第十二話 草鍋の最後
「着きましたよ」
青年が指し示すところを見ると、そこには洞窟への入り口があった。
「ここに?」
「ええ、このあたりは鉱山地帯でしてこのような洞窟はたくさんあるんです」
「……そう。ではあなたはここで待っていて。私が確認してくるから」
私がそう言うと青年は驚いた表情を浮かべた。
「!私もついていきますよ!そのための案内人でもあるんですから。それに勇者様と言っても女性一人を行かせるわけには行きません。私は多少剣の心得がありますから!」
「でも……」
この後、少しの間言い合ったのだったが、結局私が折れた。青年が譲る気がないのがわかったから。
鉱山の洞窟の中を歩くこと二十分。洞窟の最深部まで来た。
「おかしいですね」
青年がそう呟く。それも当然だろう。魔物なんて一匹も見かけなかったのだから。しかも道は一本道入れ違いというはずもない。
「もしかして、私が来る前に外に出てしまったのかしら」
「!もしそうならまずいです!一度外に出てまわりを調べてみましょう」
私は青年の提案に同意しこの洞窟から出ることにした。
青年の後について洞窟の入り口に向かう途中、先ほど通った道とは違う場所を歩いていることに気づいた。いつからかはわからない。だが確実に知らない場所を歩いていた。
彼の表情は見えない。何を考えてこの道を進んでいるのか。全く分からない。……いや、一つだけ知っていることはある。
私がここに来ることになった理由と深く関係していることは。彼がそうなのか、違うのか。それはわからないが彼が関わっているのは知っている。
だから黙って私はついていく。私の目的のために……。
「どういうつもり?」
彼は先ほどまでとは違った冷え冷えとした声で私の方も見ずにそう尋ねてきた。
「えっと、私にはあなたの質問の意図がわからないんですが……」
私は戸惑っているかのような表情を浮かべる。
「誤魔化すな」
彼はそう言って腰にぶら下げていた剣を取り出した。
「僕の質問に答えてもらおうか。もし答えなければ……わかるよね」
彼の目を見ればよくわかる。私を殺したくて仕方がない目。だけど私の反応が不自然だから何かを疑っている目でもある。
「……わかりました。答えます。……確かに私は疑問を覚えています。この道は先ほど通った道ではないので」
「じゃあ、なぜ言わない」
「それは……」
その時私は一瞬迷った。この言葉を出してしまっても大丈夫かどうか。だけど言葉は自然と出てきた。
「……ある少女を探しているから」
私がそう答えると彼は訝しげな表情を浮かべた。
「女の子?一体誰なんだ」
「すみれっていう名前の女の子を探しているの」
私は確信していた。彼が彼女の関係者であることを。だから私は一つでも情報を得るために彼の目をしっかりと見る。
「知らんな。それになぜその少女が僕に関係あるんだ?」
……だが、彼は本当に知らないようだった。おかしい。確かにあの人は……。
「……なんだ。勘違いでここまでついてきたのか。愚かなやつ」
彼がそう言ったのは私の耳には入ってこなかった。
どうして!私は困惑でいっぱいだった。やっと、やっと彼女の手がかりを手に入れられたと思ったのに!
そんな時だ。別の男の人の声が聞こえたのは。
「もう終わったのか?」
「まだだよ。なんか勘違いでここまで来たらしいよ。笑っちゃうよね」
アハハハ!青年は狂ったように笑い出した。
「できるだけ早く終わらせろよ。この後の予定は詰まっているんだから」
「……わかっているよ」
彼はそう言うと再び私に目を向ける。
「……本当はね。君の目的が何なのかは知っていたんだ」
「!」
「だって君にその少女の情報を売ったのは僕の知り合いで、その情報を作ったのは僕なんだから」
「作った……?」
「そう!君が興味を持ってこの魔物討伐に参加するようにね!」
「でも……あなたはさっき本当に知らないようだったわ……」
「アハハ!君はどこまでも純粋なんだね。人が嘘をつくなんて簡単だろ。それに僕はその女の子の名前なんて知らなかったよ。ただ君の探している女の子の、と言うだけで君が釣れたんだから」
私はもう何も考えられなかった。自分が見つけたと思ったのは嘘で、自分の目的が達成できる可能性がまたゼロになったのだから。
……本当に私は愚かだ。
「君のそんな絶望したような顔を僕は見たかったんだ」
彼はそれはもう嬉しそうに言った。
「じゃあ、さようなら」
そこで私の意識は途切れた。……でもこれでよかったのかもしれない。これで私の目的は半分叶ったと言ってもいいのだから。
『ありがとう。私を殺してくれて』
私は彼女が死んでから私が死ぬことを望んでいたのだから。
「意外と優しいのですね。前回は血の海を作ってくれたおかげで後始末が大変でしたよね」
途中からやってきた男がそう青年に声をかけてきた。
「ああ、それは彼女が死にたがっていたからな。痛みを与えれば与えるほど彼女の望みを叶えることになる。だからやらなかった」
私は勇者の心臓を貫いていた剣を抜く。
「そうですか。ではこの死体は私がもらいますね」
男は嬉しそうに勇者の遺体に近づく。
「ああ、それが今回の報酬の代わりだからな」
「ええ、ありがとうございます。これでまた研究がはかどります」
「そうか……。君も大概だな」
「なんたって私はあなたの先輩ですよ」
「そうだったな。……じゃあ僕は先に戻るから」
男が遺体に夢中になっている間に青年は洞窟を出ていった。
「やっぱり君は可哀想な人です」
男は青年がいなくなってからそう呟いた。なぜなら、彼は本当のことなんて知らないのだから。
そして数日後、勇者が何者かに襲われているという噂話が国中に広がっていた。