3.誰でもなれる職業って底辺なのは異世界でも変わらない
「これより王都に向かう。服を持て。平民の服でよい」
「はいっ!」
水の四天王サーパスが服を持ってきてくれる。
黒くてごっつい鎧脱ぐ。
「……そうしてると魔王様まるっきり人間ですねー……」
いけませんかスワンさん――――っ!
うん、鎧脱いだら俺全裸でした。恥ずかしい……。
魔王として、魔王として! こ、ここで前を隠したりはできない!
こんな美女や美少女に囲まれて全裸で仁王立ちってどんなご褒美ですか!
「鏡を持て」
「はいっ」
サーパスがさっと水鏡を魔法で作ってくれる。
うん俺だ。生前の俺そのまんまだ。金髪のイケメンとか銀髪の渋いオジサマとかでなくて生前の俺そのまんまだ。
わかってたよ。勇者がアレだもん。
ちょっと泣きたくなるけど、さっさと準備する。
「一人同行してもらいたいが」
「では私が」
妖精メイドのベルか。確かに彼女なら人間社会に精通しているだろうな。
「姿はどうする?」
「私の姿は人間には見えませんから。魔王様にも認識阻害をかけます」
さすがは妖精。都合いいわ。
「さっきの映像に噴水広場があったな。あそこがいいか……。では」
「失礼します」
ベルが俺の肩にちょこんと腰掛ける。
うーんかわいい!
フィギュアサイズのメイドさん!
萌える!!
サイズのせいもあるか、ラスボス直前で仲間になるからか、さすがにベルとのHシーンはゲーム内にも登場しない。勇者パーティーに負けない限り、君はずっと魔王と共にいてくれる一番信頼できる側近だよ。
「テレポ!」
一瞬で噴水広場。
うわ――――!!
ファンタジー世界全開だよ!
俺が感動しちゃうよ!
人間、ケモミミ、ドワーフ、エルフ!
一通りなんでもいるわ――!
石造りの建物、漆喰の木造、石畳、あふれる露天、にぎやかな街並み!
す……素晴らしい……。
これぞファンタジー、これぞRPG!
アニメか、ゲームか、そのまんまな世界……。
「魔王様、魔王様!」
悪い。一人で感動してた。
「認識阻害が解けます。急いで路地裏に……」
「わかった!」
俺は大急ぎで適当な路地に入り込み、しばらく待つ。
「ふうー……。解けました。もう魔王様の姿は人間にも見えますから、気を付けてくださいね」
「まあ平民としてうろつく分には問題ないだろう」
「では私は使い魔たちから情報を集めて勇者を探してきます」
「俺はどうしよう」
「しばらく観光でもなさっていてください。では」
そう言って、ベルはぴゅーんと飛んで行ってしまった。
うん、時間できたね。
異世界でいきなりぼっち。ものすげえ心細いんですけど……。
言われた通り楽しませてもらうよ。まだ俺はこんなところで殺されたりはしないはずだ。
しかし転移魔法って凄いな。思ったところに一瞬で行けちゃうもんな。
魔王とかってさ、突然現れて、わはははははとか笑って一瞬で消えちゃったりするもんな。ストーリー上、転移魔法ぐらい持ってないとおかしいか。
腹減ったんで屋台でなにか買おうとしたんだけど、よく考えたら金がない。
魔王が一文無し。情けない……。
持たせてもらえばよかったな。いや、魔王城に金なんてあったっけ?
贅沢は言えないか。この街で金が稼げたらいいんだけどな。
さすが王都だね! 大きいわ!
勇者だったらどこぞのちっちゃい田舎町スタートのはずなんだけど、その手順飛ばしてるね俺。
武器屋、雑貨屋、魔法屋、本屋、服屋、なんでもあるわ。
金さえあればなんでも揃えられるのに……。
金かあ……。どうやって稼ぐかな。
今は無職で身よりも保証人も何もない。
ここで就ける職あるか俺?
前世はリーマン。手に職も無いしなあ。
営業でさあ機械部品の注文とか納入とかやってたよ。
いつも納期に追われ文句言われて値段交渉で神経すり減らしてノルマできなくて怒られて……。
そんな俺が魔王かあ。
勇者に殺されないように頑張らないと。
あと、四天王たちも養っていかないと。ちゃんと気に入られて優しくしてあげないと勇者に寝返られちゃう。責任重大だね。
俺でもなれる職業か……。
やっぱり、冒険者かな?
冒険者ギルドとかあるのかな?
ふらふらと歩きながら街の人たちの会話を聞く。
うんわかる。日本語だし。
看板とか道案内の字も読めるよ。謎文字だけど下に字幕出てる。
なんという親切設計……。
いろいろ探し回ったらギルドあったよ。
冒険者ぽい恰好したやつの後こっそり付けたらたどり着いた。
思い切って入ってみる。ギロッと中にたむろしていたいかにもガラ悪い連中に睨まれる。こええ――……。
恐る恐る受付まで行ってみる。
オッサンだ。強面だ。そりゃこんな連中相手に美人なお姉さんが受付なわけないよな。でもエロゲーなんだから美人のお姉さんでもよかったと思う。
攻略対象以外は絵師さんも手を抜いてしまいますね。キャラがかぶると面倒ですからね。しょうがないね。
「こんにちは。あの、このギルドで冒険者になりたいんですが、どういう手続きが必要ですか?」
「あーん?」
受付のおっさん、上から下まで俺を眺めて渋い顔をする。
「やめとけやめとけ兄ちゃん、あんたみたいのが冒険者なんかやったってすぐに死ぬわ。もっとまともな職に就きな」
「そこはまあなんとか」
一応魔王だしな。ステータスも、もう限界振り切っているけどな。
「冒険者ってのはな、底辺職だぜ? 失業して、家族も亡くして、ホームレスになって、どうにも行き場がなくなったやつが最後に死に場所として選ぶような職だぜ? どこに行っても馬鹿にされ、使い捨てられ、死んでも誰も気にしない。そんな連中が生き残るためだけにやる職だぞ。やめとけやめとけ」
「せめて登録だけでも」
「じゃあこれに書くか? 読み書きできるのか? 読み書きできるだけでも就ける職がいくらでもあるぜ? なんで冒険者になりたいんだ?」
おっさんが申込用紙をヒラヒラさせて俺に言う。
「身分の保証がなく他に就ける職業にもあてが無くて……」
「ふざけんなよお前。冒険者ってのはな最低でも市民登録されてるやつでないとなれねえよ。冒険者になったら武器買って身に着けて歩くんだぞ? 武器を持たせても問題ないっていうぐらいの最低の身分保障は必要だよ。前科が無いとか、指名手配されてないとか、市民権があるとかな、税金の納付証明があるとかな、あるいは猟師や兵役の実績があるとかでもいい。こんなヤバい職業選ぶ奴がまともなわけないから俺らだって用心するわ! そんなことも知らんのか!」
おうっ……。確かに。
そういえば日本でも猟師になるには、警察に申請して講習を受けて試験をパスして、銃砲所持許可を発行してもらって銃砲店で鉄砲買って、狩猟免許も試験を受けて別に取らないと始められないわ。
警察の身辺調査もあるし公安の許可もいるし最近は精神科の医者の診断書もいるんだったな。
フリーターに降りる許可じゃないな。
「別に冒険者じゃなくてもなにか獲って持ってくるってなら買い取ってやるけどよ。こんなとこに売りに来るようなやつは無能もいいとこだ。自分で雇い主を見つけて商人や商会に卸したほうがよっぽど金になるだろう? そんなこともできないアホしかここにはこねえんだよ。底辺も底辺、その日暮らしのロクデナシだ。帰んな、兄ちゃん」
と、言うわけでもう後は何を言っても無視された。
そうですよね。
エロゲー世界で別の冒険者に活躍されたら主人公が困りますよね。
設定に無い男は冒険者にもなれません。世知辛いです。
しょうがないと帰ろうとしたら……やってきたよ勇者が!
次回「4.レベル一桁の勇者に王様は魔王を倒せと言ってくる」