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異世界でチートだが万能ではない  作者: 杏栄
第一部 森の中で
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6.脱出/木の溶接

前回のあらすじ。矢を把握して、曲げたり伸ばしたりした。


 泰雅は折れた切断面に意識を集中した。ささくれた破断面からは繊維が弾け伸びている。その一本へと対称を絞り込んでいく。複雑に絡み合った繊維をほぐす――突然、繊維の先端が半径1cm程の球形の綿毛になった。指でつついてみる。柔らかい。

 まとめ直すと、中実の妙に光沢のある針状になってしまった。綿毛に戻し、まとめ直してみるがやはり針状だ。他の繊維の、適当にくっついている、という状態がうまく再生できない。他の繊維の構造を転写できないかと思って試みたが、疎な結合部分だけを抜き出して認識するのが難しい。全ての原子の結合に上書きされてしまい、数本の繊維を分解してしまう。

 泰雅はひとまず諦めることにして、今度は鏃の付いた部分と、矢柄の両方の繊維を解す。2つの綿毛を押しつけて、再び繊維に戻す――2本の棒針が並行して生成された。

 かきまぜたり、息を吹きかけたりしてみたが、結果は変わらない。小考して、2本の棒針をくっつけた状態から解してみる。2つの綿球は完全に混ざりあって、今度は引き離そうと力を加えても離れなくなった。繊維に戻す。1本の棒針になった。

 よし、と小さなガッツポーズを見せる泰雅が何をしようとしていたのかといえば、植物繊維の溶接である。箒の改良型を作るのに、紐やネジ釘で木を接合するのは不安だったのだ。もといた世界では簡単に入手できた強力接着剤は望むべくもない――一般的な接着剤でさえここにはない。

 とりあえず、泰雅は壊れた矢の修理を済ませることにした。一部だけ妙に艶のある輪を持つ矢が出来上がる。そこだけあきらかに細い。鏃で机を叩いてみたが、強度的な問題はないようだ。

「うーん」

 泰雅は再び魔術を使って矢を把握する。今度は鏃から矢筈まで繊維を圧縮していく。竹模様をプリントしたプラスチックのような矢が出来上がった。作ってはみたものの、元の状態に戻すのは無理だろう。

 泰雅は矢を置いた。現状不可逆な変化もあることを肝に銘じて、床に胡座をかいた。本番だ。

 今まで泰雅が腰かけていたスツールが目の前にある。鉋がけなどしておらず、脚は樹皮をそのまま残した野趣あふれる椅子だ。4本の脚には平行に2組の細木が渡してあって、ぐらつきを抑えている。

 先程は材を直につなぐ継手だったが、今度は直交する仕口だ。泰雅は足と細木から始めることにした。

 接合部を解し、再び繊維化した。脚の穴がひとまわりひろがり、細木の先端は細くなって簡単に抜けてしまった。こうなってしまったら、綿毛同士を押しつけても溶接できない。不可逆過程があると思い知ったばかりだというのにこのざまだ。泰雅は舌打ちした。

 しかし本当にどうしようもないのか。

 泰雅は先程あきらめたところから再び考え始めることにした。綿毛にしてから絡ませることはできず、絡ませなければ溶接できない。このプロセスのどこかに抜け道を探さなければならない。綿毛を更に分解すると飛散してしまう。もし封じ込めることができれば――

 泰雅は2つ目の接合部に取りかかった。今度は樹皮はそのままに、内部の繊維を単糖にまで分解した。その状態から多糖化、更に繊維化する。

 接合部はひとまわり細くなって溶接された。矢の時とそっくり同じだ。ただし樹皮には縦皺が刻まれてしまっている。再び樹皮だけを解し、圧密。しかし一度ついた皺は取れない。

 仕口の溶接の目途はたった。皺くらいはやむを得ないと諦めることが出来る。残るは、やってしまった1か所だが。

 泰雅は立ち上がり、伸びをした。発想の転換が必要だ。午後の作業に温存していた体力を少し消費することにして、泰雅は長剣を手にとった。


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