14.幼なじみって現実には彼女になんかなってくれない
「勇者が街を出ました!」
ガタッ!
ベルの報告を聞いて、遅めの朝食のテーブルから全員一斉に立ち上がる!
「ついに動いたか、勇者!」
魔王としてはぜひここでカッコいいセリフの一つも言ってみたい。いや、言おうと思ってたんだよねー。あっはっは。
「シラサギ街道を西へ移動中です」
トンビ映像かね。上空からくるくる回ってますわ。あのミュージカル映画のテーマが聞こえてきそうです。頼むから勇者アップにしないでくれよ。
「よし、例の作戦行くか。ベル頼む」
「はい」
「えー私が行きたい――っ」
「アタシも――――!」
スワンとファリアが立候補するけど、「悪い、この作戦潜入工作あるから」と言って我慢してもらう。
サーパスさんはまだダウンしてて起きてきません。
調子に乗ってやりすぎた……。
「勇者どうなるんでしたっけ?」
マッディーも興味津々ですな。
「イベントがあってさ、旅立つ前に生まれ故郷の街に寄って、そこで再会した勇者の幼なじみの女の子とお別れするんだけど、そこで一夜の契りがあって、愛を確かめ合った二人はパーティーになることを決意して幼なじみの押しかけ女房状態で一緒に旅立つの」
「……うわあ……」
「大事な幼なじみなら連れてくなよ!」
「っていうか、幼なじみって、恋愛関係になりませんよね」
「ならないよね。クソガキの頃知ってるんだよ? 絶対ヤだね」
その通りですみなさん。
俺も幼なじみの近所の女の子いましたけど、カッコいいイケメンの彼氏作ってました。エロゲやアニメみたいな展開なんて現実にはありませんて……。
「ってそれ、どうやって妨害するの?」
ふっふっふ、スワン、これを使うんだよ。
「……魔王様容赦ないね……」
「魔王ですから」
主人公の幼なじみ、アイリスの家が見えた。
「よし、ベル、認識阻害頼む」
「はーい、毎晩魔王城から魔力いっぱいもらってるから強力な奴いけますよっ」
「……あの、いや、いいです……」
お役に立てているならなによりです。はい。
木に登って窓から覗く。
アイリスの部屋だ……。ゲームの通りだね。
アイリスちゃん、なんであんな主人公の事好きなのかねぇ。
次から次へと女をパーティーに入れていく主人公にいつもおかんむりでしたっけね。その気性、利用させてもらいますよ。
お昼です。アイリスちゃんがお母さんに呼ばれて下に降りていきます。
さっ今だ。
窓からアイリスちゃんの部屋に侵入し、
彼女の机の上にあのクリスタルを置き、
例のクリスタル映像を繰り返し再生にして、
で、出てきました。
アイリスちゃんが昼食を終えて、机の上で展開されるシーンに釘付けです。
娼館、「獣のラビリンス」にキョロキョロしながらこっそり入っていく勇者に。
そして、ミス……ビビアンさんに股間を撫でられ、ぶっちゅーっていやらしいベロチューされて手を振られながらふらふらしながら出ていく勇者に。
アイリスちゃん、叫んでおります!
暴れております!
激怒してます!
「勇者キタ――――!」
最悪のタイミングで勇者がアイリスの家にやってきました。
にこやかに勇者を出迎えるアイリスちゃんのお母さん。
そのお母さんを突き飛ばしてアイリスちゃんが……。
勇者に罵詈雑言を浴びせております!
勇者の顔、ひっぱたいてます!
クリスタル映像を突き付けております!
お母さんもそれを見てあきれております!
お父さん出てきました!
お父さん、勇者をブン殴りました!!
うわあ……。
「アンタなんて勝手に好きなことしてればいいのよ!!」
ばたんっ。
閉じてしまった家のドアはもうテコでも開きません。
勇者、がっくり――……。
あっはっは!!
「うまくいきましたね」
うまくいきすぎて怖いわ。
普通なら最初のパーティーメンバーになるはずのアイリスちゃん、攻撃魔法と回復魔法のバランス型魔法使いになってくれます。序盤で大活躍だし通常なら最古参のパーティーメンバーだからレベルも勇者と同じで終盤まで頼りになりますよ。初見プレイでこの子を欠くとまず序盤で詰むんじゃないでしょうかね。
幼なじみで付き合いも長いんで回想イベントとかエキサイトイベントのスチルも一番多いですからね。この子がいないんじゃーゲームのクソゲー度が上がりますわ。あっはっは!
勇者、がっくりしたまま自分の実家に戻ります。
ご両親に暖かく迎えられております。
今はその暖かさが逆に心に痛いはずです。
勇者、フテ寝してベッドに潜ってしまいました。
セーブされちゃうぞ? このイベントやり直し効かなくなるぞ?
いや、もうやり直してるのかな?
何回やり直してもアイリスちゃんの机の上にあのクリスタル置いてあるってことなのかな? すぐにあきらめたもんな。
「さ、帰りましょうか」
「いや、この街で一泊する。朝にちっちゃいイベントあるから」
「……勇者可哀想になってきました」
情けは禁物だよベル。
翌朝、ご両親に見送られて勇者が旅立ちます。
「あれ、なんですか?」
勇者が抱えている壺を見てベルが不思議がる。
「ああ、あれは勇者家の家宝の壺。売れば700Gになるやつ」
「へえー……。旅立ちの手向けですかね」
勇者が次の街に向かって歩き出した。
「よしっ、ベル、あの壺割ってこい」
「ええええ――――!!」
「はたき落とせ」
「そこまでやるんっすか魔王様!!」
「やれ!」
「はい――――!!」
人間には見えないベルがひゅーんって飛んで行って、勇者の抱えた壺を叩き落とす。
がっしゃーん!
……石畳に落ちてバラバラになった壺を眺めてボーゼンとする勇者……。
肩が震えております。
しばらく立ち止まって、勇者は振り向いて、今来た道を戻って行きました。
これから始まるはずだった冒険の旅を中断し、生まれた町をパスし、王都へ。
ええ、わかってますとも。
このやりきれない思い、慰めてくれるのはミス・ビビアンさんだけですよね。
「魔王様の人でなし」
「魔王ですから。さ、俺たちも王都で食料でも買い物してから帰ろう」
「いやー笑った笑った! みんなでモニタールームで見てたよ魔王様!」
ファリア大笑い。帰ったらみんな大喜びですな!
「わたしは魔王様、アイリスちゃん連れてくるかと思ってましたわ」
怖いこと言うなあサーパス、あの子はねえヤキモチ焼きだしうるさいし独占欲が凄いの。現実だと遠慮したいタイプのメンバーだな。
「勇者の身内魔王城に連れてくるなんてさすがにできないだろ。俺が裏切られるわ」
「そりゃそうですか」
「勇者どうしてる?」
「娼館でビビアンさん指名してました」
「……覗く?」
趣味悪いぞマッディー。
やめときます。トラウマになりそうです。
「でもよお、勇者ビビアンさん以外だとできないんだろ?」
ファリア不思議そう。あーそれはね、
「もし先にビビアンイベントがあっても、後でアイリスちゃん仲間にできていれば愛の力で見事復活するの」
「なにそのご都合主義」
ですよねー。
「まあそこはエロゲですから。なんなら媚薬を手に入れて復活ってイベントもあるし、勇者がそこに気が付けばだけどね」
「このままだとビビアンさんルート一直線じゃないですかね」
だなー。でも心配いらんよサーパス。
「ビビアンさん戦闘能力無いし、心配いらないよ」
「えっ……」
イナリーちゃんが驚く。
ん、どうしたの?
「ビビアンさん二百歳超えてる老練なエルフです。普段はお客様とのプレイにしか使ってない魔力ですが、戦闘になればすごく強いはずですよ」
ええええええ――――!
「エルフが二百歳歳以上まで生き残ってるってことがすでに凄いでしょう!」
ベルも頷く。
この世界ではそうなのか――――!!
ミス・ビビアンがそんなキャラだったとは! 知らんかった!
だって俺イナリーちゃん一択だったから……。
ネットのスレ、「ミス・ビビアンに突撃した結果www」見とけばよかった……。
次回「15.ダンジョンに宝箱あるってよく考えたらおかしい」