1.転移/芸術分野
前回のあらすじ。生産チートはないらしい。
「ええと、武術か魔術の達人にはなれるの?」
「回路ヲ焼キ込ムトイウ方法デハ、君ガ達人にナルコトハデキナイ。モシ実行スレバ、ソノ瞬間ニ君ガ消エ、達人ノこぴーガ誕生スル」
再召喚と同じ理屈か。
「基本回路ハ多クノ名人上手ノ回路ノ最大公約数ニスギナイ。ソシテソノレベルデアレバ、イマノトコロ重大ナ干渉ハ知ラレテイナイ――スマナイ」
最大希望が速攻潰されてしまった。落胆した表情があまりはっきりしていたせいか、黒猫までしょんぼりとうなだれていた。
「ピアノはあるの?」
泰雅は受験の半年を除き、年長組からピアノを習っていた。ベートーヴェンのピアノソナタを偏愛し、ボカロ編曲を弾く。
「ぴあの……鍵盤楽器ハナイ。打楽器、管楽器、弦楽器ナラアルガ」
天才ピアニストになるためには、ピアノの発明から始めなければならないらしい。18tの張力に耐えるフレームとピアノ線。連打に耐えるハンマー装置×88鍵……ここでうんざりしてしまうあたり、泰雅の生産系適性は案外低いのかも知れなかった。
ギターでも習っておけばよかった。父が遊びで弾いていたのを泰雅は恨みがましく思い出した。もっとも父はコード表と首っぴきで掻き鳴らすだけであったから、ギタリストにはなれないだろう。
日が傾いてきたので黄昏に夕餉を摂り、そのまま就寝する。
フィービが整えてくれたベッドに潜り込む。午すぎまで寝ていたし、環境が激変しすぎたせいもあり、寝付かれない。
黒猫の勧めるとおり、戦士か魔法使いになる以外ないらしい。黒猫がフィジカルに太鼓判を捺し、アフターケアにも手を尽くすといってくれているのが、せめてもの慰めだった。
この社会は封建制だろうか。
江戸時代であれば士農工商。戦士は士、生産系は工に相当する。商人としては致命的なまでに愛想がない。植物を育てることについていえば、どちらの祖母も上手だった。両親はどちらも植物枯らし――ブラウンフィンガーを自認していた。泰雅自身は苦手とも思っていなかったが、特に栽培が好きとも得意とも思われない。いずれにせよ、盗賊・山賊が横行するところで農業を営むならば、自衛能力は必須だろう。
風が出てきた。森の木々が葉を鳴らす。
平行進化。この世界でも樹皮で身をかため、恒星の光エネルギーを糧とする生命形態が繁栄しているのだ。それを食べる動物が居り、その動物を食べる動物が居るのだろう。生命のネットワークの中で、ヒトはどのような地位を占めているのか。
設定説明は(だいたい)終わり。
次回から、武術のガイダンスです。




