1.転移/食事
前話のあらすじ。目がよくなった(棒)。
背後で咳払いがあった。光に慣れた目にひときわ黒々とした塊こそは、その反例である。
「アー、オハヨウ泰雅」
「おはよう、あるいはこんにちは、黒猫君」
油断なく周囲の気配を探りながら、泰雅は挨拶を返した。黒猫のセリフとジェスチャーの同期は完璧だ。
「服ト食事ヲ用意シテイル。アチラデ、ドウカネ」
さらっておいて放置して、今更毒も盛るまい。泰雅がうなずくと、黒猫は身を翻した。人の気配はなかったが、裸でウロウロしたくなかったので、毛布を引きずったまま泰雅が続く。
廊下の反対側の部屋は納戸でもあるのか大小様々な箱が雑然と積み上げられている。薄い生地でざっくり縫われたシャツとズボンを身につける。下着らしい紐付き布は無視することにした。
――フンドシか?――
廊下の突きあたりがダイニングらしく、一枚板のテーブルにパンの塊とスープらしき皿があった。――これをみんな猫が用意したのだろうか。
パンにそえられたナイフは刃渡り15cm余り、幅は2cm程。鍛造の槌目を残し研ぎあげられた片刃にゆるやかな刃文が見てとれる。堅木のグリップは素っ気なく鋲で留められ、けれんも愛嬌もないが柄を外せば銘でも切られていそうな佇まいだ。
ざっくりとパンから1片を切り取り――予想通りの切れ味だ――食べる前に断面を見てみる。発酵の細かな穴があり薄茶色で焼けた澱粉質の香気が泰雅に空腹を思い出させる。見た目より強靭な皮に苦戦しながら一口食いちぎる。
椀を満たすスープはすっかりさめて、具の赤や緑のブロックが透けて見える。嗅いでみるが匂いはほとんどない。意を決して一口口に含む。何かが多すぎ何かが足らないような――泰雅がはじめて一人で作ったミソ汁のような味わいだったが、不味いとまでは言えない。匙で赤いキューブを食べてみる。殆ど抵抗なくくいちぎれる。ダシとしてでてしまったのか味はない。黄色いキューブは繊維が多く、若干酸味が残っている。緑のキューブはやや甘い。
源清麿がすき。なので、そのイメージで(パンを?)。