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異世界でチートだが万能ではない  作者: 杏栄
第一部 森の中で
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3.魔術/沐浴

前回のあらすじ。渦状銀河を見た。


「こちらです」

 木桶を2つ、天秤棒を1つかついだフィービが先導する。

「片方持とうか」

「両方ないと運びにくいので」

 とりつく島もない。

 2人の無言を埋めるように、森は次第ににぎやかになってくる。足元の叢で鳴きかわす声は、2人の接近とともに鳴りをひそめ、通りすぎると再開する。梢附近の長嘯は、更に遠くの声と呼びかわしている。はばたきと枝葉をゆらす音はするが、姿を顕す間抜けはいないようだ。この瞬間、どこかで黒猫は狩りをしている。今の泰雅には見えない獲物を狙って。

「随分動物がいるみたいだね」

「人を襲うようなものは稀でございます。獣と鳥と竜と」

「竜!?」

「このあたりまで来るのは人の背丈もない大人しやかなものです。昨日の昼は、黒猫様が獲ってらした竜でした」

「黒猫…様?」

 びくっとフィービが身をすくめる。

「あの…泰雅様が貴い方とは承知しておりますが、はい」

 泰雅の身分が高いというのもよくわからないが、フィービは黒猫よりも下というのか。猫にも地位があるのか。

「えーと、黒猫、様はフィービより偉い?」

「ヒッ」

 今度こそ、フィービは木桶ごと天秤棒を取り落としてしまった。

「勿論でございます。偉大な狩人にして世界の秘密の継承者、数多の秘術の遣い手、人民の守護者、王の鉤爪、倉庫の鼠捕り」

 最後の称号が意味不明だ。

伝染(はや)り病の防ぎ手でございます」

「おおう」

 疫学なのか細菌学なのか。

「伝染り病の原因って知っている?」

「お医者様にお訊ね下さいまし」

 それもそうか。何の話だっけ?


 水場は切石で縁を囲まれた泉だった。周囲5m程が切り開かれていて、朝日に水面が煌めいている。水量はかなり多そうだ。水底には砂利が敷きつめられている。水草も魚影もない。

 水を満杯にした桶2つとともにフィービが戻っていく。泰雅は着替えと布を手近な枝にかけると、服を脱ぎ水を浴びた。直接泉に入らないようフィービに注意されてもいたが、自分が食べる料理に使う水を汚すつもりはなかった。水は悲鳴を噛み殺す程冷たかったが、汗を流し髪をすすぐとさっぱりした。石鹸はないらしい。恒例の作りたいものリストに加える。

 水浴を終え、新しい衣服を身につける。本当は褌のつけ方をフィービに訊ねたかったのだが、昨日の今日で結局聞きそびれた。しかし褌の形状、身体の構造、そしてうろおぼえの画像知識から、これしかないというつけ方を既に編み出し済みである。違っていたとしても今は確かめようもなく、確かめられるおそれもないことだ。

 服を着ると、汚れ物を洗った。たぶんフィービの仕事の範囲なのだろうが、知り合って間もない少女に頼むのは躊躇われた。絞ったままの洗濯物を提げて、小径を戻る。迷う心配がないので、精一杯知覚のアンテナを広げる。同伴者がいない分だけ、泰雅は濃密な生物の気配に囲まれていた。静かに移動することに失敗すると、瞬時に気配は遠ざかる。わかり易い。今度は、装備をちゃんと身につけたまま歩きまわってみよう。と泰雅は思った。


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