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異世界でチートだが万能ではない  作者: 杏栄
第二部 街で
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1.トレーニングとマーケット/油屋

前回のあらすじ。昼食は冷し中華のようなもの。


 市場は住まいと同じ新市街にあるが、錬金術通りが旧市街に向かって下手にあるのに対し、上手に広がっている。帝都への主要な中継都市が北北東にあるのだ。

 取り扱う商品は、近隣の農産物、市中で産する衣料雑貨から遥か僻遠の地に産する希少鉱物、そして香辛料まで幅広い。

 城市内のギルドの製造は各ギルドの工房で取り扱うが、新市街にある商館が優れた作品の展示場も兼ねており、訪れた商人の便宜を図っている。ここに展示されるにあたって、金やら権力やら生臭い噂もあるようだが、見習い錬金術士の泰雅には関わりのない話だ。

 塩を握る辺境伯は帝国の相場よりも安い5%の売上税をとり、それが一層市場の賑わいに拍車をかけている。広大な辺境をおさえる軍事力を背景に治安もよい。そうではあっても数年に一度は盗賊の巣窟を掃討する必要があるのが辺境である。税金の不正処理で斬首される財務官も後をたたない。

 悪人は根絶し難いものであるから、これは不正を糺すシステムが機能していることを喜ぶべきかもしれない。あるいは、受命者は清廉有能を見込まれている筈だから、堕落の速やかさを嘆くべきか。

 生鮮食料は毎朝の仕入れになるので、午後の買い出しは調味料、消耗品が中心になる。泰雅の興味はこの世界特有の文物で、生物の珍奇さは幾度見ても飽きなかった。道具類は見た目で用途の見当がつくものも多かったが、魔術が絡むと途端にわからなくなる。

 先日見掛けた高さ1m程の円筒形の物体は、電池と翻訳された。といっても化学反応で電気エネルギーを供給するのではなく、魔術で電子を偏在させるという、要するにコンデンサなのだが、電気量は魔術士の力量次第だそうだ。

 食材はギャンブルである。なるべく試食させてもらっている。使い道に困っている香辛料も相当たまってきたから、まとめて砕いてカレー粉を試みてもよいかもしれない。そんないい加減なものではないだろうが。


 錬金術通りから北上していくと、まず肉屋や皮革ギルドのエリアに入る。錬金術師たちとひとまとめに汚水を処理しているのだ。

 続いて雑多な小売商のエリアだが、これは錬金術士、肉、皮革エリアと、その他のエリアの隙間に近在の農家や猟師が入り込んできたためで、食材を揃えるのに都合がよい。普段フィービが買い出しに来ており、泰雅は素通りしていく。

 更に進むと日用品のエリアだ。

 泰雅は印刷用インクに使う質の良い油を探している。植物由来の油には旬があり、これまでのところ、雑草にしか見えない草の種から絞られた油が、最も粘度が高く有望だ。

「こんにちは」

「いらっしゃいまし、泰雅サン」

 少し鼻にかかった声で応えたのは、油屋の看板娘(らしい)ミラルだ。フィービより2、3歳年上だろう。赤味がかった細い縞がゆるやかに波打ちながら両頬を彩っている。美人なのだろう。たぶん。

「帝都から鉱物油が入りましたヨ。こちらです」

 ミラルにはいろいろな油でインクを試していることを話してある。それで新しい品が入荷する度にとりおいてくれているのだ。

「ありがとう」

 ミラルがさしだした白磁の小杯には褐色の油がとろりと収まっている。泰雅は傾けて粘度を確認する。

「よさそうだね、いくら」

「20白銅貨になります」

 これまで買っていた油の10倍近い値段に泰雅は驚いた。ミラルはすまなそうに身をすぼめる。

「すみません、何しろこの粘りでしょう、絞るのも精製するのも大変なんでス。でも馬車の軸受けはこれに限るというお金持ちもいらして」

 作るのが大変で、高くても買う人がいる、というならこの値段もおかしくはない。

「それなら仕方ない。これはやめておく。取っておいてくれてありがとう」

「とンでもありません」

 ミラルはぱたぱたと手を振った。

「もうちょっと数が多ければ、ちょろまかしてさしあげるんですケド。役立たずでごめんなさい」

「いや、それは役に立つっていわないから」

 通りがかった番頭が、ぎょっとして足を止めたのを気兼ねしながら、泰雅はミラルを押しとどめた。

「いつもの植物油を一壷ください」

「毎度ありがとうございマス」

 ミラルは拱手した。


MILAL カバラ数2 女性的原理。ビナー(理解)

「占術 命・卜・相」新紀元文庫


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