5.勇者のレベルアップを待ってやる魔王の美学
ピーピーピー……。
時計のアラームが鳴る。
街の時計塔と見比べてみて、時間、合ってたんだよな。
この世界も一日24時間でした。わかりやすくていいな。
そんな新しい設定いちいち考えるシナリオライターなんて存在しません。
っていうか一日が何時間か決めておく意味なんてありませんもんね。
エロゲーですから。
「ん……なんです?」
ベルが目を覚ました。
夜中の11時だ。
「作戦開始」
「作戦? なにか思いつきました?」
「ああ、じゃ、こっそり行くぞ」
窓を開けて音を立てないように飛び出す。
首都の王都とはいえ11時でも夜は暗い。街灯のようなものはほとんどない。
三日月のわずかな光でも目が慣れれば実によく見える。これも魔王の能力か。
ひょーい、ひょーいと軽くジャンプして屋根を飛んでいく。
こうした身体能力も魔王の物だ。チートかもしれんが、ラスボスの魔王がこれぐらいの能力持ってて当たり前だな。
数軒離れたところにある勇者が泊まっている宿屋に向かう。
「ベル、勇者がどの部屋に泊まってるか探ってくれ」
「わかりましたっ!」
ひょいひょいと窓の外を飛び回っていたベルが手招きする。
軒からぶら下がって窓に飛び移ると、勇者がベッドで寝てるわ。
いきなり始まったゲーム世界で、夜の11時、眠れない夜を過ごしているか、疲れ切って寝込んでるかのどっちかだと思ったが、どうやら疲れのほうが優先したようだ。オタクゲーマーなら徹夜も苦にならんかもしれんがな。今日あれだけいろんな大人と交渉続ければ十七歳には苦行だろうて。
「ベル、催眠魔法」
「はいっ」
ベルの催眠魔法は強力だ。俺もボス戦でこれやられてパーティー全滅とか食らったからな。状態異常抵抗の魔法持ってるメンバーか不眠属性が付いてるアイテムが無いと攻略不可能だぞ。
敵に回すと怖い相手だが、今は味方だから心強い。
ふわりとピンクの煙が勇者のベッドを包み込み、そして消えた。
「これでなにをやっても朝まで起きませんから」
よしっ。
窓をこじ開けて勇者の部屋に侵入する。
「(聖剣はどこかな……)」
一応小声でベルと会話する。
「(抱いて寝てるのがそうなんじゃないですか?)」
うえっ。勇者のやつ聖剣抱いて寝てるよ。
どんだけ大事なんだよ。
そーっと引き抜いて……取り出す。
お前は鞘だけ抱いて寝てろっての。
「(王様からもらった金が金貨千枚がどっかにあるはず)」
「(ありました――!!)」
「(でかした!)」
もぞもぞと勇者のベッドにもぐりこんでいたベルが毛布から顔を出して金袋を引きずり出す。身長30センチには重いよな。それを拾い上げる。
貴重品はベッドの中か。まあセオリーだね。
バスルームからタオルを拝借して聖剣に巻く。これ刃が当たったら俺でも大怪我になっちゃうかもしれんからね。
「(はい撤退)」
「(了解でーす!)」
窓からひょーいと飛び出して、出る。
俺たちの宿屋に戻って来た。
「さすがです魔王様! 勇者から聖剣を盗み出すとは! 思いつきませんでしたよ」
「うーん、まあこれは賭けだな」
「賭けといいますと?」
朝、勇者が目覚めて聖剣も金も無くなってることに気が付いたらどうするか?
俺だったらセーブポイントからやり直すわ。
ただ、そのセーブがどの時点から有効なのかだ。
ロードしてやり直したとして、その時点で聖剣があるかどうか。そこがわからん。
侵入時間を11時にしたのは、日付が変わる前に盗んでしまえば、ロードしてもセーブ前に聖剣が盗まれたということになり、聖剣が無い状態からスタートかもしれないと思ったからだ。そこは賭けだ。
ゲームはもうスタートしている。最初からやり直しは効かない。
ちなみにこのゲームセーブポイントは一か所だけだ。
クソゲーで助かったわ。
システムデーターにはスチル絵が貯まるんだけどね。あっはっは。
「勇者ってのは、まあスキルの一つと思っていいが時間をさかのぼってのやり直しが効くんだよ」
「ええーそれズルいですね」
「だから、明日の朝勇者が聖剣持って現れたらこの作戦は失敗。聖剣無しで登場したら成功ってこと」
「……魔王様、ひとつ疑問なんですけど」
ベルが不思議そうな顔をする。
「魔王様は勇者を今のうちに殺したりしないんですか?」
うん、それベストだね。
でもそれはやっても意味ないの。
「勇者は死ぬと、蘇るから、殺せないの」
死んだらセーブポイントからやり直し。こればっかしはゲームシステムなんだからしょうがない。プレイヤーの特権だ。
「それじゃあ、いつまで経っても勇者に勝てないじゃないですか!」
その通りだね。
「だから、時間稼ぎをしつつ、嫌がらせを続け、魔王討伐を引き延ばす」
「……魔王様意外とセコい……」
「まあ見てろ。結果は出す」
このゲームは勇者が魔王を倒してエンディングだ。
つまり俺が殺されるまで終わらない。
俺が殺されない限り勇者は無限にかかってくる。ではどうすればいいか。
……試してみる価値はある。
次回「6.小説家たるもの最終回をどうするかぐらいは決めてあるはず」