期待した戻り方とは異なる。唯一の救いは、オリジナルの自分が消えていなくなったわけではないことだ。家族や友人に心配をかけることはない。こちらのこの自分が再び会うこともできない、とはいえ。もし黒猫の言う事が本当だとしたら。そしてその真偽を判断するには、知識が足りない。この世界について、この――黒猫について。
「何故――この世界に喚ばれたの」
「喚ンダ理由――目的ハ新シイ魔法ノ実証ダガ、君ヲ選ンダ理由ハ、年齢、性格、柔軟性、思考能力――ソレカラ捕マエ易カッタカラダ」
最後の項目が意外というかあんまりというか。
「期待ハ生キノビルコト。ソノタメ必要ナさぽーとハシヨウ。シカシコノ世界ハアマリ優シクハナイ。身ヲ守ルスベハ早急ニ身ニツケルヨウ勧メル」
勝手に喚んでおいて酷い言い種だと――思わなかったと言えば嘘になる。自分が特に意味もなく実験として使われ、守ってもくれないというのは。
しかし、どれほど目をこらしても、泰雅の裡に怒りは見つからなかった。半ばはこの事態に感情が麻痺してしまったことによる。視力の向上や人語を喋る猫の存在は、事態の異常への疑いをさし挟ませない。目のあたりにしている光景が陽だまりの黒猫という、あまりに平穏であることにもよる。実際怒りを感じていたとして、それをこの黒猫にぶつけられるものか、泰雅には確信がもてない。
「身を守れというなら、武道の心得も条件にすべきでは」
「みりたりー寄リ――闘争デ解決シタガル心性ハ、実験ノ主旨カラ望マシクナイト考エテイル。シカシ、君ノ言ウ事ニモ一理アル。次ノ機会――君ガ生存ニ失敗シタラ考慮ニ入レヨウ」
身も蓋もない。オブラートも存在しないらしい。
「どんなサポートを」
「当面ノ生活ノ面倒、コノ世界ニツイテノれくちゃー、武術ノ指導、魔法ノ指導。身ノ回リノ世話ハ先程ノ娘ガ行ウ。れくちゃーハ自習中心ダガ、疑問ガアレバ私ガ答エヨウ。武術ト魔法ニツイテハ、説明ト実践ヲ織リ混ゼテ行ウコトニナルカラ、日ヲ改メテ行ウ。
サテ」
黒猫は身を起こすと大欠伸をし、ふるふると身震いした。
「午餐ニハマダ間ガアルヨウダ。ソコノ地図ヲ取ッテクレナイカ」
黒猫は大判の本を趾でつついた。泰雅は求めに応じてその本を棚から抜き出し、机に広げる。




