第十一話 草鍋美玖
「勇者様がこの町に来てくださって嬉しいです」
「こちらこそこの町に来れてよかったです。空気もおいしいですし、町の人たちは親切ですしね」
草鍋美玖は礼儀正しくそう答える。
「早速だけど、その魔物のところに案内してくれるかしら」
「はい、もちろんです」
私がにっこりと笑うと、青年は顔を赤くしながら了承してくれた。
……やっぱり私は変われないのね。
私は青年に気づかれないようにそっとため息をつく。そして昔のことを思い出す。
私は物心ついたころから他人の羨望を受けることに酷く固執していた。いやそれがないと生きていけなかったのだ。他人を蹴落としてでも私が人の中心にいなければ我慢ならなかった。そのために何人もの人を貶めてきた。
みんなそんなことはされたくないのだろう。みんなが私のことを中心に考えてくれるようになっていった。何かを決めるときは私に意見を求めてきて、私が意見すればみんな納得してくれる。あの頃の私には居心地がよかった。
だけどどこにでも私のような自己中な人にも面と向かって意見するような人はいるものだ。それがすみれという女の子だった。
「そんなことをしてはいけない」
私が他の人に嫌がらせという名のいじめをしているとき、周りは遠巻きに見ている中、その女の子は私にそう言ってきた。
当時の私にとってはそれはそれは屈辱だった。私に歯向かう奴がいる。その状況に耐えられなかった。
私はすぐにいじめのターゲットを変えた。その女の子に。
いろんなことをやった。モノを隠したり暴力をふるったりするのは当たり前。時にはもっと酷いこともしていた。
それでも彼女は学校を休むことはなかった。
それは益々私をいらただせた。
「なんで学校に来るのよ!」
私はかつて彼女にそう言ったことがある。その時彼女はこう言った。
「なんで休むの?」
と。
その時の彼女の瞳は忘れられない。
彼女は私のことなんて映してなかったのだ。空っぽだった。
何故だかわからなかったが恐ろしかった。そんな瞳を持つ彼女が怖くてたまらなかった。私のことを何とも思っていない。私がいようがいまいが何も思わない。そんな瞳が。
それから嫌がらせはさらにエスカレートした。私の恐れを消すために。ときには命の危険があることさえもやっていた。
それでも彼女は私を見ていないようだった。私にいじめられようが耐え、復讐しようともしない。
いじめは彼女が魔物に殺されるまで続いた。一度も私を見ることもなく……。
「どうして……」
私は彼女が死んだ日の夜、自分の部屋で静かに泣いた。勝手に涙が出てきたのだ。心にぽっかりと穴が開いたみたいな悲しみが襲ってきたために。
そのとき初めて気づいた。私は弱者なのだと。みんなから必要とされないことを恐れ、みんなの意識が自分からなくなることを恐れている弱者。
私は愚かだったのだ。私が彼女をいじめ続けたその理由が私を見てもらいたいということではなくて、ただ彼女の強さに嫉妬していただけだった。……そして私は彼女みたいになりたかったんだ。
本当に私は馬鹿だ。私は生まれて初めて後悔した。私のしたことを。そして彼女を死なせてしまったことを。
私はあの時何もできなかった。ただ自分が逃げ延びるために必死で周りを見ることなんてなかったのだから。
だから決意した。今までの私は捨てると。そして……。
そこまで思い出して私は私の横を歩く青年の横顔を見る。
「どうかしましたか?」
私の視線に気づいたのだろう。彼は不思議そうに私を見た。
「なんでもないわ」
私がそう返すと彼は「そうですか」と言うと、再び前を向いた。
「ごめんね」
私は声にならないような大きさでそうつぶやく。
こうするのが一番だと思うから。