6.脱出/脱出
前回のあらすじ。フィービが変なことを言い出した。
「あの黒猫が――黒猫様が、見た目猫だからどうでもいいとは言わないけどさ。俺の命の方が、フィービの命より大事なんでおかしいよ。生命は平等でしょう」
「異なことをおっしゃる」
少女は首をかしげた。
「大きな能力は大きな責任を果たすことができ、それはまた多くの生命に責任を持つということでございます。妾は数ならぬ微賤の身、黒猫様とは比べものになりません。泰雅様は、今は実際に責任を果たしていらっしゃらない。けれども大きな力を持っていらっしゃる。大きな責任を果たされるようになること、疑いえません」
「自分の命の価値を決めるのは自分でしょう。自分で自分の命を粗末にするの」
「粗末にするとは申しません。それはひとつきりのものですもの。けれども価値は周囲が決めるものです。生命も例外ではありません」
泰雅は逆手をとった。
「俺の命がフィービの命より貴いというなら、その価値を決めるのは俺じゃないの。俺はフィービの命は俺と同じように大事だと思う」
フィービも負けていない。
「価値を決めるのは自分と仰るなら、自分の命を下に置くのも妾が決めてよい道理でございましょう」
2人は睨み合った。
先に折れてしまったのは泰雅だった。目の前の少女が犯され売られ、あるいは殺されるのを看過するなど――ましてそれを利用して身の安全を図るなど、耐えられる筈がなかった。それが道理というのなら、道理の方が間違っている。
「2人一緒に逃げても、捕まらなければいいんだろう」
泰雅は低い声でいった。
初めて見る泰雅の怒気に、フィービは驚き、反射的に頷き返していた。
フィービには引き続き荷造りをしてもらって、泰雅は箒作りに戻った。完成前から改造だ。まず2脚目の椅子の強化に取りかかった。タンデムだ。2脚をいろいろ配置してみる。結局椅子を45度振って、対角の脚に横木をわたしてステップにした。
座面直下に1本、ステップと脚の交点左右に1本ずつ縦通材を通して、2脚の椅子をつなげる。上下とも前方に延長したフレームにはシャフトとハンドルを取りつける。下フレームは後ろにも延長し、余った板材で荷台を作った。仕上げにシートベルト用のリングを取りつける。
実にやっつけ。実に不格好。しかし隅々まで泰雅の手が入り、小動もしない。
「これは――何でございますか」
「箒――1号機と名付けよう」
「箒でございますか。何を掃くのでございましょう」
「掃く箒じゃない、乗る箒さ。夕食と明日の弁当を用意してくれないか。日が暮れたら脱出だ」
これででございますか。フィービの呟きには疑念が色濃く混じっていた。
食料、水、持ち込んだ書籍、道具類、武器に寝具などをくくりつけると、箒1号機はますます得体が知れなくなった。荷台が足りずに前部に急造したせいでもある。
夕食を終え、中庭に箒を運び出す。加速度魔術のおかげで、1人でも簡単だ。残照は消えかかり星渦が天空を覆いはじめている。泰雅が野盗たちの様子を探ると、包囲は4人に減り、街道方面が4人に増えている。
小屋には2人しかいないと判断し、強襲に切りかえるのかもしれない。騒がれる前に離脱する自信はあるが、向こうが慎重にやってくれるなら、宵闇を待ちたいところである。
笛が鳴った。澄んだ禍々しい音色だった。強襲らしい。
「しっかり掴まって」
上昇。前傾。柔らかな体温が背に預けられる。小屋の屋根をかすめるように、泰雅は加速を開始した。




