2.武術/長剣
前回のあらすじ。異世界の文字を理解できた。
スープとパンの朝食を並べると、フィービは台所に逃げ戻り、立て籠もってしまった。声をかける隙もなかった。セクハラ野郎と思われたのかもしれない、と泰雅は若干凹んだ。
自分の朝食を平らげた黒猫は素知らぬ振りで切り出した。
「今日ハ武術ノ基礎ダ」
日本語だ。
「わかった。ところでこの言葉は、何というの」
泰雅がこちらの言葉で返すと、黒猫は
「南方語ダナ」
やっぱり口調がおかしい。どんな言葉であれ、猫向きでないことは確からしい。
「一般的ナ武器ヲ用意シタ。コッチダ」
倉庫にあったのは、長剣と長柄武器がそれぞれ1つずつだった。長剣は鉄製で、切っ先から柄頭まで泰雅の肩にまで達する長さだ。振り回すにはかなりの膂力が必要だろう。切っ先は鋭いが刃は1/3程しかついておらず、鍔元から1/3程のところに奇妙な突起がある。斬るよりも突きに適しているように見える。
長柄武器の方は泰雅の背丈程もある。先端は槍になって20cm程の穂先の下に鉄製の三角錐が2つ。底面を向かい合わせについている。三角錐は底辺各10cm、高さ20cm程もあり、かなり重そうだ。斧でもなし、ハンマーでもなし、鎚というのが最も近いだろうか。
「武器ダケデイイ。外ヘ行コウ」
重くはあるがよろけもせずに――オリジナル泰雅では無理だったろう――戸外へ出る。
「剣カラ行コウ。適当ニ振ッテミテクレ」
柄を両手で握り、正眼に構える。振り上げ、振り下ろすだけの動作で、泰雅はよろめいた。2回目には土を斬って、ついでに自分の足も削るところだった。
10分程で息が上がってしまった泰雅に休止を命じ、黒猫はおもむろに切り出した。
「見テノ通リ、コノ剣ハ斬撃ヨリモ刺突ヲ得意トスル。おりじなる世界ノ剣道トハ大分趣ガ異ナル」
ちょいちょいと手招きして泰雅を座らせると、両掌でその頭を左右から挟み、更に額を密着させた。肉球は思ったより固い。
「コレカラ剣ノ基本操作ヲ焼キ付ケル。大分楽ニハナル筈ダ。上級編ハナイゾ。精進アルノミ」
黒猫の吐息はやや生臭い。
「アア、昼ニハ肉ガ食ベラレル筈ダ。貴重ナ蛋白源ヲ獲ッテ来タノダカラ感謝シテモライタイ」
10分程して突き放された。痛くもなく痒くもなく、特別達人になった気もしない。
「見セテモラオウ」
泰雅は剣を把り、佇立した。
「言葉と同じかな。使える筈を信じる、とか」
「マア、ソンナトコロダ」
剣が翻る。第一の型。腰が座り、膝が撓む。仮想敵の攻撃線を避け、右に回り込む。刺突から剣を返して、第二の型。仮想敵の攻撃をあるいは避け、あるいは弾き、泰雅の動きは間然するところがない。ひとふりごとによろめいていた先程までとは別人のようだ。
「凄い凄い。本当に上級編はないの」
「剣ヲ思イ通リニ振ルエテ、ヨウヤクすたーとらいんダ」
黒猫は思案気にいった。
「実戦ハヨミアイ、ダマシアイ、コロシアイダ。遣イ手ニ依存スル回路ハ遣イ手ソノモノ。共通項ナドアルハズモナイ」
「最強の名人ならいいんじゃないの」
「ソノ場合、君ガ最強ノ名人ニ上書キサレルコトニナル。本末転倒デハナイカ」
誰であれ身に付けられる範囲だから、書き込んでも泰雅は泰雅でいられる。個人に特有の領域まで書き込めば、その分泰雅は侵食される。ということか。
「そうなると…これからどうしたらいい」
「心配スルナ」
黒猫は長い尾を左右に振る。
「街ニ戻レバ、訓練ノ場モ相手モ提供デキルシ、ソノ用意モアル」
「わかった。ありがとう」
長剣はリカッソ付きのエストックをイメージしています。
この異世界の対人戦闘で、刀よりも直剣が好まれる理由は、西洋中世の理由とは異なります。




