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異世界でチートだが万能ではない  作者: 杏栄
第一部 森の中で
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6.脱出/野営

前回のあらすじ。野盗の包囲網を脱出した。


 包囲網を抜け、高度を上げる。生憎星明りしかない時分だが、魔覚で植物の位置がわかるので問題ない。立ち枯れた大木でもあればその限りではないか。

「フィービ、もう包囲は抜けた。とりあえず街道まで行くのでいいかな」

「はい」

 箒1号機は、大きく、嵩ばり、荷物をゴテゴテとくくりつけられて不格好だ。加速度魔術も黒猫と乗った試作機とは比較にならない魔素消費だが、泰雅にとっては誤差の範囲だ。一晩中でも飛び続けられるだろう。重量が増大した分、操縦は容易になったとも言える。穏やかな減速には長い距離が必要になったが。

「これは…飛行魔術でございますか、泰雅様」

「…まあ、そうだな。W兄弟のとは大分違うけど」

 あちらは航空機、こちらは力業の箒だ。どちらがより効率的で、洗練されているかは、言うまでもない。

「こんなに静かなものとは思いませんでした」

 眼下の森から鳴き交わす鳥獣の声まで聞こえる。高速で飛ぶ航空機なら、風防なしでは目も開けていられないだろう。箒の利点かもしれない。

 もっとスピードを出すこともできようが、所詮木製のでっちあげ、荷物もあるし乗客もいる。安全第一で行こう。

 小一時間も飛ぶと、街道と交差した。目印にしていたキャンプらしい集団の上空を通りすぎる。森は街道の左右50mずつが切り払われ、一定の治安は保たれているようだ。

「キャンプに夜近づくのはやめた方がいいんだね」

「街道で野営するのは、強力で用心深い旅人か、強力で狡猾な追い剥ぎばかりでございます」

 わずかに左へバンク、減速を始める。高度30m、時速10km。1/10の降下率でR50m。3分半をかけてゆっくり減速していく。

 泰雅は静かに着地した。他のキャンプからは1km以上離れている。フィービが握りしめすぎた拳から、指を1本1本解いていく。箒1号機から下り、丁重に頭を下げた。

「泰雅様のお陰で無事逃れることができました。ありがとうございました。泰雅様のお力を疑うようなことを申しました。お詫び申し上げます」

「謝るようなことじゃないさ。無事でよかった」

(わたし)は床の用意を致します。泰雅様は周囲をご警戒下さいませ」

「わかった」

 フィービは荷からおろした木片を慣れた手つきで組み上げた。火口を押し込む。

「火を点けます」

 熱魔術だ。炎はすぐ安定した焚火になった。

「獣や野党への警告でございます。ご油断なさらないよう」

 泰雅は慌てて荷から長剣を解いた。魔覚で周囲1kmに、ヒトや大型の獣がいないことを、既に確かめてはいたが。

 フィービは森の端で柔らかな灌木をひと叢刈り取ってくると、火のそばで形を整え始めた。厚いキルトを敷き、防水布で覆うと即席の寝床が出来上がる。

「ありがとうございます。見張りは(わたし)が勤めますゆえ、先におやすみ下さい」

「俺から?」

「休息は魔術の遣い手から取るものでございます。それに」

 フィービは両手で胸を抑えた。

「初めて空を飛んで、(わたし)、暫く眠れそうもございません」


次回から、別口の盗賊退治です。


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