5.竜と箒/竜
前回のあらすじ。黒猫と狩りに行った。
竜を見たい、と泰雅が言うと、黒猫は泰雅に戦鎚を、フィービに弁当の用意を命じた。
「これで狩るの?」
「食料ハ十分ダ。狩リハシナイガ襲ワレルコトハアル。護身用ニ剣デハ心許ナイ」
黒猫は丸腰だが、竜如き歯牙にもかけないと見える。流石は倉庫の鼠捕り、ではない何かだ。インパクトが強すぎて他の称号を忘れてしまった。
弁当水筒のほか、細々したものを持たされる。
長剣、ナイフ、防水布、ロープ、着換え、包帯、背嚢、魔石もあった。実物は初めて見る。視覚では3cm角程の鈍色の金属だ。全体に淡黄色がかっている。魔覚で視ると、魔素をまったく持っていないように見える。見た目より随分軽い。それが5個。
「マア、念ノタメトイウカ、貴重品トイウカ」
黒猫は器用に魔石をポーチにしまった。
1人と1匹が辿る獣道は、ゆるやかに下っている。
「フィービは、ひとりで置いて来てしまって大丈夫なの」
「コノ世界ハ、アマリ平和デハナイ――アリテイニ言エバ、カナリ野蛮ダガ」
黒猫は暢気に答えた。
「第1ニ、ふぃーびハ私ノ保護下ニアル。知ッタ上デ事ヲ構エヨウトイウ輩ニハオ目ニカカッタコトガナイ。第2ニ、コノ世界デ生マレ育ッタ娘ナリニ逃ゲル心得ハアル。戦イ方ハ知ラナイトシテモ」
黒猫も、フィービ自身さえ気にしていない様子なので、心配しすぎかも知れない。泰雅は不安を棚上げすることにした。
時折倒木が径を塞ぎ、泰雅はその度右か左に回り込んで迂回した。倒木の幹は掌の半分ほどの鱗片に覆われている。陽にあたらない下半分は黒ずみ、腐りかけている。黒猫は身軽に巨木を潜り抜け、あるいはとびこえていく。
分厚い腐葉土の下には水が溜まり、泰雅の靴は次第に重く湿り始めた。
ずぶり、と表土を踏み抜いて、足首まで水に浸かったとき、聞いたことのない重低音が泰雅を揺さぶった。ちょうど巨大な倒木を攻めあぐねていたところで、別の木にひっかかって倒れきらず、乗り越え難かったのだ。下に隙間はあるが、潜り抜けるには狭すぎる。
遮二無二幹をよじのぼった。樹皮の鱗片のおかげで手がかり足がかりには困らない。幹に跨って、改めて魔覚を広げると、100mもない至近距離に大きな反応が3つあった。この距離からでも、細長い魔素の濃淡が、左右に首と尾を振っていることがわかる。移動方向は泰雅から見て1時から11時だ。
「泰雅」
泰雅は我に返って倒木を滑り降りた。先行する黒猫を追う。
纏わりつく風は湿り、わずかに腐臭を帯び始めた。頭上を覆う樹幹はまばらに、天空は明るくなっていく。
パアン
破裂音は、今しがた目の前を通りすぎた巨竜の尾が発したものだ。歩みにあわせ、左右に払われる尾は長さ10mはあるだろう。鞭のようにしなる先端が、音速を超えた衝撃波だ。
広がる湿地帯の対岸2㎞先には同族の巨竜達が10頭余り、群れて水草を食んでいる。実に平和な光景だ。竜は竜だが、
「恐竜っていうんじゃないの」
「ソウトモイウ」
黒猫は、その竜に押し倒されたばかりの木の上で宣うた。泰雅の足元は黒い泥水に沈みだしている。




