1.転移/悪夢
前話のあらすじ。部屋で黒猫に襲われた。
厭な夢を見た。
電車の網棚に、巨大な黒猫が寝そべっていた。泰雅の顔を見るなり、笑顔で襲いかかってきた。まばらだった筈の車内は瞬時に満員になり泰雅は乗客をかきわけて逃げた。
電車を下りると、そこは夕暮れの路地だった。泰雅は見覚えのある住宅街を全速力で走った。高校生の筈なのに黒いランドセルを背負っており、重くて邪魔なのに捨てようとは思いもよらない。
泰雅は振り返らない。振り返ることができない。振り返る隙に襲われてしまうし、何より追ってきているそいつを目にしなければならなくなる。
道はいつしか仄暗い渓谷へ入り込んでいた。木々の隙間からわずかな残照が伺えたが、足元に降りるころには柔らかな小径をかろうじて浮かび上がらせるにすぎない。
この渓谷を抜けることができれば――わずかずつ、しかし確実に木下闇は濃くなりつつあった。
抜けることができさえすれば――しかしこの径はどこに続くというのか。
抜けさえすれば――スニーカーの下で小枝が折れ、腐葉土に足をとられる。泰雅はよろめき、絶望にうなじの毛が逆立った。
仰向けに転倒した胸の上に、重いものがのしかかる――最強度の危機感が、泰雅を夢の世界から射出する。
陽光の中で猫と泰雅は顔を見合わせた。泰雅の絶叫は、猫をとび退かせた。強い反動が、泰雅の背中をベッドに沈ませる。ベッド?
猫は扉の外へ姿を消した。泰雅はあたりを見回した。見覚えのないログハウスの一室だ。調度は今寝ているベッドがひとつきり。足元の方向に木の扉。今は開け放たれている。左手の大きなガラス窓から明るい陽ざしがさし込んでいる。時刻の見当はつかないが、早朝、夕暮れという角度ではない。ベッドはスプリングのないマットと無地の茶色のブランケットのみだが寒さは感じない。桜の季節にしては温かすぎるようだ。
ベッドから出ようとして、泰雅は慌てて毛布にもぐり込みなおした。
裸だった。
「だれとく~」